ぼくらの町にミサイルが落ちる日、きみと教室で
翠雨このは
2XXX/08/29 06:03
『ロシアが実験で発射した核ミサイルが誤って日本の東京に接近している』というニュースが今朝テレビで流れた。
ぼくの通う学校でもクラスメートは皆その話題で持ちきりだ。
「学校もさすがに休校だな」
「でもさ? 核ミサイルが東京に近づいてるってのに、みんな平和すぎない?」
「俺の親もいつも通り仕事に行ったよ。なんかおかしいよな」
ぼくもそれはおかしいなと思った。たとえ対応が遅れたとしても、核ミサイルが東京に直撃すると知らされたら、間違いなくパニックになるはずだ。
それなのに核ミサイルがここへ落ちるのは今から四十分後にも関わらず、ぼくらの日常はいつもと変わりがない。
──すべてがおかしい……。
すると、校長先生のアナウンスが校内放送で流れた。
《ええ、皆さん落ち着いて聞いて……い……ただいまソ連が放った核ミサイルが……東京に接近中との事で避難勧告が発令されまし……救助ヘリがこちらに向かっています……落ち着いて担任の指示に従い、校庭に集合して……さい……》
「おい! 救助ヘリだってよ~! オレ一度でいいからヘリに乗ってみたかったんだ~」
「太田にとっては核が落ちて幸せだったな」
男子達は妙なテンションで盛り上がってるなか、女子達は不安な表情でおびえている様子だ。
──“あの子”はどうしているだろうか。
ぼくは隣のクラスにいるあの子が気になって、仕方がなかった。
……“彼女”とはまだ一度も話した事がない──
とは言っても、保育園の頃はぼくと彼女はそれなりに仲が良かったらしく、近所同士の付き合いもあって、近くの公園でよく遊んでいたらしいが、その記憶も信憑性に乏しかった。
彼女はあまり友達付き合いというものが好きじゃないらしく、休み時間には教室で一人読書をする姿をよく見かけた。
ぼくは彼女のすることをただぼーっと眺めるのがいつしか習慣になっていた。
──しかし、クラスが変わると彼女を見る機会が極端に減り、彼女が今何をしてるのかも分からなくなると、授業中も休み時間もぼんやりとする毎日をただひたすら消化する日々が続いた……。
* * *
先生は「廊下へ並んで」と生徒に大声で呼び掛かけ、騒ぐ生徒達を廊下に並ばせている。
廊下を一列になってクラスメートと共に移動するなか、ぼくはふと隣のクラスの教室で目が留まる。
──がらんとした教室の奥にある窓側の席に一人、彼女はぽつんと座っていた。窓に映る外の風景をじっと見つめている。
彼女の前には隣クラスの担任・田辺先生の姿があった。彼女と何かを話してるようだ。
──すると、田辺先生は痺れを切らしたようにして教室を出た。
「あの、どうかしたんですか」
田辺先生はぼくを見ると、『いい所に来た』というような顔でぼくに頼み事を押し付けてきた。
「悪いが、キミあいつと話してきてくれないか?」
「え、ぼくがですか」
「あぁ。あいつな『ここに残ります』ってずっと聞かなくてな……校庭に十分以内で連れてきてくれ。いいか? 頼んだぞ」
「え……あの、先生……」
田辺先生はぼくの返事を聞かずに他の生徒を引率して、階段のほうへと消えていく。
……静まり返った廊下に一人、取り残されてしまったぼくは呼吸を整えて、彼女がいる教室へと足を踏み入れた──
* * *
──二人以外、誰もいなくなった教室はひんやりとしていた。
彼女は相変わらず外の風景をぼんやりと見つめたままだ。
ぼくは勇気を振り絞って彼女に話しかけた。
「先生が『校庭に来い』って……」
しかし、ぼくの勇気はあっさりと空振りに終わり、しばらく沈黙の空気が二人がいる教室を包みこんだ。
「──あなたはこの町すき?」
「……え?」
彼女の突飛な質問に困惑したが、彼女との会話を続けるためにぼくは慌てて言葉を返した。
「自分は正直この町はあまりすきじゃないかな……この町の思い出なんて、あるのは嫌な思い出だけだし……うん」
こちらを見つめる彼女は少し淋しそうな表情を浮かべた。
