第5話


 俺は無意識に「異世界理解」のスキルを使う。もはや何千、いや万回行ったかわからない。これが新しい世界での俺の産声にあたるのかもしれない。


 いつもの通りまた1時間ほどの説明を覚悟したが


「この世界の名前は————。女神シヱテンのスタジオ」


 は?

 名前が表示されない?それになんだこれは?あのくそ女神の?スタジオ?

 俺があまりの事態に混乱していると、忘れたくとも忘れられないあいつの声が聞こえてきた。


「界動さん!お久しぶりです!」


 全ての元凶、くそ女神シヱテンがなぜだか知らないがとてもご機嫌な様子でやってきた。

 俺はノーモーションで殴り掛かる。俺も数えきれない世界で戦ってきたので、スキルがリセットされたとしても体は戦い方を覚えている。


 しかし


「ひどいじゃないですか、界動さん。出会い頭に殴ろうとするなんて。」


 俺の拳はシヱテンにあたる直前で止まっていた。いや、自分自身の力で止めていた。


「界動さんは人間なんですから、上位存在である神を殴れるわけないじゃないですか。殴ろうとしても無意識に自分で止めますし、仮に当たったとしても神罰で魂ごと消し飛びますよ?」


 その時の俺はどんな表情をしたかはわからない。だがシヱテンの綺麗な顔を見て、湧き上がったのは殺意を超えた何かであった。


 俺も今までただ異世界を渡ってきたわけではない。俺をこんな異世界に叩き込んだ女神にあったら仕返しをするために様々な手を考えてきた。しかし、そもそも攻撃をした時点で魂が吹き飛ぶんじゃどうしようもない。俺は歯を食いしばってあふれ出る思いを何とか押し留める。まだだ!まだ何か手があるかもしれない!


「もう、本当に失礼なヒトですね!でもでも、界動さんの今までの功績で許してあげます!」


 俺の功績?俺がやったことといえば異世界を渡ったことだけだ。それが何かあいつの利益になったってことか?そもそも何で俺は異世界を放浪させられたんだ?


「お!界動さん不思議そうですね!ではもまっていますし、そろそろネタバレしちゃいましょう!」


 なんだ?ネタバレ?いやその前にとかどういう–––––


「お?気づきましたか?そうです!界動さんは、神チューブチャンネルの、私のチャンネルの人気シリーズ、『世界を巡れ!視聴者参加型、異世界ツアー』の主人公です!界動さんはこのジャンルにしては珍しく、人間下等存在なのに視聴者にもファンが多いんですよ!」


 俺はもはや薄れかけた記憶の、放浪する前の地球でのとある動画サイトを思い出していた。


「異世界転生・転移ジャンルは人気だったので私も単発で上げたのですけどなかなか人気が出なかったんですが、視聴者が作った世界にお邪魔してその様子を楽しむことにしてからかなり人気が出たんですよ!視聴者も自分の世界を紹介できるし、私もいちいち新しい世界を準備しなくていいしでほんとにいいアイデアでした。」


 俺はあまりの事態に茫然とした。つまりは俺の数万回に及ぶ70年間はただの暇つぶしとして消費されていたということだからだ。あの出会いは。あの恋は。あの苦悩は。ただの娯楽であったのだ。


「界動さんは本当にいい主人公でした!名前で適当に選んだだけですけど、運がよかったと思いますね!」


 名前?


「はい!界動 賢司(カイ ンジ)さん?あなたは私たちをよく楽しませてくれました!まさに名は体を表すでしたね!」


 道化どうけ… そうか。たったそれだけの理由で俺はこんな目に…


 シヱテンが語る言葉一つ一つが俺の心を叩き壊しに来る。いっそ狂えたら気が楽なのに、こんな世界でもスキルは働いているらしく俺は心身ともに健康なままだ。


「それでですね?この人気シリーズも今回で最後なのですが、視聴者の強い要望もあってセカンドシーズンを行います!」


 なんだと?今なんて言ったこの女?


「今回は様々なチートをあげましたけど、次はスキルをガラッと変えて、チートの一切ない普通のスキルと言語理解だけで送ります!やっぱり視聴者の一番人気だったシーンが、界動さんが逆境の中で乗り越える発想力と努力だったんですよね。なので、今回はさらにハードな状態でもっと変わった世界に送っちゃいますね?あ、安心してください!今までのすべての記憶を消してから送り出してあげますので、界動さんもまた異世界を一から楽しめますよ?」


 俺の脳裏に今までの放浪生活が走馬灯のように過ぎ去る。今まで楽な世界など一つもなかった。その理由が明かされたが、それ以上にあの旅を再びすると聞いて俺は何も考えられなくなる。


「それでは今回の動画を閉めようと思います!皆さんありがとうございました‼」

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よくある異世界転移 @keysky

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