第5話 絵師
2825人――。
俺は固唾を呑み、その数字を見つめた。
すなわち、この奇妙な小説サイトの投稿者数は、それだけってことだ。
多くはない。
それに『ランキング百位以内を推奨』との前書きがあった。
現在、何人が投稿しているんだろう?
優香子は、その中のひとりだった。
俺は優香子のハンドルネーム『ユキハノメ』を借りて、このサイトを見ている。
俺が、2826人目ってことか……。
溜息をつき、優香子の専用ページを眺める。
優香子が書いていた小説のタイトルは『黒の
タイトルページのあらすじを読んだ限りでは、平安時代を舞台にした怪異モノのようだ。
話数は、34話まで。
『連載中』と表示されている。
優香子が「投稿しようと思ってる」と言ったのは、五月の下旬だ。
第一話のページを……思い切ってクリックしてみる。
ここまで来た以上、引き返せない。
俺は、自分の意志で足を突っ込んだんだ。
優香子の遺したメッセージの意味を知るために。
小説の一話のサブタイトルは『陰陽師の娘・壱』と記されている。
投稿日は、六月五日だ。
帝と女官の間に生まれた男児は陰陽師の養子となり、その男児の娘が主人公だ。
成長した娘は黒の水干と灰色の袴に身を包み、平安京に巣食う魔物を退治する話らしい。
――優香子はどんな思いで、この文章を打ち込んだのだろう。
書くことが好きで、誰かに読んで欲しくて……
優香子の笑顔を思い出し、二話の『陰陽師の娘・弐』も読み進める。
一話も二話も、文字数は三千字近い。
このサイトの『一話の文字数は、千二百文字以上』の条件を満たしている。
そして下には、読者数を示す数字がある。
一話が、785人。
二話が、779人。
この数字が多いのか少ないのか分からない。
だが……誰が読んだんだ?
他の投稿者だろうか?
待て。
投稿者数は、俺が2826人目だ。
優香子以外の2624人の投稿者は……
俺は、足元を眺める。
先ほど、冷たい手に掴まれた。
……俺を含めた2825人のうち、何人が生きているんだ?
ランキングは『百位以内推奨』となっていた。
少なくとも、百人は生きているってことか?
優香子の執筆ページを見ると、【ランキング】の項目がある。
クリックすると、過去五回の順位が表示された。
1・1・12・87・21――
「何だって?」
俺は目をみはった。
五回目のランキングが発表されたのは、いつだろう?
ランキングは、『四日置きに発表』と書いてたよな?
単純計算で、優香子が自死したのは、12位を取ったあたりじゃないのか?
その後は投稿が絶えたからランキングが下がり……でも、また上がってる。
俺は、他の項目も見た。
【メモ】【メッセージ】の項目が並んでいる。
【メモ】は、下書き欄のようだ。
小説の設定や、構想が二ページに渡って記している。
登場キャラの特徴とか年齢、服装なども。
優香子が書いたのだろう。
自死に関わるヒントがないか読んでみたが、引っ掛かる部分は見つからない。
俺は【メモ】を閉じ、【メッセージ】を開いた。
その瞬間――息を呑んだ。
そこには、水彩画風の美少女の絵があった。
十二単って言うのか?
それを着た少女の上半身の絵だ。
イラストの下部には、『
その横には『作・トロにゃん』とも……。
「優香子じゃない!」
俺は叫び、立ち上がった。
優香子は、絵が得意じゃなかった。
この絵は、ラフスケッチにサッと色を付けた感じだが……上手い。
投稿された日付けは、昨日だ。
俺は、過去のメッセージページを見た。
『東宮さま』と書かれた、貴族風の青年の絵がある。
そちらは、三日前の公開だ。
俺は衝撃を受けた。
そして、箇条書きの『投稿条件』を思い起こす。
――投稿した日より、四日以内に次の作品を投稿すること。
――複数が共同で執筆する場合も、同様の措置とする。
「何てこった……」
俺は唇を噛み締めた。
この絵を描いた奴は、優香子の死後も投稿している。
その理由は、ただひとつだ。
投稿を止めたら……そいつも、おそらく死ぬ。
死を選ばされる。
優香子のように。
この『トロにゃん』て奴は、必死に絵を投稿しているのだ――。
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