第4話 入場

「何だって……?」

 俺は腰を浮かせた。

 

 死筆舎――。


 字面からして不穏すぎる。

 何かの冗談か?

 それとも闇サイトの一種か?


 マウスを握る手を止め、唾を呑み込んだ。

 

 だが優香子は間違いなく、このサイトを見ていたのだろう。

 そして、俺にパスワードを教えた。


 何故だ?

 俺に、この嫌なサイトに関われと言うのか?

 このサイトに入って、自分の死に関わる何かを突き止めろと言うのか?


 不審と疑念が背を揺らし、ひしひしと血管を押す。


 

 ――閉じろ、閉じてしまえ。

 ――電源を切れ。


 

 声なき声が、俺に警告をする。

 守護霊なる者がいるとすれば、そいつの声だろう。


 俺は電源ボタンに手を掛けた。

 押せば、画面は落ちる筈だ。

 

 それに、このサイトには入り口が無いじゃないか。

 ただ、『死筆舎』と云う文字が表示されてるだけ。

 画面もスクロールしないようだ。


 

「優香子……切るよ」


 俺はささやいた。

 その瞬間に、画面が切り替わった。

 

 『死筆舎』の文字は消え、ズラリと白文字の横書きの列が浮かび上がる。



 * * * 

 

 執筆する方々へ

 以下の条件をお守りください。


 投稿した日より、四日以内に次の作品を投稿すること。


 ジャンルはホラーのみ。


 一投稿の文字数は、千二百文字以上。


 一投稿に付き、誤字・脱字が許されるのは四か所まで。


 ランキングは四日ごとに発表。


 ランキング百位以内に入ることを推奨。


 百位以下が四回続くと、強制退会。


 一位が四回続くと、退会を許される。


 ただし、代わりの執筆者を四日以内に招待すること。


 複数が共同で執筆する場合も、同様の措置とする。



 * * * 



「……」

 俺は絶句した。

 単純な文章だが、有無を言わさない不気味さがある。


 ランキング百位って……どれぐらいの作品が投稿されているんだ?

 強制退会とは何だ?

 それに、代わりの執筆者を四日以内にって……


 優香子が亡くなって、四日はとっくに過ぎている。

 何がどうなってるんだ?



 ……俺は、画面をスクロールした。

 一番下に、入り口がある。


 『入場しますか』の文字列の下に『はい』とある。


 『はい』にカーソルを当てると、下線が現れた。

 クリックすると、優香子が見ていた世界に触れられる……


 だが、俺の指は止まる。

 優香子を好きだ。


 好きだけれど……


 

 

 

 




 俺は――ゆっくりと右クリックをした。

 ベッドの上に置いた、俺と優香子の写真を眺めながら。


 俺の体を、何かが貫いた。

 何かが、俺の足を掴んだ。

 

 俺は、幽霊など信じない。

 だが、何かが俺の幽体を掴んだと確信した。

 

 幽霊には足が無いと言うが、そいつは幽体の俺の足を掴んだのだ。

 

 今、俺の写真を撮ったら、足が映らないだろう。

 不思議と、そう確信した。


 不意に涙が溢れる。

 死神に囚われたら、人は泣くらしい……。


 

「優香子……」

 

 見ていてくれ、と語り掛ける。

 間違ったことをしたかも知れない。

 

 それでも確かめたかった。

 優香子に起きたことを。

 優香子が、遺言のパスワードを残した意味を。



 画面が切り替わり、画面右上にメッセージが表示された。


『ユキハノメさん。あなたは2825人目の投稿者です』

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