2  門番

 朔月さくげつの夜、そのソレスの城門で見張りをしている男と、まだ幼さの残る少年がいた。


「では、どうやって子供をつくるんだ?」

 下世話だが純粋な疑問で、タルコの頭はいっぱいだった。

「男がいなければ子供はできないだろ」

 納屋の干したわらの山などにかくれて、男が女と何をやっているか、少年は知っている。

 

「それぁな。言葉のあやってもんよ」

 ゾーイは息を吸い込むような笑い方をした。

「男は種としてあつかわれるのさ。ソレスではな」

ソレスここでは」

 タルコは夜空を背景に黒々とそびえている、ふたつの塔に目を向けた。

 城門からは距離がある。


 タルコは、このソレスに兄とやってきたばかりだ。

 父は騎士だったが、戦で主君を亡くしてから一家は放浪し、商家の用心棒などに雇われて糊口ここうをしのいでいた。ある日、長男の兄との軋轢あつれきに耐えかねた3番めの兄が独り立ちするというので、タルコは、それについてきた。3番目の兄がいなくなったら、早々、自分が惣領兄そうりょうあにの八つ当たりの餌食になると思ったからだ。

 惣領兄と母親は街に残った。

 2番めの兄は行方知れずだ。

 そういう身の上は、めずらしくもない。

 ソレスに来たのは偶然、旅籠はたごでいっしょになった男が、「オレの国へ来ればいい。口をきいてやるよ。メシのくいっぱぐれがない、いいところだ」と言ったからだ。


 タルコと兄はソレスという国のことは、何も知らなかった。

「なぁに。国と言っても小さな部族だからな。まじないをする女たちの国だ」

「女たちの国」

 なんだか、とばりの向こうにあるような正体のわからなさだ。

「王家には男がいないんだよ」


 男の言葉が、ずっとタルコの頭にひっかかっていた。

 タルコはソレスの王城内に立ち入ったことはない。

 雇われのよそ者門番の身分では、せいぜい城壁の辺りが行動範囲だ。


「今夜は大切な儀式の夜だそうな」

 男は、夜番の眠気覚ましに語ってくれる。

「オレの恋人は織女おりめの中でも、王家の装束担当なんだ。城の中のことも、ちょっとくわしい」

 男は恋人のことを思い出したのか、顔をほころばせた。

「ソレスの女は織るのに祈りを込める。寿ことほぎの思いを込めて織られた布は招福をもたらすってぇんだ。織りの文様には、言葉と同じぐれぇの、意味があるんだとさ」


 この男が、宿場町の旅籠はたごで声をかけてきたとき、正直、タルコはおっかなびっくりだった。だが、気前よくおごってくれて、兄とは意気投合していた。

 旅の路銀は、そろそろ尽きかけていたし、どこかへ行くにしても、一回、働く必要が兄弟にはあった。


「真面目に働いていれば、ソレスの女から、お声がかかる。ここでは女に主導権があるからな、がっついちゃいけねぇぜ。おっと。これは、おまえより、おまえの兄さんに言っとかなきゃだな」

 そうしてくれと、少年もうなずく。

 自分は女に興味があっても、恋人を持つには早い。


「どうだい。やっていけそうかい」

 男は、かたわらに置いていた、なめし皮の水筒をタルコにわたしてきた。山羊や羊の皮で外側をつくり、中は胃袋で二重構造にしてある水筒だ。

「この水筒を作った職人も、今じゃ機織はたおり娘の婿むこだよ」

「へぇ。オレって何の特技もないんですよ。やっていけますかね」

 兄は剣の腕も、そこそこいける。働き手として一人前だ。自分は、とタルコは。

「いや」

 男は励ますつもりなのか、タルコの背中を大きな手で、かるくたたく。

「若さってのも価値があるからさ。今だって、元気だろ」


 そうかぁ。タルコは納得した。

 年寄りには一晩中、ふきっさらしで起きていなきゃいけない見張りの夜番はきついよな。

 季節は光の月のはじまりだった。それから半年は誰にとっても、いい季節だ。

 

「さ。もうひとがんばり」

「うん」

 タルコは、まださまにならないやりをたずさえて、城門の上の見張り台に立つ。

 向こうに見える、けわしい山の稜線は、ほのかに明るくなってきていた。

 夜明けまで、あと少しだ。

 ここになじめたらいいな、と、タルコは思った。

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