第13話 帝国皇女はトラウマとシチューを食べる






「くっ、一体どうすれば……ッ!!」



 ユリウスが頭を抱える。


 昨日、相次ぐ自然災害から避難してきた国民を保護したのだ。


 その数はおよそ3万。


 現在は王城の食料庫を開放し、食料を配給制にしているがために何とか保っているものの……。



「ヴィレヴィア、食料はあと何日分ある?」


「今、食料の配給は最低限にしておりますが、保って三ヶ月と言ったところでしょうか。各地方の領主が陛下の呼び声に応じて自らの食料庫を開放すれば、半年てしょうな」


「それでもたった半年、か」



 それがカイゼリン王国に残されている寿命だとユリウスは理解する。


 その間に頻発する自然災害の原因を解明し、取り除く必要がある。



(……いや、もう原因は分かっている)



 ユリウスの脳裏に思い浮かぶのは、いつもボーッとして上の空になっている忌々しいエドワードの姿だった。


 彼を追放してから、全てがおかしくなった。



(どうにかしてあの男を探し出さねば)



 国外に逃げてしまったエドワードを追いかけるには、まず国境線に沿って生じた地割れをどうにかする必要がある。


 そして、エドワードを見つけた暁には――



「奴を始末すれば、この王国の危機を回避できるはず!!」



 ユリウスは気付かない。


 自分が根本的に間違えていることを。


 そんなことをすれば、更なる神霊の怒り買うとも知らずに。


 しかし、その決意を固めてしまったユリウスは、そのための行動を起こす。



「奴を探すためにも、まずは国境を越える手段を考えなくては」



 幾つかの案がユリウスの頭に浮かぶ。


 土魔法で地面を操り、橋をかけるのは不可能だったらしい。


 ならば風魔法による空中移動を試すべきだろう。



「誰か!! フランク卿を呼べ!!」



 ユリウスの命令に従い、兵士が王国騎士団長のドナパルトを連れてくる。



「お呼びでしょうか、陛下」


「貴殿の言う通りだ。私はあの男を見つけ出す必要がある。風魔法による空中移動で国境を超えられないか試してみろ」


「っ、承知しました!!」



 ドナパルトの表情が和らぐ。


 ようやく己の過ちを認め、行動する様子を見せたユリウスに安心したようだった。













(くっ、これはどういうことだ!!)



 エルドランド帝国の第一皇女、アシュリー・ヴァン・エルドランドは柄にも無く焦っていた。


 冷静に、されど苛烈な生き方をする彼女の背筋に冷や汗が伝う。



(何故、何故私はエドワード王子と一緒に旅をしておるのだ!!)



 帝国軍を引き連れて王都へ襲撃をするも、肩に矢を受けてアオイと共に逃げたアシュリー。


 その彼女の前に現れたのは、のほほんとした雰囲気の少年だった。


 彼の名前はエドワード。


 アシュリーのトラウマそのものであり、本音を言うと目も合わせたくない相手だ。


 幸い、アシュリーはエドワードのことを覚えているが、エドワードはアシュリーのことを覚えていないらしい。


 アシュリーがエドワードを見かけたのは何年も前の話であり、そもそもエドワードからすれば面識が無かったことが功を奏した。



「エドワード殿、シチューができましたよ」


「わあ、美味しそう!! アオイさんは料理が上手なんだね!!」


「それ程でも。野生の雌の山羊がいて良かったです。牛乳より少し癖はありますけど」



 エドワードと親しげに話しているのは、アシュリーの側近であるアオイだった。


 葉っぱで作った簡易の器にシチューをよそい、それをエドワードが木を削って作ったスプーンを使って嬉しそうに食べる。



「おいひぃ、むぐっ。今まで適当な木の実や川で変な魚を採って食べてたので余計に美味しいです!!」


「余程大変な思いをしたのですね……」


(おいコラ、アオイ!! 私を放置してエドワードと仲良くするな!! お前は私の部下であろう!!)