「……そう。あたしはこの町がすき。この町に生まれてから一度も町を出た事がないの。この町で色んな事があった。泣いたり、笑ったりもした。母さんと初めて行った花火大会も、家族全員で初めて行った雨の日の遊園地も、みんなこの町の大切な思い出──今は離婚して母さんはいないけど」
……彼女が抱える親の事情は、親同士の噂で耳にしたことがある。彼女の母親は男遊びが激しく、それが原因で離婚したらしい。今は父親と二人で暮らしている。
その噂を聞いたとき、ぼくは彼女の母親はろくでもない親だと勝手に思っていた。しかし、彼女の口から告げる話の内容はどれもが“彼女だけが知っている”母親の記憶だった──
「……『この町を出て行く』ってことはあたしの思い出もすべて消える事になる。だからあたしは残りたい……この町と最期の瞬間までいるって決めたから」
彼女の力強い瞳の前では、何を言っても彼女の決意は揺るがないだろうとぼくは察した。
──でも、それでもいいと思った。
彼女とこうして二人だけで話す時間が長く続くのなら、他には何もいらなかった。
……しかし、『二人だけの時間』は残酷にも終わりを告げる──
町のほうからサイレンがけたたましく鳴りだす──
その音はまるで世の終わりを告げているようで、より一層の不安が押し寄せてきた……。
「あなたはもう行ったほうがいい。ここにいたらあなたも危ないから」
「きみは……本当にそれでいいの?」
「ええ。あたしの事は心配しなくていいから」
ぼくは彼女にかける言葉が見つからなかった。きっと漫画のヒーローなら、ここで誰もがかっこいいと思える決め台詞を言い放ち、彼女の手を引っ張って、外に連れ出す場面だろう。でも、ぼくにその勇気はなかった。
ぼくは教室の扉に手をかけた──が、その手を止めて振り返る。ありったけの勇気をふり絞って彼女に言った。
「……もしさ……? ミサイルが万が一何かの拍子で逸れて、東京に落ちないような事があったら……その遊園地さ、一緒に行かない? 教えてよ」
「いいよ。楽しい所いっぱい知ってるから」
彼女は笑って見せた。ぼくは激しく鳴る鼓動を抑えて教室をあとにした──
──校庭に出ると、整列した全校生徒がヘリに乗り込んでいるところだった。
ぼくはただ校庭の土を踏み進むしかない自分が情けなかった。
……なぜ、彼女を強引に引っ張って連れて来なかったのか──彼女と会えるのはこれで最後になるのに。
「──『遊園地に行こう』だなんて……」
自分が言った言葉に今更ながら馬鹿だと思う。だけど、ぼくの足はもう戻ることすら出来なかった。
生徒達の人波に身をまかせてヘリに乗り込むと、丸い窓から外の景色を覗く。
……ヘリがゆっくりと飛び立つ──
揺れるヘリの中で窓の外から見える校舎を、ぼくはただひたすら目で追い続けた。
彼女は今も外を眺めてるだろうか──
彼女と初めてした普通の会話──
なぜ今まで話せなかったんだろう──
……一番おかしいのは自分じゃないか。
空の彼方に赤い一点が見える……。
核ミサイル到達まで“あとわずか”にまで迫っていた──……。
……ピピピピ ピピピピ
──聞き慣れた機械の音が耳をつんざく。
重い
……ピピピピ ピピピピ
鳴りやまない時計のアラームを叩いて止める。頭がぼーっとして今の状況が整理できない。
──今まで見ていたのは夢で、こっちが現実…?
部屋を出て階段を下りると、家族にさっき見た夢の話をした。
「なかなか東京に核は落ちないと思うぞ」
──新聞越しに笑う父さん。
「想像力豊かなんだから。ほら、早く朝ごはん食べなさい」
母さんの作った料理はなぜかとても懐かしく、不思議といつも食べる時よりも一段と美味しく感じた。
「行ってきまーす」
ぼくは急いで学校へ走った。
夢の話がどこまで真実なのかを知るために──
彼女がこの世界で本当に実在するのかを確かめるために──
階段を上ると、廊下からはクラスメートの笑い声が聞こえる。
ぼくは教室の扉を開けた──……。
ぼくらの町にミサイルが落ちる日、きみと教室で 翠雨このは @namakemono10
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