3 不覚
夜明けの光が塔の天窓に届くと、はめ込まれた水晶を通して、窓のない塔の中を虹色の光で満たしていった。
寝台に横たわるリウィアの指が、ぴくりと動いたので、オリダは駆け寄った。
王女の、今は女王になった少女の瞳が、ゆっくりと見開かれる。その瞳の色は虹彩のふちから、夜の紫、海の青、金の日の光、すべての祝福の色がおさめられていた。
「女王が、お目覚めになりました」
オリダの宣言が波のように、
「本日はめでたい日。女たちには砂糖菓子を、男どもには麦酒をふるまえ」
「または、その逆でも?」
オリダの腹心の
「女王に! ソレスの栄え、あらんことを!」
継承の儀は、王女に仕える若手の
「……オリダ。おなかがすいたわ」
女王となったリウィアが石の寝台から起き上がった。
ふたりの
リウィアは比類なきソレスの魔道の継承者でありながら、健康な少女でもあった。
「おかあさまは」
ふいに、いつもの朝のように聞いてしまってから、リウィアは今日が今までの朝とちがうと思い出した。
(あぁ。おかあさまたちは、もう、わたしの一部となられたのね)
リウィアは、ソレスの魔道をその身体におさめた。創世からの魔道の知識、複雑な織文様のすべて。呪文を。
それを、ふしぎなことだとも思っていない。ソレスとは、女王とは、そういう生き方をするものなのだから。
オリダも晴れ晴れとした気持ちでいた。
継承の儀、
そして、まだ楽しんでいる女たちを残して自分は帰ることにした。その心がけは立派だったが。
闇の中を白い猫が横切ったのを見た。
子供っぽいことだが、どうしても触れたくなった。
「にゃあ」と言いながら、そっと追いかけてみた。猫は逃げる。でも、こちらが立ち止まると立ち止まるのだ。あきらめきれない。オリダは、そんな調子で猫を追いかけて行った。
いつもは立ち入らない下働き者が住む区域にまで立ち入ってしまった。
「にゃあ」
猫を見失った。
「にゃ」
空を見上げると星空だ。
にゃー。
猫の鳴き声がした。
どこかにはいるのだ。
「にゃー」
オリダは猫が応えてくれないかと、もう一度、ないてみた。
にゃー。
猫は頭上にいた。
城壁の上に黒い影が見えた。
(みつけた)
城壁に上へ行く階段がついていた。オリダは階段をのぼる。階段と言っても、足の先がひっかかるぐらいの簡易階段だ。半分くらい、のぼったところで足を踏み外した。落ちる! と思ったオリダの全身を受け止めたのは、うしろに来ていた男だった。
「酔っぱらいのネコさん」
男は笑った。
オリダは、いっぺんで酔いが醒めた。正確には頭だけ醒めて、身体は酔っぱらっていた。
「……と。階段の途中なんだ。おとなしくして。オレの頭が地面でかちわれるのが見たくなかったら」
5メートルは城壁の階段をオリダは、のぼったものらしい。
おとなしくしておくしかない。
それに身分がばれるのは避けたい。
男は、ぎゅっとオリダを抱きしめる手をゆるめることなく、下まで降りて行った。
降ろしてからも、はなさなかった。
(はなせ)と言いたかったが、オリダは我慢した。声を発してしまって覚えられるのはまずい。
「ネコさん。野良ではないね」
男は腕の中のオリダにささやいた。
「なんか毛並みがよい。どうして、ここまで来たの? やっぱり迷子?」
(ちがう)とオリダは頭を横にふった。
男の腕の力が少しゆるんだ。
「そっか。じゃ、家へお帰りよ」
オリダは、ほっとして辺りを見渡した。そして、うろたえた。正直、どっちへ行ったらいいのかわからなかった。
「……」
黙りこくったオリダに、また男の腕に力が入った。
「黙っていたら、いいんだって思ってしまうよ。いいの?」
自分の身分を言うべきだと思った。だが、はじめての大任をやりとげたあとに、酔っぱらって迷子になった
「今日、ぼくは夜番なんだ。城壁のそばに仮寝の塔があるよ。そこでよかったら休む?」
男の声は、やさしかった。
若者だなとは、声と腕の感触からわかった。
「いい?」
若者の言葉にオリダはうなずく。明け方になれば、帰り路がわかるだろう。それまでは、その仮寝の小屋でしのがせてもらおう。
城壁と城壁の間には等間隔に塔がある。それはオリダも城内から見て知っていた。そこのひとつが仮寝用なのだろう。
思惑違いだったのは、仮寝の小屋に若者も入ってきたことだ。
「いやがることはしない」と言いながら、オリダ自身も知らなかった場所へ入ってきた。
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