 心の中でエドワードに嫉妬するアシュリー。


 彼女にとって、年の近いアオイは配下の一人であると同時に友人でもある。


 アオイがポッと出のエドワードの世話を焼いていることが気に入らないらしい。


 しかし、文句は言えない。

 何故ならアシュリーの野性的な直感が、エドワードの周囲に漂う強大な気配を感じ取っているから。



『ねーねー、どうするー?』


『んー。この二人、エドのともだちになるのかなあ?』


『エドのともだち? ならいじめるの可哀想!!』


『この人間って王国をぼくらから横取りしようとしたんだよ!! 消しちゃおうよ!!』


『でもでも!! エドにひどいことしてないよ?』


『そうだね、エドをいじめないなら許してあげようよ!!』



 そんな神霊たちの無邪気な声を、アシュリーは聞くことができない。

 神霊は精霊よりも遥かに高位の存在であり、精霊の声を聞くのがやっとのアシュリーの素質では知覚できないのだ。


 ただ、勘でそこに何かがいることは分かる。


 アシュリーはより警戒心を強め、エドワードをじろりと睨む。



「アシュリー様、シチューです」


「あ、うむ、いただこう。……む、美味いな!!」



 エドワードを警戒していたアシュリーだが、アオイの作ったシチューの味に思わず頬を緩めてしまう。



「はっ!!」



 アシュリーが首をブンブンと振った。

 


(い、いかん、私としたことが、シチューを前にはしゃいでしまった!! エドワードに隙を見せてはならんと言うのに!!)


「アシュリーさんは」


「っ、な、なんだ?」



 急にエドワードに名前を呼ばれて、アシュリーがビクッと身体を震わせる。


 何を言われるのかと身構えるアシュリー。



「アシュリーさんは、美味しそうにご飯を食べるんだね」


「む、そ、そうか?」


(た、たしかに頬が緩んではいたが、何故それを今言う? 何か隠された意味があるのか!? ぐぬぬぬ、私には難しくて分からん!!)



 勿論、エドワードの言葉に深い意味は無い。


 ただ美味しそうにシチューを食べるアシュリーの横顔を見て、何となく言っただけである。


 そんなことを露程も知らないアシュリーは、エドワードに更に警戒心を強めた。


 しかし、そこで名案を閃く。



(そうだ!! こいつを人質にすれば、王国の包囲網を突破できるのでは!? って、駄目だあ!!)



 アシュリーはエドワードが置かれている状況を思い出す。


 そう、エドワードは王国を追放されたのだ。


 つまり、人質にしても意味がない。

 最悪の場合、王国兵がエドワードごと攻撃してくる可能性だってある。



(というか、国外追放になったのではなかったのか!? ここはまだ王国内だよな!? くっ、こうなったらエドワードに帝国への脱出を手伝わせてみるか……。いや、待てよ?)



 そこへ更なる名案がアシュリーの脳裏に浮かぶ。



(そうだ、エドワードは王国を追放されている身。帝国でのそこそこの地位を用意して亡命を受け入れてやれば、王国に対して有利に動けるはず)



 アシュリーは脳筋だが、政治にも精通している。


 政治的に解決できないと判断したら剣を握って突撃するが、決して政に疎いわけではないのだ。



(……悪くない、悪くないぞ!! 私の直感がこいつを危険と訴えているが、厄介な敵は味方に引き入れれば強い!! 私の帝位争いにも優位に働くはず!!)



 アシュリーは決断した。


 エドワードを利用してどうにかカイゼリン王国を脱出しようと。


 しかし、アシュリーは知らなかった。


 エドワードが極度の方向音痴であり、色々と感覚が他人とズレていることを。


 アシュリーは知らなかったのだ。









――――――――――――――――――――――

あとがき



一方その頃。


とある精霊『はっ!!』


アインザック「どうしたのですか?」


とある精霊『いえ、ザックと私に焦点が当たっているような気がして』


アインザック「?」


何かを感じ取る精霊と首を傾げるアインザックであった。







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