第5話 (最終話)父の代わり。

墓掃除は手慣れたモノで早い。

花を生けて線香を焚いて、「良かったな。紅葉さんが今年も来てくれたぞ」と声をかけて手を合わせる。


「真さんの奥様は?」

「今回も来ないよ。あの人には行けない理由だけは山ほどあるからね。花粉に虫に雨にピーカン照りに曇り頭痛、果ては腹痛までなんでもある。あの人の予定に合わせていたら、死んで入るまでここに来られないよ」


俺は笑いながら片付けをして、「今日は何がいい?」と聞くと、「…ご迷惑でなければ、卒業をお祝いして欲しいなと思いまして」と少しだけ申し訳なさそうに言う萩生紅葉。

確かに祝ってくれる人が居ないのは嫌だろう。


俺は「いいよ。何が食べたい?」と聞くと、「焼肉…。母さんは真さんとよくお祝いで食べたって聞きました」と言うので焼肉屋になる。


焼肉と聞いてもランチタイムなのでそんなに高くならない。

そして、萩生紅葉の行動はタイミングも俺に近い。水を注いでくれたり、紙ナプキンを取ってくれたりするし、嫌にならない焼肉だった。

デザートのアイスクリームを食べながら「そういえば就職は決まった?」と聞く。

就職云々よりも、萩生紅葉がキチンと3食食べられる環境になったかを気にしていた。


「はい。無事に決まりました」

「良かったよ。これで食生活は安定するね」


俺が笑ったのはそこまでだった。

帰り道、乗り換え駅で大宮行きのホームに行こうとする俺に、萩生紅葉は「違います」と言った。


「え?」

「仕事場から離れているので引っ越しました」


萩生紅葉は「途中までご一緒させてください」と言って乗り込んだ電車は、俺が帰りに使う電車で、降りたのは隣の駅だった。

俺は驚いて一緒に降りてしまうと、「あ、ウチまで来ます?母さんの遺影がありますよ」と言われてしまい、着いていくと駅徒歩16分。そこからウチまでは16分の所にある2DKの賃貸に萩生紅葉は住んでいた。


どうぞどうぞと通された俺は、閑散とした萩生紅葉邸で萩生楓とその夫だろう。2人で並ぶ写真を見る。

萩生紅葉は写真に「ただいま。匠さんにも来てもらったよ」と言い、お線香を供える。


俺はどうぞと座らされて、出てきたお茶を飲みながら慌ててしまった。

萩生紅葉の職場はこの近くだった。


「なんで?」と俺が聞くと「母さんが私にくれた手紙を読みます?」と言って手紙が出てきた。


[紅葉へ、1人きりにしてごめんなさい。真が元気なら、あなたの事を見守ってと頼みたかったのに、真も亡くなっているなんて思わなかった。病気の話もしてくれないなんて真らしい。

中学の時に、紅葉からお父さんのことを好きかと聞かれて、好きだと答えたけど1番は真なのよ。お父さんにはバレていたわね。だから今こんななのよ。あの匠くんが来てくれた後で、真のどこがよかったか聞かれたけど、私は口下手だから匠くんと居てみて肌で感じてくれたら嬉しいかな?無理強いはしないけど、私や真のお墓参りをして良さを感じてみて。お母さんに似てる紅葉ならわかってくれるわ。きっと匠くんは真に似て優しいから話は聞いてくれる。キチンと話してみてね。楓]


なんと言う無茶苦茶さだと思っていると、萩生紅葉が「なのでソコソコの広さを実現した2DKです。どうぞ沢山通ってください。一緒に買い物をして、一緒に食事を作ってみてください。母さんがどんな気持ちだったのか知りたいので、ご協力よろしくお願いします」と言ってきた。


「君…、危機感とか持たないの?」

「ありますよ。それでも匠さんは牽制とかではなく信用に値しています。と言うか既に母さんの言った気持ちが分かり始めているから、仕事はこっちで見つけて引っ越してきました」


なんだこの行動力…。


心を読んだかのように「母さんが真さんは自分以上の行動力だったと言ってましたよ」と言う萩生紅葉は、一歩前に出て俺の目を見て「私は匠さんの良さを感じています。匠さんはどうですか?」と聞いてきた。



父が惹かれた女性。

その娘。

歩幅も勢いも心地よいが、それでいいのかと思ってしまう。


それでも「良さは感じています」と言うと、「では通ってくださいね」と言って笑いかけてきた。


その笑顔のなんと可愛らしい事やら…。

俺は心の中で天国の父に「大変な事になった。どうしてくれるんだ?」と語りかけながら「わかりました」と言った。


(完)

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