日向坂事件ファイル〜ドッペルひら砲事件〜
@momochi_kosuke
『ドッペルゲンガー』。自分と姿形がまったく同じである存在であり、出会えば最期、死が訪れるという存在。でも、誰もが一度は思ったことがあるんじゃないだろうか。「出会わなくても、自分の姿で勝手なことされたらそっちの方が困る」と…
「ぽの君、事件です。5分以内に事務所に」
愛奈さんから突然メッセージが来た。昼寝してなくて良かった。
「相変わらず人遣いの荒い…」
ため息をつきながらスーツに着替え、最近愛用している猫の仮面を着ける。愛車のワゴンRは驚異の15年落ちで、不満気な唸りを上げながら進む。
「すいません、遅れました」
「おー、来た来た。ぽの君やっほー」
愛奈さんが僕に向かって手を振る。相変わらずおっとりとした感じだ。
「いや、やっほーじゃないですよ。昼寝しそうでしたよ」
「ずっと起きててよ。事件はいつ起こるか分かれへんねんから」
「鬼だ」
「失礼な。このうさ耳見えへんの?」
「あぁ、新しいグッズでしたっけ。かわいいですよね」
「まぁ、そんなことはどうでもよくて」
「愛奈さんが言い出したんですけどね」
「今回はこの子の相談です。自己紹介してくれる?」
「ん…?」
そこに立っていたのは、髪をポニーテールにまとめた純朴そうな少女。見覚えのあるその目は戸惑いに満ち溢れていた。
「あ…はい。鳥取砂丘から〜!おひさまに向かって〜!ひら砲!う〜、ばーん!鳥取県出身、平尾帆夏です!」
「あ…ガッツリやってくださるんですね…ぽのぽのーぽと言います。愛奈さんの助手です」
「は、はぁ…」
「そんな説明で足りるわけないやん。それと、なんやねんその猫ちゃんの仮面。私も見たことないわ」
「あ、そっか、そうですよね…。訳あって、仮面着けさせてもらってます。怪しいヤツじゃ全然無いんで!怖がらないでください!」
どうにか印象を挽回したくて必死になる。うぅ、仮面さえ着けてなければ。
「怪しい人ほど自分のこと怪しいヤツじゃないって言うのよ」
「ちょっと!愛奈さん!怪しくないって知ってんだから愛奈さんから平尾さんに説明してくださいよ!」
「ごめんごめん。ついからかいたくなっちゃって。この仮面は私と長い付き合いだから、安心していいよ」
「はぁ…まなふぃさんが言うなら…」
飲み込みきれない様子で平尾さんが頷く。当たり前だ。僕だって同じ格好のヤツが目の前に来たら戸惑う。
「ところで、今回の事件は?」
「ひらほー、説明お願いできる?」
「はい。実は数日前から、街中でひら砲を撃っている誰かがいるみたいなんです。私はそんなことやってないんですけど、SNSでも目撃情報があったりして、私だと思われてて…」
「なんだその事件」
「こら」
「このままだと変な噂がどんどん立っちゃって困るんです。なんとかできませんかね…」
平尾さんはしっかりとした眉毛をこれでもかというくらいに下げている。困り果てているらしい。僕は愛奈さんに耳打ちした。
「いや、これどうするんですか」
「かわいい後輩の頼みを無下にはできないから。何としてでも犯人を見つける。君も手伝う」
「ヒントが少なすぎますって」
「まずはSNSの投稿をチェックする。リストアップしといて」
「はぁ…」
「ひらほー、任せて。絶対解決するからね」
愛奈さんは平尾さんに向き直って言った。うわ〜、ちょっとカッコつけてる。頼れる先輩で通したいらしい。
数日後、リストアップしたSNSの投稿を愛奈さんと一緒にチェックすることにした。思ったより投稿数が少なくて助かった。
「最新の投稿は9月20日の6時30分。『今日もひらほーがひら砲撃ってたw好きw』と。画像も添付されてます。駅前でひら砲撃ってるんですね」
