異世界勇者♀と妖精姫♂のわからせ婚

染井Ichica

異世界勇者♀と妖精姫♂のわからせ婚

「あのっ、私、実はこんな見た目ですが女です! すいません!」


 第一王女ヒメル・ローズソーンは目の前の絶世の美男子、ユウ・シャーデスの告白に言葉を失った。

 つい先日魔王を討ち滅ぼした勇者ユウ。異世界より来た彼の人はどこまでも強く、そして美しかった。並大抵の貴公子など鼻で笑ってしまえそうなほどにすらりと伸びた長い手足。全身返り血を浴びていても涼し気な切れ長の瞳。穏やかで人当たりのいい物腰。異世界から召喚された勇者の凱旋を見た令嬢達はこぞって秋波を寄せていたが、勇者は困ったように笑うだけだった。その様子を見て特定の相手はいないと判断され、囲い込みのためにヒメルが勇者に王命で嫁がされることになったのだが、政略結婚ということもあり、ちゃんと二人きりで話し合いをするのは式前夜の今が初めてだった。

 それなのに今目の前にいる勇者といえば。


「何度言ってもこの見た目だから信じてもらえなくてっ、挙句の果てには貴女のような尊き方の伴侶に選ばれてしまって……!」


 かくなる上は自害しかないですかねふへへ、と抜きはなった聖剣を本気の目で見ている勇者は明らかに錯乱していた。その証拠に優しげな翡翠の瞳がぐるぐるとしている。だが、流石に聖剣で切腹は不味いと気付いたのか、代わりに子供のように泣きじゃくり始めた。


「うわぁぁぁん! もう嫌だよぉ! なんで流されてこんな可愛いお姫様の旦那様になってるのさ私! 絶対不幸にさせちゃう! 死にたい!」

「あの、ユウ様、よろしいでしょうか」


 このままだと収拾がつかなくなる。実際今までに見たことがない醜態を晒しまくっている勇者にヒメルは意を決して声をかけた。


「貴方様は女性なのですよね?」

「えっぐ、えっぐ……そうです、生きててごめんなさい」

「なら無問題です。私、ヒメルは生物学的には男なので。こんな見た目ですが」

「……えっ?」


 堂々と告白しつつもヒメルは頭が痛かった。目の前の精神ぐらぐら不安定泣きべそ勇者に特大のロイヤルスキャンダルを説明せねばならないのか、という心労で。


◆ ◆ ◆


 ヒメル・ローズソーンは戸籍上は女性だがれっきとした男性である。だが、王女として振舞っているのはちゃんと理由がある。

 まず一つ目に王位継承権を巡る争いから身を守るため。ヒメルの母は後ろ盾が少ない側室であり、立場が弱い。それなのに王妃が産んだ第一王子とヒメルは同い年であった。そして残念ながら第一王子はあまり優秀ではなかった。悪くはないがあくまで凡人だった。とはいえ跡目争いをしたい者はこの中には誰一人おらず、隠し通すには無理があるほどに卓越した魔法の才能を持つヒメルをいかに守るか、という論争になり、基本的に外の家に嫁ぐ姫なら継承権が落ちるから少しはマシになるのでは、ということで王女として公開された。

 そして二つ目にして最大の理由。


「私も、どんなに男だと打ち明けても信じて貰えなかったんですよね……」


 妖精である母譲りの薄荷色の髪と瞳はどこまでも愛らしく。種族的な問題でどんなに鍛えても、どんなに歳をとっても浮世離れした嫋やかな美少女にしか見えず。ともすれば純粋な妖精の側室よりずっと可憐なお姫様であるヒメルだったが、ある時点から真実を公言するのを諦めた。相手を選んで真実を告げても信頼した相手から嘘つき呼ばわりされ続ければ流石に堪えるのである。おかげで側近らしい側近もいない。健全な思春期男子であるため見目麗しい令嬢を傍に置くのも難しく、同性からもやたらと思慕の目を向けられれば軽い人間不信の出来上がりというわけである。

 過去を思い出して遠い目になったヒメルに我に返ったユウは改めてヒメルを見る。そして清楚なドレスに身を包んだ彼を見て、赤くなった目元のまま、うんうん、と頷く。この光景を見ている者がいたら美青年のフェロモンダダ漏れ顔にしか見えないと言っただろう。


