第14話 王国は終焉を迎える
カイゼリン王国は荒廃していた。
わずか数ヶ月前までは緑豊かだった一帯は荒野と成り果て、今や不毛の大地と化している。
大気は汚れ、荒れ狂う海は海辺の街を飲み込んでしまった。
毎日のように王都には災害から逃れてきた王国の民たちが救いを求めてやって来たが、それを救うべき王侯貴族たちにはその余力すら無かった。
「まだ、まだ奴は見つからないのか!!」
ユリウスが激昂する。
半年前、ユリウスはドナパルトに命令して国外に追放されたはずのエドワードを捜索していた。
しかし、その結果は芳しくない。
当然だった。
何故なら王国は今、何よりも呪われている国なのだから。
誰が言ったのか、王国は罪を犯し、その天罰を受けている真っ最中なのだと。
多くの風魔法使いを派遣し、やっとの思いで国境線に沿って伸びる地割れを飛び越えても、他国はカイゼリン王国を助けようとはしなかった。
正式な使者を他国にやっても国境で追い返されてしまうのが実情。
エドワードの捜索は、全く進んでいなかった。
「ユリウス陛下!! ユリウス陛下!!」
「何事だ!?」
「反乱です!! 地方の領主が民衆を率いて反乱を起こしました!! もう王都付近に!!」
「くっ、軍を派遣して鎮圧しろ!! 決して王都へ入れるな!!」
火は一度着いたら、燃え広がるばかりだ。
ユリウスがエドワードを追放した日、彼を称えた地方の領主たちの多くが反乱を起こしていた。
度重なる軍の派遣により、民衆に課される税金は増え、結果的に王国の雲行きを怪しくしているに過ぎない。
その反乱に乗じるように、地方の領主は反乱を起こしていた。
終わらない、いつ終わるかも分からない現状にユリウスの心は摩耗していく。
しかし、彼には踏ん張らなければならない理由があった。
「……シンシア、ユリーシア。君たちだけは、無事でいてくれ」
王国から逃がした最愛の女性と、生まれて間もない娘に思いを馳せて、ユリウスは王国が滅ぶその日まで戦う。
その最愛の女性がどのような目に遭っているのか、知りもしないまま……。
時は微かに遡り。
シンシアはユリウスの命令に従い、馬車に乗って国外への脱出を図っていた。
「ユリウス様……」
王国の滅びの日は近い。
相次ぐ原因不明の自然災害に各地は疲弊し、今や数少ない資源を巡って争うような状況。
ふと、シンシアは思うのだ。
(もしも、もしも全ての不幸が、私やユリウス様があの人を追放したからだったなら……)
あの日、あの時。
エドワードを追放しようと息巻くユリウスを諌め、素直にユリウスを愛してしまったとエドワードに告白し、赦しを請うたなら、結果は違ったのだろうか。
正直にユリウスと結ばれたい、そう告げるだけで結果は変わっていたのではないか。
少なくともシンシアの記憶に残るエドワードという少年は、大抵のことに目くじらを立てない人間だった。
優しいとか、心が広いとか、そういうものではない。
ただエドワードという少年は、何もかもが希薄だった。
存在感も、他者への信頼も、自愛の心も、とにかくあらゆるものが欠如しているようだった。
だからこそ、シンシアは彼を不気味に思った。
人間でありながら、人間ではないような、その様はまるで人形のようだった。
最初から何か別の理由があって生きているような、気色の悪い人間。
「あぅ、あぁ!!」
「……あっ、ごめんなさい。大丈夫、大丈夫よ」
親の不安を感じ取ったのだろう。
シンシアの腕に抱かれた赤ん坊がぐずり始め、慌ててあやす。
ユリウスとシンシアの娘、ユリーシアである。
「……私がしっかりしなくちゃ。もう私一人の命じゃないんだから」
「きゃっ、きゃっ!!」
ユリーシアが笑う。
シンシアも釣られて笑った。
『な、何をする!! お前たち、この馬車が王家のものだも知って――ぐわあ!!』
その時だった。
馬車の外で御者が焦ったように叫び、何人かの男たちの声が聞こえたのは。
『だから襲ってんだよ!! 死ね!!』
『おい!! 絶対に逃がすなよ!!』
『うるせぇ!! 早くしろ!!』
馬車の扉が乱暴に開かれる。
扉の向こう側には痩せこけた男たちが何人も立っていて、シンシアの髪を掴んで馬車から引きずり出した。
「痛いっ、やめてっ」
「うるせえ!! おい、こいつか!?」
「間違いねーよ!! こいつ、あの愚王ユリウスの女だ!!」
「おい、ガキも乗ってるぞ!! どうする? 殺すか?」
「っ、やめて!! その子だけは!!」
シンシアは自らの髪が引きちぎれることも厭わず、ユリーシアに駆け寄る。
「俺のガキはなあ、ろくに飯も食えずに死んだんだよ」
「……え?」
「嫁が自分の命と引き換えに産んだんだ。俺の何よりも大切なもんだった。それを、お前らの、お前らのせいで!!」
憎悪のこもった目だった。
理不尽にも程がある、あまりにも筋違いな憎しみがこもった目。
男たちもきっと、怒りをぶつけられるなら誰でも良かったのだろう。
その後のことなど何も考えていない、ただの復讐者の目。
「それなのに、それなのにお前のガキが死なねぇのはおかしいだろが!! ああ!?」
「そうだ、ガキも一緒に殺しちまおう!!」
「殺せ、殺せッ!!!!」
男たちの手がユリーシアに伸びる。
シンシアはユリーシアを守るように覆い被さり、男たちから暴行を加えられた。
男たちはきっと、元は農民だったのだろう。
剣のような上等なものではなく、クワや鎌をシンシアの背に問答無用で振るった。
美しかった顔も蹴られ、踏まれ、全身が打撲痕と血で痛々しいものに変わってゆく。
「うっ、こ、この子、だけは、助けて……」
「うるせえ!! 死ね!! 死んじまえ!!」
顔が腫れ、血は流れ、土で汚れる。
それでもシンシアは、一人の母親として子を守るために身体を張った。
そして、自分の命よりも我が子を憂う。
(この子は、何もやっていない!!)
