アンドロメダに思いを馳せて【実験作3】

カイ艦長

アンドロメダに思いを馳せて

 東京都三鷹市にある国立天文台に都立高校の天体観測部が訪れたのは、秋も半ばを過ぎてからだった。


 都心部では環境光の影響で星は数えるほどしか見えないが、国立天文台の望遠鏡なら、二百三十万光年離れたアンドロメダ大星雲ことアンドロメダ銀河も観測できる。

 私たちの暮らす天の川銀河の隣に位置するが、事実上物質最速の光ですら二百三十万年かけてようやくたどり着けるほど遠いのだ。


「遠い星々をお茶の間にライブ配信している高校生の皆さん。本日はよくお越しくださいました」


 国立天文台長の森理学博士が五名の天体観測部員を快く迎え入れてくれた。

 いつもは研究者や大学との共同研究のために運用されている。だが、先代の天体観測部部長の吉田先輩が熱烈なアプローチを繰り返して、いささか短い時間ではあるが望遠鏡の使用許可を得られた。


 天体観測部顧問の武田先生が運転してきたワゴン車から、ゲーミングノートPC二台と望遠鏡アタッチメントを装備した動画のライブ配信に用いるミラーレスカメラ三台、レンタルしてきたポケットWi−Fiルーター三台を下ろして望遠鏡設備まで持ち込んだ。


「へえ、さすが名だたる天文動画配信チームですね。設備が堂に入っています」


 武田先生が森台長の言葉を受ける。

「ノートPCやカメラは部費で買っているのですが、そのために部費がかなり高くなってしまいます。そこで活動費を得るためにも、天体の動画配信をしている、というわけなんです」


 森台長は大きく頷いた。

「そのおかげで、パソコンやスマートフォンから天体に興味を持ってくれる人が増えるのであれば、天文学の発展にも寄与するでしょうね。ファンの裾野が広がれば、日本政府も宇宙開発に予算を割けるというものです」


「先代の吉田部長の熱意で実現した企画です。あとで合流することになっていますが、できれば手を煩わせず、ここにいる者だけで配信を成功させましょう」

 部長の谷村が部員を代表して応じると、さっそく部員に配信設備の構築を指示した。

 自らもミラーレスカメラをライブ配信モードに変更して、ノートPCへ5mの有線ケーブルで接続する。


「やはり手慣れていますね。私たちも見習わなければなりませんね。ここまでの手際の良さは大学生でもお目にかかれませんよ」


 谷村はその言葉を耳にしつつ、ポケットWi−Fiルーターを起動してノートPCをインターネットへ接続する。配信の準備が整うと、カメラを天文台の望遠鏡の光学スコープに接続した。


「前任の吉田部長が私たちに仕込んでくれたんです。天体観測は時間との勝負だから、配信していないときも、毎日セットアップの練習を積むように、と」


「その吉田さんがこれから到着されるのですか」

 武田先生は同意する。

「はい、今回の使用交渉も彼女が担当しました。今は大学に籍を置いているので、そちらの用事が済み次第、こちらへ来る予定になっています」


 谷村は部員の堀内と山田に配信準備が万全かを確認した。

「武田先生、機器の準備が完了しました。さっそくアンドロメダ銀河へ望遠鏡を動かしていただけませんか」


「というわけです。森さん、お願いしてもよろしいでしょうか」

「それではコンピュータにデータを入力しますので、いったん全員退室してください」


 全員が望遠鏡室から出ると、森台長は所員の林さんに指示して操作パネルを操らせる。

「天文台の望遠鏡は天体の自動追尾機能が付いているので、一度捉えれば地平線に沈むまで逃しませんよ。ご希望はアンドロメダ銀河でしたね」


「はい、都心部では夜が明るすぎて手持ちの望遠鏡では観測が難しくて。それでこちらをお借りしようということになりました」

 谷村は森台長に答えた。


「ここのコンピュータには主要な天体の座標がセットされています。この画面を見てください。ここにアンドロメダ銀河の項目がありますよね。これを選択して確定するだけで」

 望遠鏡のモーター音が響いたと思ったら、望遠鏡が自動で動き出した。そして動きが止まるとモニターに渦巻きレンズ状の天体が映し出される。


「これがアンドロメダ銀河ですか」

 部員たちもその形に感嘆を禁じえなかった。


「倍率はここまででしょうか」

 谷村は森台長に問いかける。

「ええ、これが目いっぱいですね。ですが望遠鏡のスコープから見ればもう少し鮮明ですよ」


「そこにカメラを接続して、デジタルズームを効かせればもっと大きく映せるはずです」

 谷村の言葉に林さんが驚いたようだった。

「君たちはそんなこともできるのかい。それは私も楽しみだね。うちの望遠鏡へさらにズームを効かせようなんて発想もしなかったよ」


「これも先代の吉田部長の知識なんです。光学望遠鏡であれば、デジタルカメラでズームを効かせれば、安い望遠鏡の性能を向上できるらしいんです」


「光学スコープだからこそ可能になるわけか。おそらく輪郭は若干甘くなりそうだけど、より大きく見たいっていう人の注目は集められるか」

 谷村が言いたかったことを武田先生が代弁してくれる。


「それでは望遠鏡室に入ってもよろしいでしょうか。機器の最終チェックもしたいところですし」

「そうですね。時間はたっぷりあるとはいえ、配信時間が長いほうがより多くの人に楽しんでもらえるでしょうし。林くん、吉田さんが見えたら案内してください」


 森台長が指示を出して望遠鏡室へと入った頃には、すでに機材の取り付けは終了していて、配信の最終チェックが行なわれていた。

「画面を見せてもらっていいかな」


 その言葉に谷村はノートPCを森台長に向けた。

「へえ、確かに大きく見えるね」

「これ、まだ光学ズームなんです。24倍デジタルズームを使用するとこうなります」

 そう言うと谷村はノートPCのトラックパッドを操作してデジタルカメラのモードを変更する。


「これはすごい。ここの設備でアンドロメダ銀河をここまで大きく見たことはなかったな。これを応用すれば、国からの予算が足りなくても、幾分かは望遠鏡の性能をアップできるね」


「ではテスト配信を始めます。うまくいったらそのまま本配信に移行します。堀内くん、山田くん、加藤さんと大久保さん、準備ができ次第始めるわよ」


 もうじき吉田先輩が到着するだろう。

 そのとき、このアンドロメダ銀河を見てどんな表情を浮かべるのだろうか。

 破顔するところを見られたらそれに越したことはないのだけど。


 望遠鏡は今もわずかに動きながら、アンドロメダ銀河を捉え続けている。





 ─了─




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