第3話 遺言

「四日……?」


 俺は、その奇妙なメッセージに首を傾げた。

 四日とは何だ?

 四日ごとに作品を投稿する決まりでもあるのか?

『投稿をめるのですか?』と云う言い回しも変だ。


 自分のスマホを出し、『モノ語る!』にログインしてみた。

 ザッと投稿に関するルールを読んだが、そんなことは書いていない。

 どういうことだろう?


 再び、パソコンのパスワード入力欄を見た。

 だが、このパスワードは知らない。

 最初のログイン画面でのパスワードは、半角英数八文字以上だった筈だが。


 さて、どうしたものか――


 俺は、思いつく限りの文字を打ち込む。

 優香子や俺の名をローマ字にして誕生日を入れたりしたが、そんな当てずっぽうで突破できるほど甘くは無い。


 

 それでも挑戦を続けたが――全身に汗が滲んできた。

 北海道も、今年の夏は異常に蒸し暑い。

 窓から吹き込んでいた風も、ぬるくなっている。

 チェストの上には小型扇風機があるが……。

 

 使わせて貰おうか迷っていると、ノック音がした。

あきらくん、飲み物を持って来たわ」


 優香子の母親に呼ばれ、俺はドアを開けた。

 トレイには、お茶とロールケーキが載っている。

 母親に扇風機を使って良いか訊ねると、快諾してくれた。

 そして、母親はトレイを置いて退室した。


 まだ、母親には余計なことは言わない方が良い。

 あれ以来、パートも休んで家から出られないと聞いている。

 心労に打ちひしがれている人に、追い打ちを掛けてはいけない。

 

 

 俺は机の端にトレイを置き、折り畳みテーブルを出して、ベッドとチェストの間に置く。

 扇風機をコンセントに繋ぎ、スイッチを入れると、心地良い風が流れる。

 シャツの襟元を上げて風を入れ、テーブルに移動して、氷入りの麦茶を頂く。

 ロールケーキにもフォークを入れた。

 

 麦茶の香りとバニラの甘さに一息つき、室内を見回す。

 白とベージュでコーディネイトされた家具やカーペットの中で、ポスターのカラフルな色彩が浮いている。


 

 二学期が始まる三日前、俺はこの部屋で優香子と過ごした。

 このローテーブルで宿題を片付けた。

 無論、母親の在宅中にだ。

 ちょっと寝不足だと優香子は言ったが、悩んでいる素振りは見せなかった。


 

 ……あの時、俺がもっと……

 ……もっと優しく出来たのに……



 俺の正面――優香子が座っていた場所は、今は空白だ。

 

 振り返り、優香子のお気に入りのポスターを漠然と眺めた。

 二人の男子が教科書とノートを持ち、じゃれ合っているような絵だ。

 その真ん中で、デフォルメされた五人の女生徒がダンスをしている。



「あれ……?」

 俺は、あの日との違いに気付いた。

 あの日、ポスターの右下に俺たちの写真は貼ってなかった筈だ。

 貼ってあったら、絶対に優香子に言っていた。

 こんなもの貼るなよ、と――。


 俺はテーブルの向かいに移動し、優香子の視線を共有する。

 その途端に――視えた気がした。

 優香子が死出の旅に付いた朝の情景が。


 優香子は家を出る前に、ここに座っていた。

 瞳を濡らし、正座している。

 ポスターを眺め、貼った写真を見つめ、スクールバッグを置いて家を出た。


 

 俺の背を、何かが押した。

 触れたことも無かった優香子のベッドに上がる。

 そこに膝立ちし――そっと写真を剥がした。

 

 ラバー製のテープで貼られた写真は、綺麗に剥がれた。

 その下のポスターの右端は、三角形に内側に折られている。

 写真を枕元に置き、折られた部分を捲り、顔を近づけて覗いた。

 ポスターの裏には、鉛筆でこう書かれていた。


 

『推しのイニシャルと体重』



「優香子!」


 悲痛な思いで叫ぶ。

 これは優香子の字だ。

 優香子は、俺にヒントを残した。

 パスワードはこれだ。

 

 ベッドから降り、『秀昭ヒデアキくんと英明エイメイくん』をスマホで検索する。

 パスワードは、この二人のイニシャルと体重を並べるに違いない。


 結果は直ぐに判明した。

 茶髪が『伊藤秀昭ヒデアキ』で57キロ、黒髪が『伊東英明エイメイ』で55キロだ。

 体重の端数は無い。

 

 こいつらのイニシャルと体重を並べるなら、パターンは限られる。

 単純に考えれば、名前・体重・名前・体重だろう。

 姓が先か、名が先か。

 それでも全バターンを入力して行けば、どれかは当たる。


 

 しかし、最初の入力で事はすんなり運んだ。

 『IH57IE55』。


 それをパスワード欄に入力すると、画面が一変した。

 黒一色に塗りつぶされ、中央に大きな赤文字が現れた。


 『死筆舎』――と。

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