オーロラの雨
秋犬
オーロラの雨~磁気嵐の村で~
「急げ、はやく来るんだ!」
老人が扉の向こうで手招きをしている。その建物へ向かって少年が幼い少女の手をとって走っていた。
「もう走れないよ……」
「ダメだ、磁気嵐が来る前に急いで隠れないと」
半ば足がもつれている少女を抱えるように、少年は老人の元へ急いだ。それまで真っ暗だった空は黄色や青の光が見え隠れし始め、次第にその光を増していた。
「あと少しだ、頑張って走れ」
「うん……」
渾身の力を振り絞って、少年は少女と共に何とか老人の元へ辿り着いた。老人は急いで重い扉を閉めると、2人を叱りつけた。
「何で勝手に外に出たんだ!?」
「だって、お母さんがもうすぐ来るからって……」
少女は泣きべそをかいた。
「こいつ、夕べ母親の夢を見たから、会いに行くって聞かなくて……」
少年は項垂れた。老人はやれやれと首をふると、少女に言って聞かせた。
「そうか、母ちゃんが次の磁気嵐に乗ってくるって思ったのか」
「うん、うん」
少女がしゃくり上げながら頷くと、老人は続けた。
「確かに死んだ人が磁気嵐に乗ってやってくるって言うけどな、それは逆なんだ」
「ぎゃく?」
「そうだ、向こう側から会いに行くんじゃない、磁気嵐に会うと死んだ人になってしまうってことだ」
少女は自分がどんな目にあっていたのかを知り、再度激しく泣き始めた。
「しかし、間に合ってよかった。ほら、上を見ろ」
特殊な強化ガラスで出来た小さな明かり取りの窓からは、激しい磁気嵐が通り過ぎる様子を見ることが出来た。色とりどりの閃光が激しく家を揺らし、地上の生命は全て高温になって弾け飛んでいく。この辺りの生き物は磁気嵐が来るのを察知すると、地面に潜るようになっていた。
「いいか、もう磁気警報が出ているときに勝手に外へ行くな、わかったか?」
少女は何度も頷いていたが、少年は項垂れているだけだった。
「その磁気警報ってのは誰が出してるんだ?」
「都会の優秀な観測機を持った偉い人たちだ、俺たちには関係ない」
老人は面倒くさそうに言い放つ。この村は酷い磁気嵐が発生するが、優れた漁場でもあった。磁気嵐で死ぬ人も多かったが、それでも村人はこの村を離れようとはしなかった。
「関係ないわけないだろ、自分たちの身を守るくらい自分たちでできないと」
「何を言ってるんだ、お前は。もういいから、さっさと寝なさい」
不服そうな少年は少女の腕を引いて、建物の奥へと入っていった。
***
もちろん漁師になるのだろうと期待された少年が「都会へ行って勉強がしたい」と言い出したとき、両親を始め村の大人からはかなり叱られた。
「村の貴重な男手をそんな訳のわからないところにやれるか!」
「でもこんな隠れ家みたいなところでじっとしていられるか!」
少年は磁気嵐が来る度に、雨を凌ぐように隠れなければならない生活に嫌気が差していた。漁業で一山あてようと移住してくる人も不便な生活に耐えきれず、すぐに出て行った。村は寂れる一方で、少年はとにかくこの磁気嵐を何とかしたかった。少女を連れて磁気嵐が来る直前まで外にいたのも、少しでも近くで磁気嵐を観察したいと思ったからだった。
結局仲違いをするように少年は村を出て行った。しかし村では人がいなくなることはよくあることだったので、両親も「少年は磁気嵐に飲み込まれた」と思うようになっていった。
***
村に残された少女が大人になり、ますます村の人手不足が深刻化してきたころ大学の調査団がこの村を訪れた。最初は漁場と磁気嵐の関係についての調査だと言っていたが、実際に激しい磁気嵐を体験した学者たちは驚いていた。
「こんな綺麗なもの、初めて見た」
村人にとって磁気嵐は見慣れたものであったが、都会から来た学者たちにはひどく新鮮なものに映った。調査が済んでからも学者たちから話を聞いた人たちがちらほらと磁気嵐を見物しにやってくるようになった。
村人たちはこれに驚いたと共に、更に磁気嵐の見物ができるようにと天井が全面強化ガラスで出来ている磁気嵐観測ドームを建設した。更に村で採れる魚を振る舞うことで都会からの観光客が激増し、村はとても豊かになった。更に観光地化と人口の増加に伴い、海上に更に精度の高い磁気嵐観測装置も設置された。これで磁気嵐の発生予測もかなり正確になり、事故も激減した。
その日、観測ドームで磁気嵐の調査員が作業をしていた。そこへ赤ん坊を抱いた女性が近づいていった。
「お母さんには会えたかい?」
調査員はかつて村を離れた少年であった。
「まだこっちには来るな、って言っています」
女性はにっこり笑うと、調査員と共に頭上を見上げた。生命を拒絶する激しい閃光が煌めく様を調査員は女性と共にしっかりと目に焼き付けた。
オーロラの雨 秋犬 @Anoni
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