「ユーザーネームは『アシタバ二等兵』…画像にもひらほーらしき人影があるなぁ。ほんとはやってるけど忘れてるとかなんかなぁ」
「いや、そんなことあります?」
「無いと思う」
「そうでしょ。あ、それでその1個前の投稿は9月13日の15時42分。毎週水曜日にひら砲撃ってるんですかね。『声でけーなひらほー。もう覚えちゃったよ』。これまた画像付き。今度は川沿いですね。ユーザーネームは『芝居、下手にアウト』。他の人の投稿もありますが、どれも噂話程度にしか知らない人ばかりで、大体この2人の投稿が主な目撃情報ですね」
「この2つのアカウント、違う人?」
「見た感じそうっぽいです。過去の投稿を遡ってみましたが、『アシタバ二等兵』は〇〇駅、『芝居、下手にアウト』は××駅が最寄り駅らしいですね。距離がかなり離れてますから、生活圏は全然違います」
「そっか…」
投稿をチェックしていると、僕はあることに気づいた。
「あれ、9月20日の投稿、愛奈さんの生誕祭のポスター貼ってますね。愛奈さん愛されてるな〜!このこの〜!」
「ちょっと…!関係ないやん…!」
恥ずかしがる愛奈さん、かわいい。普段はこき使われてるけど、なんだかんだ日本のトップアイドルなのだ。
「あれ…?ちょっと、その投稿もう1回見せて」
「え?はい、どうぞ」
「ほんまや。ポスター…」
「え、自分の人気具合見たかっただけですか?私情挟まないでくださいよ〜」
「ち、違うって!これには捜査上重要な意味が…」
「はいはい」
恥ずかしがる愛奈さんはとってもかわいい。
翌日、『芝居、下手にアウト』で新たな投稿がされた。「毎日毎日ようやるわw」だそうだ。画像にはまたしても平尾さんのような人影が。
「いやぁ、それにしてもこの偽平尾さんもかなり平尾さんにそっくりですね」
「え?そんなん分からんやん。顔見えないくらい遠いんやから」
「いや、スタイルとか服装とか似てるでしょ」
「んー、まぁ確かに似すぎてるくらい似てるなぁ」
「なんかやっぱ本人なんじゃないかって気がしてきますね」
僕のその言葉を聞いて愛奈さんは少し考え込んだ。
「…そうかも」
「は?」
「本人かもしれん」
ワゴンRを走らせて××駅へと向かう。愛奈さんの司令だ。愛奈さんいわく
「水曜日に『芝居、下手にアウト』は必ず現れるはず。でも、ひらほーは現れない。何も無いところでスマホかカメラを構えてる人が『芝居、下手にアウト』や」
だそう。変な話だ。偽平尾さんは現れないのに、写真は撮るみたいだ。でも、その愛奈さんの推理は的中した。
「お取り込み中すいません、『芝居、下手にアウト』さん…ですか?」
「うわぁぁぁ!?!?猫の化け物!?」
失礼極まりない。かわいい仮面なのに。
「驚かせてしまい申し訳ない。探偵助手のぽのぽのーぽと申します」
「なんだその名前…ますます怪しいですよ」
「諸々あって…すいません。ところで、偽物の平尾帆夏さんの投稿をしているのはあなたで間違いありませんね?」
「何をいきなり。失礼な。僕は本物のひらほーを見たんだ!写真だって撮ってるだろ!」
「じゃあ、それはウチの探偵に種明かししてもらいましょうか」
タブレットの電源を入れ、音声を再生する。加工された愛奈さんの声が流れ出す。
「え〜、これを聴いているってことは、『芝居、下手にアウト』を見つけたってことやな。ぽの君、流石」
「なんで遺言のビデオレター風なんだよ」
「お、おいなんだよこれ」
僕らの言葉が聴こえていない愛奈さんはグングン話を進めていく。
「さて、『芝居、下手にアウト』さん。まずあなたは本物のひらほーを撮っていない。そうですね?」
「いやだか」
「そうですよね。だって、ひらほーはそこには行っていないんだから」
「なんで分か」
