第2話 接触

 優香子の母親から、『モノ語る!』のことを聞いて二日後の土曜日――。


 俺は優香子の家を訪れた。

 優香子の母親は涙ぐみつつ、俺を迎えてくれた。

 

 報道では、優香子は『自死』と見なされている。

 しかし成績や交友関係からは、自死を選んだ理由を見つけられない。

 優香子の両親も、俺も……だ。

 


 優香子の家の間取りは、俺の家と同じだ。

 3LDKで、玄関に入ると廊下の奥にリビングがあり、左側に三部屋が並ぶ。

 リビングから入れる和室には仏壇があり、そこに優香子の遺影と骨箱も安置されている。


 だが、俺は優香子の部屋に直行させて貰った。

 今は――小さくなった優香子を見たくない。

 優香子の母親もそれを咎めずに、優香子の部屋に入れてくれた。

 

 六畳ほどの部屋の窓は開いており、網戸から吹き込む風が、勉強机の上の一輪挿しの花を揺らしている。


 机の横にはベッド。

 反対側の壁にはチェストと、折り畳んだローテーブルが立て掛けられている。

 

 ベッドの枕元には、俺が取ったクレーンゲームの猫のぬいぐるみが居る。

 その横の壁には、優香子が好きだったアニメのポスターが貼ってある。


 俺は目元を拭い――アニメのポスターを眺めた。

 ポスターの右下端に、俺と優香子のツーショット写真が貼られていたからだ。

 俺は学ランで、優香子は自死した時と同じ制服姿だ。

 入学式の朝に撮ったものだ。


 山道で発見された時の優香子は、同じ写真を持っていた。

 小銭と共に、スカートのポケットに入っていたのだ。



「優香子……」

 

 名を呼び、俺は勉強机の椅子に座る。

 机には、ノートパソコンが置いてある。

 父親のお下がりで、警察に押収されていたものだ。


 俺は、優香子の自死の理由を突き止めたかった。

 優香子は黙って逝ってしまった。

 自死の理由が分かれば、少しは心が晴れるかも知れない。

 いつか、けじめが付けられるかも知れない……。


 ――思い当たる節は無いが、『モノ語る!』の一件だけが引っ掛かる。

 警察にも学校にも、優香子の両親にも、優香子が小説の投稿を試みていたことは喋っていない。

 優香子が『モノ語る!』にアクセスしていた事も、母親の話で初めて知った。

 優香子は、投稿先を俺に言わなかったから。


 

 しかし『モノ語る!』の件を知り、俺はスマホでアクセスした。

 ユーザー登録もして、読んだ作品は履歴欄で分かると知った。

 履歴は消せないし、消そうと思えばユーザー登録を削除するしか無い。


 投稿者はハンドルネームを使っているし、投稿作品は膨大だ。

 優香子が投稿していたかも知れない作品を見つけるのは、不可能に等しい。


 そこで俺は、優香子が使っていたノートパソコンを見せて貰うことにした。

 さすがに、スマホを見せて欲しいと要求するのは厚かましい。

 優香子の両親に頼むと、言葉少なに了承してくれた。

 

 

 俺はノートパソコンの蓋を上げ、起動する。

 壁紙は、やはり優香子の好きなアニメキャラだ。

 『秀昭ヒデアキくんと英明エイメイくん』と云う、男子高校生二人が主役の作品だ。



「……これか」

 お気に入り登録されている『モノ語る!』のページを見つけ、アクセスする。

 ログインに必要なアドレスとパスワードは記憶されており、入力の必要は無い。

 

 すぐに美麗なイラストと『モノ語る!』の五色の文字が映った。

 スクロールすると、投稿ジャンル別の作品リストが表示される。

 警察によると、優香子はこのトップページしか見ていないらしい。


 

 もう一度上にスクロールすると、画面右上には『いらっしゃい、ユキハノメさん』の表示に気付いた。

 これが優香子のハンドルネームだ。

 俺はその名を頭に刻み、履歴欄をクリックした……



 ……フリーズしたらしい。

 クリックしても何の反応も無い。

 トップページから移動できない。


 左下のスタートアイコンを左クリックしても無反応だ。

 パソコンの電源ボタンは、右上にある。

 このまま待つか、電源ボタンを押して強制シャットダウンするかだ。


 

 すると――画面中央には細長いウィンドウが現れた。


『ユキハノメさん、ログインしてください』


 そう表示された下には、アドレス入力欄とパスワード入力欄があった。

 パスワード欄は空白で、入力を急かすように点滅する。

 投稿者用のログイン画面だろうか。

 最初とは別のパスワードが必要なのか?


 なおもパスワード欄を眺めていると――表示メッセージが変わった。


『ユキハノメさん。前回の投稿から四日を過ぎています。投稿をめるのですか?』

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