『ドール趣味』後編

 その後、私たちは撮影をして、建物の中を色々と見て回って——喫茶室でケーキと飲み物を頼んで一息ついた。


 そして行きと同じように、電車を乗り継ぎ、帰路に着いた。

「今日はありがとうございました」

 私はK電車の中で、リリィ先輩に言った。

「こちらこそ、ありがとう。退屈しなかった?」

「とても楽しかったです。先輩の知らない一面を見られた気がします」

「何だか恥ずかしいな」

 リリィ先輩は困ったように、眼鏡を直した。

「また誘って下さいね」

「うん。月曜日、また会社でね。ありがとう」

 先輩は私よりも先に、最寄駅に到着する。ホームに降り立った先輩に手を振って、その日は別れた。


 私は正直、とてもおせっかいな人間だ。

 そして自分が興味を持った人とは、とにかく仲良くなりたい。

「よし、リリィ先輩と友達になろう!」

 私はそう思った。先輩には、裏切らない人間がいる事も知って欲しい。



 私がリリィ先輩と仲良くするためにした事。それはそんなに大した事ではない。

 いつもみたいに、帰る時間が重なった時には、

「先輩、一緒に帰っても良いですか?」

「良いけれど。私アミメイト行くんだけど……」

「行った事無いので、行ってみたいです!」

 と付いて行ってみたり。


「この間、お里に行った時に撮影したルナ君。写真をプリントアウトしてみました。私が撮った物ですが、良かったら受け取ってもらえますか?」

「嬉しい! ありがとう」

 リリィ先輩が喜びそうな事をしてみたり。


「先輩、今日の私のブラは可愛いんですよ。特別に覗かせてあげます!」

 と、お昼休みの更衣室でふざけてみたり。ちなみにこの時には、思わぬ出来事が起きた。

「どれどれ」

 そう言って制服のブラウスを覗いたリリィ先輩は、なぜか、人差し指で私のブラをチラッとめくったのだ!


「せ、先輩!」


 リリィ先輩は、うふふと笑って、更衣室を出ていく。私はブラウスを直して、その後を追いかけた。


「もう、リリィ先輩ったら!」


 騒いでいると、私たちが仲良くしている営業マンWさんが側を通りかかった。

「いつもふたりは仲が良いなぁ。モモ君、どうかしたの?」

「せ、先輩が……私の、」

 私は口をパクパクさせて、控えめな声で「ちくび見たんです!」と言った。

 リリィ先輩は静かに大笑いしている。実はイタズラ好きなのだ。


 Wさんは驚いた顔で固まっていたけれど、ふと我に帰ると、

「リリィ君。そこに紙と鉛筆があるから、詳しく書いてくれないか」

 と真顔で言う。


「間接的にでもイヤですよッ!」


 私はそう言って、お腹が痛くなるほど笑った。Wさんも、リリィ先輩も、涙が出るほど大笑いしていた。

(※⚠️Wさんと私たちは、かなり突っ込んだ話を普段からする程の大の仲良しです。一般的にはこれはセクハラに値します。いくら仲が良いとはいえ、女性に対して、決してこのような真似をしないで下さいね!)


 とにかく、こんな調子で私はリリィ先輩との仲を深めた。少しは、私のことを認めてくれたかな——人間と仲良くする事も、楽しいって思ってもらえているかな。


 私がそんな事を思い始めた頃だった。

 リリィ先輩と週末にお出かけをして、お腹が空いたので、晩御飯を外で食べて帰ることにした時のこと。

 先輩は「母に連絡しておくね」と言って、携帯電話で話し始めた。その時に、

「今日は友達と晩御飯を食べて帰るから、ご飯はいらないよ」

 と伝えている姿を見て、私は「友達」という言葉に嬉しくなった。


「お待たせ、ごめんなさい」

 リリィ先輩はそう言って、携帯電話を鞄にしまう。そして私の様子を見て、何かに気がついたようで、

「あ、友達って言っちゃった」

 と恥ずかしそうにした。

「私は“友達”で構いませんよ。さん付けも、しなくて良いくらいです!」

「二人の時はモモちゃん、って呼んじゃおうかな」

「私はリリィちゃん、って先輩の事言っちゃおうかな」

 私たちは笑いながら、晩御飯を食べるために、お店の中へと入って行った。


 そうそう。こんなエピソードもある。

 リリィ先輩と、電車に乗っていた時だった。窓の外を見て、

「私、ああいうお城に行ってみたいんだ」

 と先輩が言った。私はそのお城を見て、ちょっと黙ってしまう。

(えっと。これはラとブが付くホテルじゃないですか! リリィ先輩が一番嫌っている、人間が分泌物を垂れ流す場所ですよ……)

「……そこは、そんなに良い場所では無いと思いますよ」

 あまりにも憧れの眼差しでいる先輩に、私は強く言えなかった。


 リリィ先輩はとても無邪気で、繊細で、楽しい人だ。私のことをどう感じているのかは分からないけれど、私の気持ちが伝わっていれば良いな。


 ある日、更衣室でリリィ先輩は言った。

「ねぇ、モモさん」

「どうかされました? 先輩」

 私は、ロッカーの内側に貼られた、ルナ君を眺めている先輩を見た。

「もし私が死んだら、ルナ君たちを引き取ってくれない?」

「責任重大ですね。何かしなければならない事はありますか?」

 私がそう尋ねると、リリィ先輩は少し考えるような顔をして話し出した。


「まず朝起きたら、おはようって挨拶をしてあげて。一体一体、髪の毛を毎日かしてあげるの。抱っこして、少し部屋の中をお散歩させてあげるのも良いわ! 時々、お洋服を着替えさせてあげてね。髪型ウィッグを変えたりね——あまり日に当てると肌が黄色くなってしまうから気をつけて——」


 現在リリィ先輩のお家には、リリちゃん人形を除いて、ルナ君シリーズの人形ドールが10体程いらっしゃる。(この小説を書くにあたって、メッセージをやり取りしていたところ、現在は20体になっているそうだ)

 私は話が止まらない先輩に、割り込むように言った。


「先輩、先輩。どうか、私より長生きして下さい! お願いしますぅ」


 私はちょっと泣きそうだった。

 そんな私を見て、リリィ先輩はイタズラっぽく笑っていた。




     Fin.

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『ドール趣味』 ヒニヨル @hiniyoru

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