「じゃあどうして、誰にもバレずにひらほーの写真を撮れたのか。それは…アクスタ、ですね?」
「アクスタ…あぁ、あのオタクがどこにでも連れて行く板ですね」
「何言ってんだよ…訳わかんないこと言ってんじゃない!仮にそうだとしたらすぐ嘘がバレるだろ!本人を撮ったん」
「と言っても、流通している正規のアクスタではない」
「喋らせろ!!!最後まで!!!」
「うるさいなぁ。愛奈さんの声聞こえないでしょうが」
「あなたは、ひらほーのブログからひら砲をやっている画像を入手し、それをアクスタにした。そしてそれを、少し離れたところから上手く風景に馴染むようにカメラで撮る。すると、遠近法でまるでどこでもひらほーがひら砲をしてるように見える。アクスタの枠も遠くから撮ってるからほぼ気にならない。実際見てても枠の有無は分かりませんでした。でもね」
一拍置いて目を閉じる愛奈さん。僕たちは思わず唾を飲み込む。
「でも…?」
「で、でも…?」
「顔のボケ方が周りの人と違うんです。そりゃそうなりますよね、アクスタは周りの人より近くで撮ってる。アクスタの周りの方の景色にピントが合って、より近いひらほーのアクスタは少しだけ周りの人より鮮明に映る。だから、顔は見えずともスタイルや服装はしっかり分かる」
「なるほど…」
「そ、そんなの妄想だ!第一、動機が無いじゃないか!」
「あ、そうそう、どうせ今『動機が無いだろ〜!』ってゴネてるでしょうから、そこを説明しますね。とは言っても、動機なんて単純。SNSやってたら大体みんなが持つ感情です」
「もしかして、有名人からリプもらいたいとか?」
「ぽの君、正解。バズりたいからだよ」
「間違ってた」
「ね、『アシタバ二等兵』さん」
「えっ!?どこ!?そっちは見つけてないですよ!?」
全く頭から消えていた名前が出てきて、思わず声がうわずる。
「…」
「『アシタバ二等兵』さんが上げた写真にはアイドル・高瀬愛奈さんの生誕祭ポスターが写っていました。実際にそれが貼ってあったのは、今あなたたちがいる××駅。でも、『アシタバ二等兵』さんは〇〇駅周辺の住民です。9月20日の投稿は午前6時30分。それを撮るにはもっと前から駅に居なければならない。でも、〇〇駅から××駅には1時間程度じゃ着くことはできない。そうなると、『アシタバ二等兵』さんが〇〇駅周辺に住んでいるということが矛盾してしまうんです。つまり、『アシタバ二等兵』は××駅周辺に住んでいる。もっと言うと、『芝居、下手にアウト』のサブアカウントです」
「そんなアカウントは知らない!」
「アナグラム」
「…え?」
「あなたは、自分がひらほーを撮ったということを見せつけたいがために、目撃者を増やす自作自演を行った。でも、バズりに目がないあなたは自己顕示欲が高すぎた。『アシタバ二等兵』は『芝居、下手にアウト』を全てひらがなに直して並べ替えた言葉。つまり、アナグラムなんでしょう?全部自分がやったことだと誇示したい欲が抑えられなかった」
「黙れ」
「目立ちたい。誰かに気付いてほしい」
「黙れ!!!!」
「そんな幼稚な考えが捨てられないからこんなことをしたんですね」
「バズりたいって思うことの何が悪い!!バズればみんなが見てくれる!!!みんなが気付いてくれるんだ!!!」
「かわいい後輩をしょうもない承認欲求に使わんといてください」
タブレット越しの声はゾッとするほど冷たかった。暖かい、陽だまりのような雰囲気はどこへやら。切りつけるように冷酷な声があたりを静かにさせた。
「…え?後…輩?」
ヤバ。バレる。えーと、えーと。
「あー!いや、ね!ウチの探偵の高校の後輩らしいんです!平尾さんが!ね!すごいですよね!」
「…」
「というわけで、後はぽの君よろしくね〜」