生まれてきたばかりの命に罪はあろうか、いや、無い。
ならばせめて、とシンシアは神に祈る。
(この子だけは、助けてください。もう私はどうなっても良いから、お願いします、助けください!!)
その祈りが通じたのか、はたまた偶然か。
「なんだ、これは。集団リンチの現場か?」
「ああん? 誰だおま――」
「面白い、私も混ぜろ。ただし、私一人でお前達をリンチしてやる!!」
恐ろしく強い少女が、拳を振るう。
「がふ!?」
「な、なんだ、お前!! 関係ない奴はすっ込んで――」
「ふはははは!!!! 関係ないな!! 無いから首を突っ込むのだ!! おら、どうした!! 大の男が情けない!! 所詮は王国の人間か!!」
少女は男たちを一方的に殴り殺してしまった。
中には頭蓋骨が陥没し、一目見て絶命していることが分かる男もいる。
シンシアは安堵した。
自分はもう、多分助からない。それ程の重傷を負っている。
しかし、自らの腕の中にいるこの子だけは、助かるのではないか、と。
そうして手を伸ばした先には。
「うわ、ひどい……」
見覚えのある少年がいた。
あれから一年近くの時が過ぎているのに、あいも変わらずボーッとした空気の少年だった。
少年は、シンシアに気付かない。
すでに顔が凹み、美しかった顔の面影も無くなっているから。
だからだろうか。
「大丈夫?」
少年が、心配そうにシンシアへ近づいたのは。
少年の隣に立つ少女が、呆れた様子で言う。
「おい、それはもう助からんぞ? 出血が酷い」
シンシアも分かっている。
どんな奇跡が起こったとしても、シンシアはとっくに死んでいる。
かろうじてとは言え、意識がまだある事の方がおかしいのだ。
「……ぉ……ねがい……ユリーシア、を……」
シンシアは力を振り絞って、少年に愛しの我が子を託す。
少年は何も言わず、ただ赤ん坊を抱きかかえた。
「……ゆ……る……して……」
それは、子に対して言ったものだったのか。
あるいはその子を抱きしめる少年に向けて言ったものだったのか。
少年はただ一言。
「大丈夫だよ、安心して」
そう言って微笑んだ。
シンシアは静かに目を閉じる。シンシアの意識が、暗闇に沈む。
我が子を想い、一人の母は息絶えた。
「おい、その赤ん坊をどうするつもりだ?」
アシュリーの問いに、エドワードが頷く。
「どうするも何も、育てるよ? お願いされちゃったから。それに……」
「それに?」
「この子、ユリーシアってなんか弟と元婚約者に似てる気がするんだよね。髪の色とか目元とか」
「だったらなんだと言うんだ? むしろ貴様には憎い連中の子ではないのか?」
エドワードが笑顔で答える。
「そりゃ追い出されたことは恨んでるけど。姪っ子がいたらこんな感じかなーって思っちゃうと意地悪できないよ」
「……ふん」
エドワードの言葉が気に入らなかったのか、アシュリーは鼻を鳴らす。
そこへアオイが遅れてやってきた。
「お二人とも!! 勝手にどこかへ行かないでください!! これ以上迷子になったらどうするんですか!!」
「す、すまぬ」
「ご、ごめんなさい」
「って、その赤ん坊は? ていうかなんでこんなに死体が転がってるんですか!?」
「あー、それは……」
アシュリーが事情を説明し、赤ん坊を抱えたまま彼らはまたしばらく迷子になる。
脳筋と方向音痴、赤ん坊と世話焼きな参謀がやっとの思いでカイゼリン王国を脱出した頃。
国王ユリウスが反乱軍に討ち取られ、その首が晒された。
長きにわたるカイゼリン王国の歴史は終わりを迎えたのである。
――――――――――――――――――――――
あとがき
第一部、完!! 続編は未定です。
「面白かった!!」「最後の終わり方は良かった!!」「なんでまだ迷子なんだよ!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
忌み子の神霊術師を追放した奴らは破滅に向かって転がり落ちる。 ナガワ ヒイロ @igana0510
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