娘を殺した優しい母親の話
「そうね。引っ込み思案でピアノと歌が上手いの。コンクールにだって出たのよ。いつも笑ってるような、天使のような子よ!」
アメリアの言葉がずっと頭から離れない。
死人のことを語る時、大抵は過去形になるものだ。「ピアノと歌が上手かった」や「天使のような子だった」のように。
アメリアの娘は確実に生きていて、アメリアはそれを知っている、それを裏付ける確固たる証拠だった。
アメリアが必死に娘を殺したと主張するのも、自分を必死に有罪にしようとするのも、娘をウィルという存在から守るためで、自分をウィルの最後の被害者にしたいからだ。
アメリアは娘を殺さずどこに隠したということか。
おそらく、アメリアはウィルが殺人を行なっていると知った時点で、娘のことを守るために必死で考えて誰かに預けたはずだ。
アメリアの疑り深い性格からして、友達に預けることはないだろう。
その友達をも危険に晒す可能性があるし、なにより自分と少しでも繋がる場所は避けたはずだ。
もし娘を見つけることができたら、アメリアは必ず無罪にできる。
それくらい「アメリアの娘が生きているという事実」は大きいものだ。
娘さえ見つけることができたなら。
ーーー
私は、どうしたら娘を見つけることができるのかを必死に考えていた。
アメリアは数十年間もずっと娘が生きていることを隠しきれていたくらいだし、娘へと繋がる動線は徹底的に隠しているだろう。
となると、現在のアメリアから娘を見つけ出すことは不可能に等しい。
であれば過去から遡るとしよう。
友達や親戚は避けたとなると、孤児院に渡したか、教会に置き去りにしたか、里親募集に引き渡したか。
アメリアの家の周辺の孤児院と教会の資料を調べる。
アメリアの娘は事件当時5歳だったので、4歳〜7歳の容姿の女の子を条件に追加する。
期間は、数十年前の事件があった日にち周辺に設定して検索するが、該当なし。
里親募集の施設も同じく該当なし。
もし、もし私がアメリアだったら…
徹底的に隠すはずだ。娘を。
しかし、ある程度裕福である家庭に引き取ってもらいたい。金銭面は大事だ。
里親募集はお金に余裕のある人しか引き取りに来ないはずだ。数十年前の里親募集のリストを探す。
色々な可能性を見出して検索してみたが、当たらず。
だめだ。時間がない。時間さえあれば。
そして、ウィルの死刑執行の鐘が鳴った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
小さい刑務所なので死刑台は2つもないため、順番に行う。
ウィルの死刑執行の鐘が鳴る。つまりアメリアの死刑執行も近づいているわけで。
電気椅子に座るウィル。死刑執行人が、ウィルに聞く。
「最後に言い残すことはあるか?」
「ない。ああ、いい人生だった。全てはアメリアと共に。ははは!」
悪魔の体に電気が流れた瞬間、吐きそうだった。
人生で一番、不愉快な瞬間であった。
私はこの時のことを、一生忘れないだろう。
不快な感情で胃が握りつぶされそうな、あの感覚を。
あいつの思い通りにはさせたくない。
アメリアの元に走って向かう。
「アメリア、危険は亡くなった。もう大丈夫、ウィルは死んだ。この目で見たのよ。娘は安全に過ごすことができる。娘はどこなの?」
はっと短く息を吸い、目を瞑るアメリア。
「ありがとう。でも私の娘はもういません。殺しました。」
「っ…どうして隠すの?真実は違うのに。あなたは無罪、でしょ?」
「仮にそうだとしても、あなた一人が知ってくれているだけで、私は恵まれているわ」
「違う。間違ってる!真実は、明かされるべきよ。」
ウィルへの不快感を晴らせなかったこのやるせなさでムキになって話す私に、穏やかな笑顔で応えるアメリア。
私は真実を探すためにこの仕事をしているの。
なぜ危険はさったのに罪を被ろうとするの?