そうしてタブレットは喋るのをやめた。
「さて、えーと、『アシタバ二等兵』さんでいいですか?あの、これからこういった投稿は金輪際やめていただきたいんですが」
「やめるか!バーカ!世の中バズってナンボなんだよ!こんなネタ易々と手放せるか!」
「じゃあ、失礼して」
僕は男の手からスマホをスッと抜き取り、男にそのスマホを向けた。顔認証でロックが解除された。
「な…いつの間に…お前何者だ…?」
「さてさて〜、女性ファンとのありもしないキモすぎるDMでのやり取り画像を投稿っ…と」
「うわぁ!待て待て待て!分かった!分かった金輪際やらないから!」
「…本当に?」
「本当だ!」
投稿ボタンに指を近付ける。
「本当の本当に?」
「うわぁぁぁ!!本当の本当にだって!」
「分かりました。これは投稿しません。平尾さんに申し訳ないと思いながら生きてくださいね」
「わ、分かった…」
かくして、この事件は幕を閉じた。
「本当にありがとうございました!」
「あはは、どういたしまして」
「良かったですね、平尾さん」
「はい!これで安心してひら砲が撃てます!」
にこにこと、軽くひら砲のポーズをしてみせる平尾さん。うーん、かわいい。
「ぽの君、推し変は許さへんよ」
ジト目で愛奈さんに詰められる。そんなに分かりやすかったかなぁ…
「いやいやいや、僕は愛奈さん一筋ですから」
「ふふふ、お二人はとっても仲が良いんですね!」
平尾さんは眩しい笑顔で言う。
「うーん、まぁ仲が良いというか、貸主と債務者というか」
「余計なこと言わんでええからね。一円も貸してないし」
「人生における借りの問題ですよ」
「それやったらトイチで確かに貸してるわ」
「闇金じゃないですか」
「ふふふ…じゃあ、これお礼です」
平尾さんはにこにこしながら言った。
「え、お礼なんかいらんよ。ひらほーの笑顔を守れたらそれで」
「気を遣わなくていいんですよ」
「いえいえ!感謝してもしきれないのでせめてこれくらいは」
そう言って半ば強引に渡された紙袋。紙袋!?しかも結構重い…
「どんな額入ってたらこんな重いんだ…さすがに受け取れないですよ!ねぇ、愛奈さん」
「そうよ!ひらほーがいざと言う時に大事に取っといて!」
「あ…それ、お金じゃないですよ」
「え?」
「梨です。鳥取の梨。実家からたくさん送られてくるんです。とっても美味しいので、ぜひお二人で仲良く食べてあげてください!」
その眩しすぎる笑顔に目が眩む。愛奈さんと僕は思わず手で目を防いだ。
「なんて良い子なの」
「泣けてきますね。良い子すぎて」
「ひらほー、これはありがたくいただくね」
「はい!」
「一件落着ですね。は〜、良かった」
そうして、僕たちは平尾さんを駅まで見送り、事務所までの帰路についた。
「ん〜!おぃひぃ!」
「さすが鳥取。この梨めちゃくちゃ美味いですね」
「それにしても、この量はさすがに食べきらんくない?」
愛奈さんは少し苦しそうにそう言った。確かに、平尾さんの紙袋にはかなりの量の梨が入っていた。
「そうですね…想像以上に入ってましたからね…」
「ん〜、どうしようか」
「では、コンポートにしましょうか?」
「コンポート?」
「果物を水とか砂糖水で煮て、果物そのものの形を保ったまま保存する方法です。ジャムの手前みたいな感じですかね」
僕がそう提案すると、愛奈さんは嬉しそうに応じた。
「ふふ、美味しそうやな。じゃあ、一緒に梨のコンポート作ろっか」
「はい!」
愛奈さんのおぼつかない包丁さばきをアシストしながら梨を切り、煮ていく。甘い香りが事務所に漂って、この事件の思い出になっていった。
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