第6話 序開
「ごちそうさまでした」
ご飯と肉じゃがと即席味噌汁の朝食を手早く済ませ、立ち上がる。
「
父は、傾けていた御飯茶碗を置く。
まだ、中に半分は残っている。
「……ちょっと忙しいから」
俺は、食器をキッチンのシンクに運ぶ。
母は、ひと足早い朝食を済ませ、パートに出た。
俺と父だけで、午後二時までの時間を潰すことになる。
父は風呂掃除をして、その後はゲーム三昧の予定らしい。
時間になったら母を迎えに行き、買い物をしてから帰宅すると言う。
「お前も来ないか?」
「……勉強があるから。休んだ分を取り戻さなきゃ」
そう答えると、父は何も言わなかった。
俺を気遣っているのだろう。
食器は洗って置くから勉強に集中しろよ、と作り笑いをする。
俺は無言で頷き、冷凍庫からネックリングを出して
窓のレースカーテンを閉め、ベッドの下からトートバッグを引き出す。
中には、優香子のノートパソコンが入っている。
優香子の母親に頼み、借りてきたのだ。
机に置き、起動させた。
昨夜のうちに、Wi-Fiは俺の家のルーターに繋ぎ直した。
パスワードは、そのままで良い。
メールもチェックする。
優香子は、俺にパスワードを遺した。
勝手ながら、このパソコンを見ることを許されたと思っている。
俺は『死筆舎』について知りたい。
『トロにゃん』と接触したい。
ひょっとしたら、こいつのメールもあるかも知れない。
淡い期待を抱き、ズラリ並ぶメールのタイトルを見る。
未開封のメールは、百通を超えていた。
ネットショップからのメールが多い。
アニメグッズを販売しているショップのようだ。
あとは『モノ語る!』からのお知らせメール。
俺は、自分のスマホで『モノ語る!』にアクセスした。
優香子のハンドルネームで検索すると、『黒の
『死筆舎』とリンクしているらしく、閲覧数は昨日より増えている。
こっちのユーザーも、優香子の小説を読んでるってことだ。
当然、『トロにゃん』のイラストも載っている。
こいつの最初のイラスト投稿が六月二十日。
優香子の最初の投稿日から半月後だ。
こちらのメッセージ欄には、イラストと共にメッセージも添えられている。
優香子も、それに返信している。
「小説のファンです。ファンアート、受け取って下さい!」
「ありがとうございます、トロにゃん様。感激です!」
……それは、美麗なカラーイラストだ。
黒い水干姿の
以降は、こいつは週に一回は投稿している。
だが、次第に絵が荒れてくる。
ペンで描いたような輪郭線が、鉛筆で書いたような荒い輪郭線になり、CG塗りのような色が、水彩絵の具でサッと塗ったように変化している。
メッセージ欄の文章のやり取りも無くなった。
俺の考えでは――優香子もトロにゃんも『モノ語る!』に投稿し、いつの間にか
『死筆舎』に掲載されてしまった、という所だろうか。
俺は、パソコンから『死筆舎』にアクセスする。
例の、投稿に関する注意書きのページを読む。
* * *
投稿した日より、四日以内に次の作品を投稿すること。
ジャンルはホラーのみ。
一投稿の文字数は、千二百文字以上。
一投稿に付き、誤字・脱字が許されるのは四か所まで。
ランキングは四日ごとに発表。
ランキング百位以内に入ることを推奨。
百位以下が四回続くと、強制退会。
一位が四回続くと、退会を許される。
ただし、代わりの執筆者を四日以内に招待すること。
複数が共同で執筆する場合も、同様の措置とする。
* * *
分かる。
今は、はっきり分かる。
俺は、両足を見降ろし――唇を噛む。
足が重い。
このサイトを見ると、泥の中に突っ込んだように足が重くなる。
表示された『注意書き』――『警告』を守れなかった時は、優香子と同じ運命を辿るのだろう。
だが、俺は知りたい。
優香子が、どんな気持ちで最期を迎えたか。
絶望なのか……
それとも……
「国語は、中程度の成績だけどな!」
俺は、優香子の執筆ページを開く。
優香子がメモ欄に書き遺した構想と、今までのストーリーから推測して書き継ぐしかない。
それに、『トロにゃん』を放っては置けない。
バカな正義感だと思う。
親不孝だと思う。
でも、構わない。
真相を知らぬままで終わりたくない。
俺は『ユキハノメ』を引き継ぐ。
覚悟はしたつもりだったが――すぐに想像以上の試練だと、恐怖だと気付かされることになる……。
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