第7話 裂傷

 そう……

 俺が『ユキハノメ』を引き継ぐ決意をした翌日。

 

 俺は、三時間ほどで優香子の書いた『黒の戯紅耶さくや姫』を読破した。

 ぐすぐずしている隙は無い。ここまで三十四話。


 陰陽師の娘の『黒の戯紅耶さくや姫』こと『結祇ゆぎの君』が、火冴ひご童子と共に、平安京の怪異を解決していく話だが、けっこう血生臭い内容だ。

 ジャンルがホラーだけあって、次々と人が死ぬ。

 優香子がこれを書いていたとは驚きだ。


 

 調べているうちに、別の小説サイト『ビオグラフィ』に投稿されている作品が『死筆舎』にも掲載されていることが判った。

 その作品は、先週の『死筆舎』ランキング87位。

 『死せる町・生者の呪い』という作品だが、読んでいる隙はない。


 まずは、優香子の作品にイラストを送っていた『トロにゃん』との接触が先だ。

 『死筆舎』の優香子のページのメッセージ欄を使えば良い筈だが……


 

『こんにちは、トロにゃん様。いつもイラストをありがとうございます』


 俺はメッセージを打ち込み、『送る』ボタンをクリックした。


 

 ――送れない。

 三度続けてクリックしたが、メッセージが送れない。

 まるでフリーズしたように画面が移動しない。


 クリック四度目で、別ウィンドウが開いた。


 『NGワードが含まれています』


 

「え?」

 ウィンドウに表示された文字列に、目を疑った。

 ありふれた普通の文章だぞ?

 

 優香子と『トロにゃん』も同じような遣り取りとをしてたじゃないか。

 どれがNGワードなんだ?


 俺は考え、別の文章を打ち込む。


『トロにゃんさま、絵を受けとりました。ありがとうです』



 ……これも駄目だ。

 なぜ送れない?

 


 五分ほど考え、気付く。

 スマホから、『モノ語る!』の優香子のページを見てみた。

 こちらには『お知らせノート』ページがあり、そこにも『死筆舎』と同じ二人の遣り取りが載っている。


「こっちから送れば良いのか!」


 俺は、『モノ語る!』からメッセージを送信した。

 


『こんにちは、トロにゃん様。いつもイラストをありがとうございます』 


 このメッセージは、『モノ語る!』と『死筆舎』の両方に表示された。

 PC画面とスマホ画面で確認し、フッと息を吐く。

 あとは、返事が来ることに期待しよう。


 二つのサイトは、リンクしているのだ。

 少なくとも、『死筆舎』に投稿した者はそうだ。

 

 つまり、表の小説サイトに投稿していたら、不運にも裏サイトの『死筆舎』の網にかかったという感じだろうか?


 

「つっ!!」

 

 ――左肩の下に激痛が走った。

 俺は右腕を背に回し、トレーナーの下に手を突っ込む。

 ヌルっとした生温かいものが手を包む。


 手を戻して眺めると――鮮血がベットリと付いていた。


「おい!」

 

 叫び、部屋を飛び出す。

 洗面所に飛び込み、背を鏡に映す。


 いや、トレーナーには何も付いていない。

 右手を見ると、やはり何も付いていない。


 幻か?

 ホラー映画には、似たようなシーンがある。

 血や幽霊が見え、しかし一瞬後には消えているというシーンだ。


 俺はトレーナーを脱いだ。

 トレーナーには異常はない。

 それを脱衣カゴに置き、俺は半袖Tシャツを脇までめくり、背を鏡に映す。

 首を捻って鏡を覗くと――


「ウソだろ!?」

 俺は叫んだ。


 ちょうど心臓のあたりに、切り裂かれたような横一線の痕が付いている。

 慌てて腕を背に回して触れてみる。


 痛みは無いが、傷痕の部分はへこんでいる。



「どうしたの、あきら

 気配を察したらしい母が現れた。

 脱衣カゴのトレーナーを不審そうに眺める。


「……いや、ちょっと背中がかゆかったから」

 俺はトレーナーを掴み、Tシャツを下に引っ張って洗面所を出た。


 母は、俺を追求しなかった。

 あの傷跡は、母には見えなかったのかも知れない。

 

 母を巻き込みたくないから、それはそれで良いのだが。


 

 部屋に戻り、また背を触ると傷跡があった。

 足も重い。

 覚悟はしていたし、いまさらわめく気はないが……


 俺は椅子に掛け、PC画面に表示された『死筆舎』からのメッセージを読む。

 新しいメッセージだ。



『本日から四日以内に、小説の投稿・更新をお願い致します。当サイトの規則です。それを守れなかった場合は、覚悟をしてください。二人目のユキハノメさん』



「だよな……」

 俺は机に肘を付き、額を押さえて呟いた。

 奴らは、執筆者の全てをお見通しなのだ。

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死筆者 mamalica @mamalica

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