第41話:魔王の印象

 ソルシエール魔法学園西部、新校舎エリア。

 クラン、アテナポリスの本拠地である純白の神殿にて。


「私が魔王と会う?」


 純白の神殿の主。

 アテナ・パラディオンは言った。


「久しぶりに顔を見せに来たかと思えば、そんなことを言いに来たのですか?」 


 呆れているのを相手に感じさせるように、アテナはわざとらしく翡翠色の長髪を払った。

 サラサラとした髪の毛が、太陽光を反射して輝いている。

 整った顔つきと凛とした佇まい。

 そんな美しい少女が目を向けている先には、こちらもまた容姿の整った青年が爽やかな笑顔で座っている。

 アテナは馬鹿な提案をしてきた青年の、よく呼び慣れた名前を呼んだ。


「ルキウス」


「だが、決めかねてるんだろ? 魔王と勇者、どっちに付くか」


 ルキウスのわざとらしい呆れたような様子を、気にもとめずにアテナは言った。


「現時点での、私たちの方針は中立です。そしてこれからも、どちらの肩も持つ気はない。だいたい今時、魔王だ勇者だと、そんな理由で戦うだなんて時代錯誤じゃありませんか?」


 もちろんアテナとて、勇者と魔王の伝説は知っているし、おとぎ話の延長線上として現実に存在していることも知っている。

 しかしたったそれだけのことで、争いを起こそうなどというのは、話が飛躍し過ぎではないかと思っている。

 そんなアテナの考えを読んでいたのだろう。

 ルキウスは、低い声で言ってきた。


「だが魔王も勇者も現実に存在し、既に血が流れている」


「先の決闘ですね。確か話によれば、テンスラウンズの地位を賭けて、あなたが魔王から挑まれた今期初の大規模決闘だったとか」


「結果、俺はあいつに敗北しこの様だ」


 ルキウスは怪我を見せつけるように包帯が巻かれた腕を、アテナに見せた。


「魔王陣営と勇者陣営が激突し俺はもちろん勇者陣営に、そして魔王陣営にも被害が出た。戦争ごっこの決闘。というには随分と大きすぎる被害がな」


「被害ですか……」


 アテナは、ルキウスの腕に巻かれた包帯を眺めながら口元で両手を組んだ。

 入ってきた情報を聞いている限りでは、魔王は好戦的な性格で、テンスラウンズの地位を奪うべくルキウスに決闘を挑み勝利。

 見事、テンスラウンズの地位を獲得した、ということになる。

 しかしテンスラウンズの会議にて数度顔を合わせた際には、野心的には見えなかった。

 むしろその逆だった。

 会議中も落ち着かない様子で辺りを見渡しているし、議長に促されるまで進んで発言をすることもない。

 物静かでおとなしい人間という印象だ。

 そんな男が進んで、大怪我を負うことを覚悟してまでルキウスに決闘を挑んだというのか。

 アテナはあえて、突拍子も無いと思える疑問をルキウスにぶつけた。


「両方に決して軽くない被害が出るようにルキウス、あなたがそう仕向けた。のではないですか?」


「……どういう意味だ?」


「おとぎ話の再現か、それとも何か別の目的があるのか。どちらにせよ、勇者と魔王を戦わせたい人がいるのではないですか? あなたも含めて」


 アテナの質問に、ルキウスはかすかに眉を揺らした。

 しかし反射的な所作を隠すように、大げさな動きで笑ってみせた。


「考えすぎじゃないのか?」


「本当にそうでしょうか。貴族の儀式的な意味合いが強かった決闘を、ここまで過激に変化させたのは現学園長だと聞く。もしかしたら魔王の入学と何か関係が――」


 アテナの思考を中断させるように、ルキウスは話を被せてくる。


「頭が良い奴の悪いクセだぜ、それは。物事を裏から仕切っている奴がいる前提で、仮定が組まれている。蓋を開けてみれば、物事なんて意外なほどに単純なのにな」


「……そうですね。私の考えすぎだったのかもしれません」


 違和感はまだ残っている。

 しかしこれ以上、追求してもはぐらかされるだけだろう。


「まぁ無理もないさ、お前の立場を考えたらな。名門パラディオン家の長女、大規模クラン、アテナポリスの代表、テンスラウンズ第3席。そして学園最強格のひとり」


 ルキウスは、スラスラとアテナが持つ立場、称号などを呼び連ねていく。


「今や俺も落ちこぼれだし、これからはアテナ・パラディオン様とお呼びした方がいいですかね?」


「止めてください、今更そういう他人行儀は。不愉快です」


「悪い、冗談だ」


 悪びれる様子もなく肩をすくめるルキウスに、アテナはため息を漏らす。


「それはそうと、なぜあなたは自分から地位を奪い取った人間の元にいるのですか? 少なくとも先日までは、勇者陣営に籍を置いていたでしょう」


「そういう賭けだったからな。負けたら魔王陣営に付くという」


「ですが、それだけでは無いのでしょう?」


「どういう意味だ?」


「あなたの顔を見ていれば分かる。何年も前から、こうして見てきたのですから」


 今よりも随分と幼く見える笑顔が、目の前のルキウスに重なる。

 違う点といえば、年相応の笑顔はすぐに大げさな咳払いで覆われてしまったことだろう。


「……とにかく、早く決めろよ。魔王か勇者か、それとも両方を敵に回すのか」


 後ろ手に扉を閉めて、ルキウスは執務室を出て行った。

 足音が聞こえなくなると、無愛想な表情で隣に控えていた少女が口を開いた。


「アテナ様、本当に魔王なんかとお会いになるおつもりですか?」


「それはまだ決めかねています。パーシアス、あなたは反対ですか?」


「もちろんです」


 パーシアスと呼ばれた少女は、即座に切り返した。

 悩んでいる様子のアテナに畳み掛けるようにして、パーシアスは言葉を並べ立てていく。

 

「アテナ様のような高潔な存在に、魔王などという邪悪の権化は似合いません」


「では勇者と協力するべきだと?」


「いえ、あのような軽薄が人の皮を被って歩いているような存在が、アテナ様の隣に立つなどあってはなりません」


 早口で言い切ると、パーシアスのひとまとめにされた銀髪が少し揺れた。


「アテナ様には我々が、なにより私がいます。それだけでは不十分なのですか?」


「私を信じて付いてきてくれる皆、そしてパーシアス。あなたより大切な物は他にひとつとてない。そう断言できます」


「アテナ様……!」


「ですがルキウスの言うことにも一理ある。私は皆を守りたい。そのためには、どちらかと協力関係を結んだ方が良いということもあるはず」


「……アテナ様はあの男に甘すぎます」


「そ、そんなことはありませんよ? それに……」


 ふと脳裏に、昔のように無邪気に笑うルキウスの笑顔がよぎった。

 いつからか見せなくなった、彼が感情に従って見せる表情だ。

 彼がそんな風に笑えるようになったきっかけがあの男なのだと言うのなら。


「魔王がルキウスをあんな風に変えたと言うのなら、私も彼に興味がある」


 そう言って微笑むアテナの美しい顔を見ながら、パーシアスは小さく息を吐いた。

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