私はまた走ってアメリアの牢獄を後にした。
時間がない。早く娘を見つけてやる。
考えろ。
アメリアは徹底的に娘を隠すはず。
どこか遠いところに。
姿なんか見えなくったって、安全で幸せならそれだけでいい。
そうだ。遠いところだ。
しかし、遠すぎる場所は現実的に厳しい。
どのような場所かある程度知っていて、適度に遠い見つからない場所…
アメリアの家付近ではなく、隣接した州を調べる。
できるだけ、幸せになるよう努力したはずだ。
裕福で、闇が見えない家族に。
そうなるとやはり里親募集だ。
もう一度丁寧に丁寧に要素を足していく。
容姿、年齢、地域…ダメだ。多すぎる。絞り込めない。
「そうね。引っ込み思案でピアノと歌が上手いの。コンクールにだって出たのよ。いつも笑ってるような、天使のような子よ!」
またアメリアの言葉が頭によぎる。
感情的になって言ったあの言葉は、多分嘘偽りない本物で。
ピアノ教室や歌教室、コンクールにも出ているはず。
たくさんの検索結果から、習い事やコンクールに出場した経験がある人に絞る。
あった。
見つけた。
名前はアンジー。エンジェルが由来であろう。年齢は15歳、女の子。アメリアとウィルが捕まった日から一週間後に引っ越していることになっている。
この子だ。この子がアメリアの娘に違いない。
私の勝ちだウィル。アメリアは自由だ。
アンジーの写真を持ってアメリアの元へ急ぐ。
アメリアは死刑台へと移動している途中だった。
間一髪だった。
アメリアは紙切れを一枚持って走ってきた私を見て、目を見開く。
アメリアにアンジーの写真を見せようとする時、アメリアは「やめて」と大きな声で叫んだ。
今までのアメリアの言葉で、一番悲しそうに聞こえた。
「あなたが持ってきたその紙切れが何かは、なんとなくわかるわ。」
「じゃあなんで拒もうとするの?なんで真実を恐れているの?」
「私の真実は自分の手でアンジーを殺した事。それ以外ないの」
「何を恐れているのアメリア。こっちを見て!」
写真を見たい自分を必死に押さえているのか、目を逸らし続けるアメリア。
随分の静寂が流れた。
処刑室までの道をしっかり見つめながら、涙でボロボロの顔でアメリアは話し始めた。
「…もし、仮に私の娘が生きていたとしても…シリアルキラーの娘だって…そんな目で見られるの。」
「もしかしたら、自分に殺人鬼の血が流れていることに悩んで、苦しむかもしれない。」
「そんな肩書を背負って…今ある幸せを逃してほしくないの…」
「娘には幸せになってほしい。たとえその幸せのそばに…私がいなくとも。」
「その写真の人は…知りません。私の娘は、私が殺しました。」
「アメリア…あなた…」
「あなたには感謝してる。本当にありがとう。最後にあなたの顔が見れて、私はそれだけで幸せ者だわ。」
アンジーのことをアメリアが否定するのであれば、もう、それまでだった。
写真を見るとアンジーに会いたくなってしまい、肯定してしまいそうになるからか、アメリアは頑なに写真の方に目をやらなかった。
自分の手で作った真実を信じて疑わないアメリア。
私の今の気持ちを表す単語はこの世に存在しない気がする。脳内が複雑に絡み合っていた。
「…っ最後に…なにか、してほしいことがあれば。」
人に同情する気持ち、切ない気持ち、やるせない気持ち、いろんな感情で久しぶりに涙が出て、
その涙のせいで私は上手く喋ることができなかった。
「優しい人ね。そうね。見守っててくれないかしら、私の命が消える瞬間を。」
ーーーーーーーーー
椅子にゆっくりと座るアメリア。
彼女の目は出会った時の目とは違う、希望に満ちた目だった。
私は窓越しにそっとアンジーの写真を見せた。
アメリアは目隠しをされるまでずっとアンジーの写真を見つめていた。
彼女の顔は我が子を見守る優しい母親の目だった。
命をかけてアンジーの人生を守った母親の長い戦いを、アンジーは知らずに生きていく。
このことは果たして正しい行いなのだろうか。
アンジーはアメリアと過ごした日々をもう忘れているのかもしれない。
アメリアを覚えている人は私以外いないのかもしれない。
それでもこの結末が正しいものだと信じることができる、アメリアはそんな目をしていた。
娘を殺した優しい母親の話であった。
真実よりも大事な罪 夜に書くアルファベット @yokiyomi81
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