「……やっぱり美少女にしか見えませんね。ですが! 同じく見た目で誤解される者として信じます」


 その宣言にヒメルの頬が歓喜に赤らむ。明らかに恋する乙女にしか見えない顔にユウは一瞬意識が飛びかけ頬が引き攣ったが、すぐにいつもの涼し気な微笑みを浮かべる。勇者たるもの心頭滅却には慣れているのである。おーけー、おーけー、今目の前にいるのはゴブリン。げへげへ笑っているゴブリンだ。間違っても美少女ではない。


「ありがとうございます! あの、これから、よろしくお願いします、ね?」


 どこか甘えるような澄んだ声とこくんと首を傾げた上目遣い。一瞬で冷やしたはずのユウの脳は沸騰した。具体的に言うと、いい顔でサムズアップしたまま鼻血を噴き出した。


◆ ◆ ◆


 結婚式当日。


「……ごめんなさい。ドレスを着せてあげられなくて」


 真っ白な婚礼衣装に身を包んだヒメルが目を伏せるがユウは全く気にしていなかった。


「いえ! この服装自体は趣味なのでお気になさらず! それに私に合うサイズのドレスって中々ないですし!」


 それこそ、むくつけき野郎向けのものとかでしか見たことないです、と朗らかに言うユウの鼻には脱脂綿が詰められている。すぐ鼻血を出すからである。相手にこの勇者大丈夫か、等と思われていることなど知りもしないユウはニチャニチャと笑っている。


「ヒメル様の手を引くの楽しみです。旦那様……あっ、いいかも」

「ユウ様」


 まだここには身内以外の使用人がいるのだ。結婚式なのでいつもより人手が必要なため外部から臨時の助っ人も多く混ざっている。さりげなくヒメルが圧をかけるが、周りの人は照れ隠しだと思ったらしい。


「姫様、そんなに眉間に皺を寄せると化粧が取れてしまいますよ。素敵な旦那様と迎える晴れの日なのですから笑顔ですよ」

「そうですよ! いつもと違って鎧を着ていないユウ様っ……! 素敵ですわ!」


 鼻に脱脂綿を入れられてるとはいえ、ユウは見目がいい。それこそ、イケメンだけに許された真っ白な礼服を嫌味なくさらりと着こなしているほどに。


「……お待ちなさい。ユウ様、その」

「鍛え上げられた胸筋としか思われないんですよね。あっ、泣けそう」


 真っ平らではなく、それなりにメリハリのあるスタイルなのに、見えている部分の筋肉がそれなりにあるせいか、礼服を着ていると胸筋が特に発達した伊達男にしか見えないのである。ヒメルが言いたかったことを悟ったのだろう、虚ろな目でユウが答える。


「……確かに騎士団長とかの胸もムキムキのミチミチですね」

「姫様、淑女たるもの、殿方の胸部をマジマジと見るなんて、はしたないですわっ」


 ついでにヒメルの目も濁った。


◆ ◆ ◆


 色々なしがらみから男女が逆転した結婚式を終えたユウとヒメルは各自初夜の準備をすることになった。


「待って、私、どうすればいいの!?」


 助けて兄さん、と心の中でユウは叫ぶ。同じく異世界賢者である兄ケーン・シャーデスは答えなかった。純粋にこの場にいないからである。ちなみに先程は男性用の礼服を纏いヒメルをエスコートするユウを大爆笑しながら彼は見ていたので次会ったら腕を折ってやる、とユウは決意している。思えばこの縁談を勝手に決めてきたのもケーンだった。自分が嫁取りをすればいいのに、と言えば、遠い目でチャラ男はお呼びでないと断られたと返されたのは記憶に新しい。見た目はそんなに大差がないのに、元遊び人のせいか軟派な雰囲気が拭いきれない残念イケメンである。とはいえどうせ女だと知れば相手から辞退されるだろうとタカをくくった結果がこれだから、案外自分も似たもの同士なのかもしれない。


「ーーユウ様、よろしいでしょうか?」

「ひっ、ど、どうぞ!?」


 控えめなノック音。どうやらもだもだしているユウを待ちくたびれたヒメルが自ら部屋に来たらしい。心臓をバクバクさせていたユウだったが、中に入ってきたヒメルを見て、少しばかり落ち着きを取り戻す。


