下:商店街
敦と鏡花も時折来ることがある商店街は人であふれていた。
普段は人と肩がぶつかるということはないというのに、今日は気を付けなければはぐれそう。
商店街は老舗の洋品店やアンティーク家具の店、菓子屋やパン屋など多種多様な品を扱う商店が並んでいる。生活するものはここでおおよそそろうだろう、お金に糸目をつけなければ、と注釈がつく。
とはいえ、肩ひじ張らない気楽な商品もあったりするし、催しの時は掘り出し物があったりする――だから、人が多い。見ていても楽しいという一面があるのだ。
敦は人の多さに注意しつつ歩みを進めたが、ふと「鏡花ちゃん?」と声をかける。
後ろからついてきていたはずの鏡花がいない。
ショウウインドウを見ていた鏡花が気づいて、慌てて走って来た。
「何か欲しいものがあった?」
「そうじゃない……ただ、ちょっと見てた。いつも、じっくり見ないから」
「確かに、普段だとあんまり見ないかも」
商店街に来ても、用がない場所だと気になったものがない限り、ショウウインドウを見ない。今日みたいにウインドウショッピングを決めている時でないと、じっくり見る機会はないだろう。
「そうだね、ゆっくり見ていこうか。どういうのがあるのか見てみるのも、楽しいよね」
目的があるわけではないのだから。
二人は一件ずつ覗いていく。普段だと入りづらいような店でも、たくさんの客がいてまぎれて入り込む。
見慣れた街が知らない街になったというだけでなく、新たな一面を教えてくれるようだった。
メーンの通りだけでなく一本入ったところもにぎやかで、寄ってみたり。
蛇行をするから、商店街の端から端まで歩くのが通常の何倍にもなる。
それが、また楽しい。
そんな中、「エリ――」と聞き覚えがした。敦と鏡花に、警戒の色が差す。
鏡花は懐の短刀を抜くのではないかというくらいの緊張。
落ち着いているのか揶揄っているのか、わからない男の声音。ただ、人を探し、慌てていることは分かる。
その声は近づいて来た。
敦はふと、近くの看板の裏に五歳くらいの女の子がおろおろしているのに気づいた。
「パパー、ここだよ」
声の主は「エリコちゃん!」とやって来た。
聞いた覚えのある声の主と、実際に現れた人は全く違う人物だった。
「もう! なんでいなくなっちゃうの!」
「……迷子にならないように手をつなごう」
「エリ、そんな子どもじゃない!」
というような、親子のやり取りを聞きつつ、敦も鏡花も拍子抜けした。
鷗外ではなかったとう安堵もあり、大きく息を吐く。
親子は手をつなぎ人込みに消えていった。
敦は「いるわけないよ」と苦笑する。
「うん……でも、声が……」
「似てたね」
「びっくりした……」
敦は鏡花の言葉に「うん」と応じようとして、不意にまた声を拾った。該当の人物を意識しているために、拾いやすかったこともある。
声の方を見た敦は、遠くの店の前に白衣姿の鷗外の姿を発見してしまった。
「……いた」
「え?」
「あそこ……」
鏡花は敦が指さす方を見ようとしたが、ジャンプしても、左右に揺れても。人が多くて無理だった。
敦は「えっと、子供用品店ぽかったよ……中原さんと入っていった」と告げる。鏡花は「……?」とその組み合わせはともかく、入っていった店が結びつかなかった。
「いや、うん、まぁ、気にしないでいいよね」
鏡花はうなずいた。
その時、「二人とも、どうかしたか」と福沢 諭吉の声がした。
二人が顔を向けると、小袖に手を入れた福沢の姿があった。
挨拶をした後、敦は「社長、仕事ですか?」と問う。
福沢は「散歩だ」と短く言う。
「二人は商店街の見物を楽しんでいると聞いていたが」
敦と鏡花は顔を見合わせた。鷗外と中也の影を除けば楽しいはずだ。そこをあえて言う必要もない気がする。
「はい、こんなに人が多いって想像つかなくて」
「そうか。せっかくだ、そこでアイスでも食べるか?」
敦と鏡花は驚いて恐縮するが、嬉しそうな雰囲気が漂う。
「催しという祭りを楽しむのも大切だ」
敦が「ありがとうございます」言い、鏡花が深くうなずいた。
蜂蜜の店に入り、蜂蜜を使ったアイスクリームを食べる。
敦と鏡花が美味しそうに食べるのを見て、福沢は口元を少し緩めた。
なお、敦が見かけた人たち――鷗外は店の前で大きく息を吐いた。
「あれ? ボス、一人ですか?」
中也は驚いて声をかけた。
これだけ多い人出で見つけられたのは行幸だったが、鷗外がエリスと一緒だと思っていたのに一人なのが意外過ぎた。
鷗外は情けない表情で「中也君、聞いてくれるかい?」という。
「エリスちゃんは……いない……いたのだけれどもいない」
なぞかけ状態で中也は「……どういうことです?」と問い返すことになる。
「エリスちゃんが走り出したときに、角から来た男にぶつかったんだ。万死に値すると思うのだけれども、よりによって、太宰君だった」
「……」
中也のこめかみがピクリと動く。
「太宰君は当て逃げしていったよ。その上『一般の子どもでなくてよかった』って言葉残して」
「……」
「成長したねぇ……」
「それでいいんすか!?」
「まぁ、うん、そうでも思わないと、気持ちの整理がつかないからね。ここで使うわけにもね……」
鷗外の視線はぼんやりと遠くを見ていた。
現実逃避の模様。
複雑な胸中の中也は「……まぁ……」と応じるのみだった。
鷗外はポンと手を叩くと、中也に視線を合わせた。
「ということで、中也君、一緒に行こう」
「は?」
「何か買ってあげよう。このワンピース可愛いね。お菓子がいいかい?」
「……て、子供服の店! ワンピースって!?」
鷗外は意気揚々と入っていく。
ついていかないわけにいかず入っていくが、中也は気付いた、エリスの代わりとして連れまわされることが決定しているということに。つまり、子ども用品、菓子などを巡るうえ、そのたびに感想を求められることになる――。
一応、伝えるならば、樋口は、一日素敵な休息だった。
秋のセールに行ってみよう! 小道けいな @konokomichi
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