第43話:仲間らしい呼び方

「……ただいま」


 年季の入った木の扉を引き開ける。


「あら、おかえり」

「お帰りなさいませ、ワンツ様」

「お疲れ様。今日は随分と酷い顔をしているね」


 フレア、ゲルダ、セレーネからそれぞれの言葉で労いを受け取り、いつもの席に座る。


「酷い顔にもなるさ。自分よりも強い奴らから終始、敵意を向けられてるんだぜ? 針のむしろだよ、まったく」


 楽しげな視線を向けてくるセレーネから目を逸らすように、ワンツはテーブルに突っ伏す。


「それじゃあ今度は皆で行こうか」


「え?」


 顔を上げると、セレーネが緑がかった金髪を揺らしながら、ふふんと笑った。


「私たちのリーダーに圧をかけるような奴らがいるのなら、こちらは数で圧をかけてやればいい。君はひとりじゃないと、相手に知らしめてやるのさ」


「……本気で言ってる?」


「ふふ、もちろん」


「もちろん?」


「冗談だよ」


「……まったく」


 人の気も知らないで、と深いため息が出たが、悪気の感じられないセレーネの笑顔を向けられると、怒るに怒れない。

 まぁ他人から見ても分かるくらいに疲れた顔をしているワンツを、元気づけるためのジョークくらいに思っておくことにしておくことにする。

 本気か聞いた時、一瞬セレーネの目の奥が光ったように見えた気がしたが、気のせいだろう。

 というよりは、そうであって欲しい。


「私は悪くない考えだと思うけど?」


 隣に目をやると、フレアはひとまとめにしている髪の毛先をいじっていた。

 窓から差し込んだ太陽光を反射して、少し赤みがかって見える金髪だ。


「やめとけよ。あんなおっかない場所、わざわざ行くもんじゃない」


「皆で行けば、どんな所でも怖くないわよ」


「……やだよ。お母さんに付いてきてもらってるみたいじゃん」


「あんたねぇ……」


 ワンツに文句を言うため腰を上げようとしたフレアを制するように、ゲルダが割り込んでくる。


「お茶が入りましたわ、ワンツ様」


 カップが乗せられたソーサーをワンツの前に置き、ニコッと微笑む。

 ふわふわとした銀色の長髪は、毛先が少し遊んでおり、右目は前髪で隠れている。

 

「あ、ちょ、こらゲルダ! まだ私が話してる途中なんですけど!」


 文句を言っているフレアを完全に無視して、ゲルダは話を続ける。


「今日は普段とは少し趣向を変えてみて、ハーブティーをお出ししてみました。どうぞ、気持ちが落ち着きますよ」


 青い装飾がほどこされたカップを見てみると、透き通った緑色の茶が入れられている。

 匂いをかいでみると、鼻の中がスッキリするような爽やかな匂いがした。


「確かにいつものお茶とは違うな」


 飲んでみると心地よい苦みが広がり、後味に酸っぱさが残る。

 あまり飲んだことのない味だが、キレのある爽やかさで、中々美味い茶だ。

 ワンツの表情で好評を察したのか、ゲルダはこのハーブを手に入れた経緯を話し始める。


「旧市街にもまだ、良いものを置いている店が残っているのですね。少し寂れている感じがしますけれど」


 ゲルダの顔を見るに、かなり良い買い物ができたらしい。


「大半の商人や職人は、新校舎の近くに引っ越してしまったからね。まぁだからこそ、未だに残っていられるのは腕の良い職人くらいなんじゃないかな。それか、新しい潮流に馴染めない頑固者か」


 セレーネは肩をすくめながら、カップをかたむける。

 

「ワンツ様もよろしければ、今度ご一緒に行きませんか? 新市街と違って人通りも少ないですから、歩きやすいと思いますよ」


 正直今は、どこかへ遊びに行くというのはあまり気乗りしない。

 だがせっかく気を使って気分転換に誘ってくれている人を無下にはできない。

 それに人気があまりないのであれば、嫌気が差してくるような視線も少ないだろう。


「……そうだな、考えとくよ」


「はい、約束ですよ?」


「分かったよ、約束」


 あまり前向きな気持ちにはなれず腰が重く感じていることに変わりはないが、ゲルダの嬉しそうな笑顔を見せられると、良いことをしたような気持ちになる。


「随分と楽しそうだな。何か良いことでもあったのか?」


 扉を開けて、ルキウスが入ってくる。


「あなたには関係のない話ですわ、ルキウス・ランギス」


「そうツンケンするなよ、ゲルダ・スノウクイン。確かに俺は勇者側に付いていたが、今はお前と同じ、魔王陣営に属する仲間なんだぜ?」


「旗の下をウロウロするような薄情者を、あなたは簡単に信頼できるのですか?」


 ワンツたち魔王陣営は、ルキウスにクランを潰されかけ、ワンツ自身は退学に追い込まれかけたのだ。

 しかしワンツは、ルキウスと本気で剣をぶつけ合う中で、それぞれの想いもぶつけ合うことができたと思っている。

 ゲルダの言いたいことも良く分かる。

 だがワンツが信頼している相手を、悪く言われるのもあまり気持ちの良いものではない。


「ゲルダ」


「いや、いいワンツ」


 少し言い過ぎだとゲルダをたしなめようとするワンツを、ルキウスが制する。

 ジッと真面目な視線を送られ、ゲルダは少したじろいだ。


「な、なんですか。わたくしは、何も間違ったことを言っていませんわ」


「あぁそうだな。ゲルダ・スノウクイン、君は何も間違ったことは言っていない。ワンツは少々、お人好し過ぎる所があるからな。その分、君が疑っているんだろう」


 ルキウスの言葉に、ゲルダは少し目を細めた。

 特に反論が無いことを確認してから、ルキウスは話を続ける。


「だが俺の志は、ワンツと共にある。そしてこれからもそうであると、ここで誓おう。それでも信頼できないのなら、君が俺の背中を撃て。それじゃあ駄目か?」


 ルキウスは信頼するに足る人物か、ゲルダの中でかなりの葛藤があるようだ。

 少し悩んでいるような素振りを見せた後、ゲルダは深くため息をついた。


「はぁ……分かりました。ですが今言ったこと、忘れないでくださいね。もしワンツ様を裏切るようなことがあれば、私は一切の躊躇なくあなたを撃ちます」


 よく研がれた刃物のように、鋭い冷気のこもった視線をもろともせず、ルキウスは穏やかに笑う。


「それで仲間と認めてくれるなら、安いもんさ」


「それと……口先だけでも仲間と仰るのなら、相応の呼び方というのがあるのではないですか?」


「うん? あぁそうだな、これからよろしくゲルダ」


「精々ワンツ様のために、身を粉にして働いてくださいまし」


 ルキウスが仲間に加わってから既に数日。

 ゲルダはルキウスを警戒しずっとピリピリしていたし、ワンツは円卓会議というストレスで心をすり減らしていた。

 やっと包まれた穏やかな空気感に、一同の表情はホッとしているように見える。

 心にのしかかっていた重荷がひとつ取れたことで、ワンツは皆に伝えるべきことをひとつ思い出した。


「そう言えばテンスラウンズ主催のダンスパーティー、俺も参加することになったから」


「えぇ?」


 軽いノリで言われた新情報に、皆の頭の上に疑問符が浮かんだ。

 しかしルキウスだけは、やはりなという顔をしていた。

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異世界の極悪役に転生してしまったが万能スキルでコピーしつつ相手の土俵で戦って勝つ 魔王の薄っぺらい理想論はいつか世界を救うかもしれない 種田自由 @tanedaziyuu

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