「……初夜ですね」

「……彼シャツにしか見えませんね」


 流石に扇情的なランジェリーを着るのは嫌だったらしいヒメルはシンプルなオーバーサイズの白シャツを着ていた。素直な感想を告げるとヒメルが顔を顰める。


「なんて色気のないお嫁さんでしょう」

「待って、罪悪感が。いや、自分が犯罪者になった気分です」


 こんな夜更けに彼シャツ美少女と二人きり。生物学的には男だが。とはいえ政略結婚で、きちんと会ったのも昨日が初めてなのだ。義務とはいえ、男女のあれそれをするには気が引ける。と、ヒメルがずいっ、と近付いてくる。


「あっ、石鹸のいい匂い……じゃなくて、ヒメル様?」

「犯罪者、とは面白いことを言いますね。私達は夫婦になったのですよ?」


 そのままなんとなしに寝台の上に誘導されていくのが分かる。逃げ道が無くなったのを悟ったユウは思考を放棄した。


「……宴会のご飯、おいしかったですね」

「あまり食べられませんでしたけどね。忙しくて」


 何しろ第一王女の降嫁、それも相手は有名な勇者だ。来賓の数が異様に多かった。多分元の世界なら絶対こんなに人が集まらないだろうというぐらいに。途中で面倒になったユウは来客対応を実兄のケーンに丸投げしたため、覚えてろよお前、と相手からも思われているなどつゆも知らない。


「個人的には鶏肉のなんか甘々なのに辛いやつが一番美味しかったです!」

「……ふふ、可愛らしいですね、ユウは」


 でも、その話は後にしましょう、とヒメルに押し倒される。ペロリと舌なめずりをするヒメルの顔はどう見ても美少女なのに確かにどこかぎらついていて。


「夫婦らしいこと、しましょうね」


◆ ◆ ◆


 一晩かけてじっくりねっとりとわからせられた。

 翌朝、新しく与えられた領地に向かうための馬車の中でユウは撃沈していた。


「うぅ……お嫁にいけません……」

「もう貴女は私のお婿様ですが?」


 何を言っているのですか、と白い目で見てくるヒメルは動きやすい楚々としたドレス姿だ。間違っても昨夜の肉食獣はそこにいない。


「そうでした……」

「ぷくく。勇者様が形無しだな」


 そしてそんなユウを笑っているのは御者台に座っている実兄ケーン・シャーデス。警備的な問題で自分が行くわ、と立候補したらしい。実際は美味しくいただかれた煽るためらしいが。


「うるさいっ! このチャラ男賢者が!」

「顔の構成成分は殆ど一緒なのにな……いや、何で本当に妹の方がモテてるんだろうな……」


 頭を振るとお揃いの金髪がさらりと揺れる。その顔に貼りついた軽薄さのせいじゃないか、と部外者のヒメルは思ったが、これからお世話になる相手なので口を噤んだ。

 これから三人が住むことになるのは魔王封印の楔のひとつがある街だ。まだ警戒が必要ということでシャーデス兄妹とヒメルが治める、もとい肉壁になることになったのだ。


「それにしてもユウはお義兄様と一緒だと普通の人なのですね。宮廷での作法はしっかりしていたので……」

「こいつ、これでも聖騎士目指してたんで。元の世界だと男女どちらでも騎士になれたので。女の聖騎士はモテました。もっとも、こいつが聖騎士になったとしても嫁ぎ先見つけられる気はしないけど」


 軽率に叫んだせいで復活した腰痛に悶えているユウの代わりにケーンが答える。


「おかげで理想の貴公子様にされてちゃ身も蓋もない」

「おぼえてろ、くそあにき……」


 怨嗟の声も覇気がなかった。ヒメルはふむ、と何かを考え込み、そして荷物から宝石のついた杖を取り出す。


「【癒しの光】……ユウ、これで痛くありませんか?」


 ほんわかした光がユウを包む。見る見るうちに鈍痛が無くなっていくのが分かったユウの目がキラキラ輝くのがわかった。どこか少年のような無邪気な顔にヒメルは目を細めながら杖をしまう。


「ヒメル様、それって……!」

「癒しの魔法ですね。今日だけはあんまり使いたくなかったのですが」


 ヒメルがふぅ、と溜息をつく。今日だけは、と限定したのはどういうことだろうか、とユウが首を傾げていると、ヒメルがユウの頭を撫でながらぼそっと呟く。


「元気になった可愛いお嫁さんを前に自制できるほど人間ができていないので。思春期を舐めないでください」

「……ひえっ」


 今夜も寝かせませんよ、と微かに聞こえた低い声は昨夜を思い起こさせるには十分で。ガタガタ震えるユウを横目で見ながらケーンは今夜は防音の結界が必要だな、などと考えていた。

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