『ドール趣味』後編
その後、私たちは撮影をして、建物の中を色々と見て回って——喫茶室でケーキと飲み物を頼んで一息ついた。
そして行きと同じように、電車を乗り継ぎ、帰路に着いた。
「今日はありがとうございました」
私はK電車の中で、リリィ先輩に言った。
「こちらこそ、ありがとう。退屈しなかった?」
「とても楽しかったです。先輩の知らない一面を見られた気がします」
「何だか恥ずかしいな」
リリィ先輩は困ったように、眼鏡を直した。
「また誘って下さいね」
「うん。月曜日、また会社でね。ありがとう」
先輩は私よりも先に、最寄駅に到着する。ホームに降り立った先輩に手を振って、その日は別れた。
私は正直、とてもおせっかいな人間だ。
そして自分が興味を持った人とは、とにかく仲良くなりたい。
「よし、リリィ先輩と友達になろう!」
私はそう思った。先輩には、裏切らない人間がいる事も知って欲しい。
※
私がリリィ先輩と仲良くするためにした事。それはそんなに大した事ではない。
いつもみたいに、帰る時間が重なった時には、
「先輩、一緒に帰っても良いですか?」
「良いけれど。私アミメイト行くんだけど……」
「行った事無いので、行ってみたいです!」
と付いて行ってみたり。
「この間、お里に行った時に撮影したルナ君。写真をプリントアウトしてみました。私が撮った物ですが、良かったら受け取ってもらえますか?」
「嬉しい! ありがとう」
リリィ先輩が喜びそうな事をしてみたり。
「先輩、今日の私のブラは可愛いんですよ。特別に覗かせてあげます!」
と、お昼休みの更衣室でふざけてみたり。ちなみにこの時には、思わぬ出来事が起きた。
「どれどれ」
そう言って制服のブラウスを覗いたリリィ先輩は、なぜか、人差し指で私のブラをチラッとめくったのだ!
「せ、先輩!」
リリィ先輩は、うふふと笑って、更衣室を出ていく。私はブラウスを直して、その後を追いかけた。
「もう、リリィ先輩ったら!」
騒いでいると、私たちが仲良くしている営業マンWさんが側を通りかかった。
「いつもふたりは仲が良いなぁ。モモ君、どうかしたの?」
「せ、先輩が……私の、」
私は口をパクパクさせて、控えめな声で「ちくび見たんです!」と言った。
リリィ先輩は静かに大笑いしている。実はイタズラ好きなのだ。
Wさんは驚いた顔で固まっていたけれど、ふと我に帰ると、
「リリィ君。そこに紙と鉛筆があるから、詳しく書いてくれないか」
と真顔で言う。
「間接的にでもイヤですよッ!」
私はそう言って、お腹が痛くなるほど笑った。Wさんも、リリィ先輩も、涙が出るほど大笑いしていた。
(※⚠️Wさんと私たちは、かなり突っ込んだ話を普段からする程の大の仲良しです。一般的にはこれはセクハラに値します。いくら仲が良いとはいえ、女性に対して、決してこのような真似をしないで下さいね!)
とにかく、こんな調子で私はリリィ先輩との仲を深めた。少しは、私のことを認めてくれたかな——人間と仲良くする事も、楽しいって思ってもらえているかな。
私がそんな事を思い始めた頃だった。
リリィ先輩と週末にお出かけをして、お腹が空いたので、晩御飯を外で食べて帰ることにした時のこと。
先輩は「母に連絡しておくね」と言って、携帯電話で話し始めた。その時に、
「今日は友達と晩御飯を食べて帰るから、ご飯はいらないよ」
と伝えている姿を見て、私は「友達」という言葉に嬉しくなった。
「お待たせ、ごめんなさい」
リリィ先輩はそう言って、携帯電話を鞄にしまう。そして私の様子を見て、何かに気がついたようで、
「あ、友達って言っちゃった」
と恥ずかしそうにした。
「私は“友達”で構いませんよ。さん付けも、しなくて良いくらいです!」
「二人の時はモモちゃん、って呼んじゃおうかな」
「私はリリィちゃん、って先輩の事言っちゃおうかな」
私たちは笑いながら、晩御飯を食べるために、お店の中へと入って行った。
そうそう。こんなエピソードもある。
リリィ先輩と、電車に乗っていた時だった。窓の外を見て、
「私、ああいうお城に行ってみたいんだ」
と先輩が言った。私はそのお城を見て、ちょっと黙ってしまう。
(えっと。これはラとブが付くホテルじゃないですか! リリィ先輩が一番嫌っている、人間が分泌物を垂れ流す場所ですよ……)
「……そこは、そんなに良い場所では無いと思いますよ」
あまりにも憧れの眼差しでいる先輩に、私は強く言えなかった。
リリィ先輩はとても無邪気で、繊細で、楽しい人だ。私のことをどう感じているのかは分からないけれど、私の気持ちが伝わっていれば良いな。
ある日、更衣室でリリィ先輩は言った。
「ねぇ、モモさん」
「どうかされました? 先輩」
私は、ロッカーの内側に貼られた、ルナ君を眺めている先輩を見た。
「もし私が死んだら、ルナ君たちを引き取ってくれない?」
「責任重大ですね。何かしなければならない事はありますか?」
私がそう尋ねると、リリィ先輩は少し考えるような顔をして話し出した。
「まず朝起きたら、おはようって挨拶をしてあげて。一体一体、髪の毛を毎日
現在リリィ先輩のお家には、リリちゃん人形を除いて、ルナ君シリーズの
私は話が止まらない先輩に、割り込むように言った。
「先輩、先輩。どうか、私より長生きして下さい! お願いしますぅ」
私はちょっと泣きそうだった。
そんな私を見て、リリィ先輩はイタズラっぽく笑っていた。
Fin.
『ドール趣味』 ヒニヨル @hiniyoru
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