第42話:宿命の相手

 テンスラウンズ本部は、新校舎エリアに置かれている大きな建物だ。

 光が当たると眩しくて目をつむってしまうような白い壁には、規則正しく大きな窓が整列している。

 そんな美しくも荘厳な屋敷の一室。

 中央に円卓が置かれている広い部屋で、ワンツは居心地が悪そうに席に着いていた。

 ひとりの少女が話を始めたので視線をやる。

 すると不愉快そうな視線が返ってくるものだから、ワンツは再びバツが悪そうに顔をキョロキョロさせた。

 何千もの学生を抱えるソルシエール魔法学園における最強の10人。

 それがテンスラウンズだ。

 下手すれば死人が出かねない危険な決闘を勝ち進んできた実力者たちが集まる場ということで、それはもう血なまぐさい話ばかりされるものとばかり思っていた。

 しかし実際は、学園内で起こった問題への対処や、学校行事の計画など、実務的な議題ばかりが話されているのだ。

 このような政治的な話に、一般人的な教養と感覚しか持ち合わせていないワンツが付いていけるはずもない。

 ルキウスとの決闘から数日が経ったが、最近はもっぱら退屈な会議の時間をどう乗り切るか。

 こんな情けないことしか考えていない。


「それじゃあ今日の円卓会議はここまでにしようか」


 あれから何度か毒気のこもった視線を返されていると、ようやく定例会議が終了した。


「……今日こそは」


 ワンツは義務感に背中を押されるように、重々しく立ち上がった。

 視線の先には、小麦色の髪をお下げにしていて銀縁のメガネをかけている少女がいた。

 以前不良に絡まれている時に、ワンツが助けたことがある少女――マリー・フローレンスだ。

 

『治療魔法を持つ彼女を勇者に取られる訳にはいかない』


 だから絶対に魔王陣営に引き込め。

 ワンツは、ルキウスからこう強く念押しされている。

 しかし声をかけようと試みているのは、それだけの理由ではない。


「ワンツ君、ちょっといいかい?」


 足早に会議室を出ようとしているマリーの背中を追いかけようとしたワンツを、少年の声が呼び止めた。

 自分の名前を呼ばれたので振り返ると、金髪の少年が軽く手を振ってきていた。

 親しみやすい笑顔に、反射的に不格好な笑顔を返すがすぐに自分の目的を思い出し、目線で彼女の姿を追いかける。

 だがしかし、いつもお下げを揺らし足早に会議室を出ていってしまう彼女の姿は、既に見えなかった。

 こうしてワンツは、今日もマリーに声をかけるという任務に失敗した。


「もしかして急いでた? だったらごめん、悪いことをしたね」


 円卓の向こう側から、いつの間にか少年が接近してきていた。

 内心驚いているのを隠すように、ワンツは返事をした。


「い、いや別に」


「ワンツ君、もしかしてまだ緊張してる?」


 そう言いながら少年は、目を合わせてくる。

 心臓を指先でつままれたような衝撃が襲うが、あくまで平静を装い目線を返す。


「まぁ無理もないか。勇者と魔王。僕らは殺し合うために生まれてきたようなものなんだから」


 体内に冷気を流し込まれたように、体温が下がっていくのを感じる。


「いや、それは……」


 言い淀んでいるワンツの言葉を先読みするように、少年はそう、と首を縦に振る。


「運命なんて馬鹿げた理由で、僕らが戦う必要はない。そして君もそう思っている。ちがうかい? 魔王のワンツ君」


 これは自分の意思か。

 それとも不敵に笑みを浮かべる金髪の少年にそう誘導されているだけなのか。

 どちらにせよ、ワンツは少し酸味のある唾を飲み込み首肯した。


「あぁ、俺もそう思う。サティス」


 ワンツの宿命の相手、つまりは勇者の名前を呼んだ。

 勇者――サティスは感情を読み取りづらい目を満足気に細める。


「ワンツ君が、僕と同じ考えなようで安心したよ。正直な所、心配していたんだ」


「心配?」


「だってワンツ君、ちょくちょく僕のことを睨みつけてたでしょ? もしかして僕、君に嫌われてるかもって心配してたんだよね。正直、身に覚えが無いんだけれど」


 魔王狩りの宣言とか、ルキウスをけしかけてクランである魔王陣営を解散させようとしたとか、身に覚えは無限にあるじゃないか。

 と、ワンツは思ったが苦笑で済ませた。


「君も参加するんだよね? 明後日のダンスパーティ」


「……いいのか? 俺も参加して」


「当たり前だよ。君もテンスラウンズの一員なんだから。もちろん気が進まないなら、無理強いはしないけれど」


「……分かった。喜んで参加させてもらうよ」


「そう。楽しみにしているよ。ふつか後の夜、君に会えることを」


 人の良さそうな笑顔を残し、サティスは取り巻きを連れて会議室を出ていく。

 サティスに続くように他のメンバーも退出していき、ひとりになった会議室で、ワンツは椅子に倒れ込むように座る。


「はぁ……」


 天井を仰ぎ見ながらゆっくり呼吸をしていると、荒んだ心が少しずつ落ち着いてくる。

 スキル【勇者】を持つサティス。

 ある意味では、ワンツの運命であり生きる意味とも言えるような存在だ。

 そんな相手にワンツが抱いている感情。

 それは不気味さだった。

 

『運命なんて馬鹿げた理由で、僕らが戦う必要はない。ちがうかい? 魔王のワンツ君』


 サティスの笑顔が脳裏によぎって、寒気が体を震わせる。

 魔王狩りなど、サティスがテンスラウンズに入ってから行ってきた政策を考えれば、バカ正直にこの言葉を信じることはできない。

 しかしサティスがワンツと同じように考えているのならば、戦い合う以外の選択肢があるように思えるし、そうありたいと思う。

 ワンツとサティスの協力関係。

 もしこれができれば、魔王と勇者が戦い合うような運命を破壊するという、ワンツの夢が一歩進展する。

 協力関係が結べるならば、ぜひ結びたい。


「できるかな俺に、そんなことが……」


 叶えたい理想を塗りつぶすように、悪意が脳内に広がっていく。

 これが魔王としての本能か、運命なのか。

 サティスと顔を合わせる機会が増えるたびに、彼への憎悪や敵意が増していくのを感じる。

 勇者とは魔王を討つために生まれた存在だ。

 ならばサティスは、より強い敵意という強迫観念に襲われているに違いない。

 それなのにサティスからは、少しの敵意も感じない。

 宿命の相手に悪意を感じ取らせてしまっているワンツと、それをまったく感じさせないサティス。

 表面上は融和しようというこの状況。

 どちらの実力の方が劣っているのか、それは明白だった。

 腹の底で嫉妬の炎がくすぶるのを感じた。


「何をやってるんだろうな俺」


 彼への悪意がこれ以上強くならないように、考えるのを止めた。

 夢と敵意が消え、空っぽになった脳内に無力感が満ちていく。

 普段は会議が終わった頃にルキウスが迎えに来てくれるのだが、今日は用事があるらしくひとりで帰らなくてはならない。

 円卓会議に出席するたびに、魔王という業の深さと、サティスとの実力差、そして自分が言っていたことがどれほど夢物語だったかを痛感させられる。


「……帰るか」


 薄暗い部屋でひとりで考え込んでいては、気持ちがどこまでも沈み込んで行ってしまう。

 魔王陣営の拠点であり、憩いの場所である旧校舎裏にあるボロ小屋。

 仲間たちの声が聞こえる場所にいれば、少しは気が紛れるだろう。

 ワンツは虚無感という圧力を押しのけるように、ゆっくりと立ち上がった。

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