第4話 父の料理。

俺が無理矢理色々な手続きを終わらせて、日常に帰って少しした頃、萩生紅葉から「母が死にました。会えますか?」と連絡が来た。


話を聞くと亡くなったのは半月前で、人は何故か偶然を紐付けて必然にしたがる。父と月命日が近いと無理矢理思ってしまったが、15日と25日は違いすぎる。


萩生紅葉は大した身寄りもない中、家族葬で母を見送り、約束を守って父の手紙を持たせてくれた。


大宮で再会した萩生紅葉はやつれていた。

とりあえずカフェに入って着席すると、萩生紅葉は「うちは引っ越してきた時に、モノなんて処分したから身軽だったんですが、それでも大変でした」と言って、笑いながら「母さんの手紙を見せてください。これは坂上匠さん宛の手紙です」と言って手紙を渡された。


[坂上匠様、先日はありがとうございました。嬉しくてあの後熱が出て、紅葉に呆れられました。真宛の手紙は読んでくれたかしら?ご迷惑でなければ、紅葉に声をかけてもらえる人になってくださらない?私も真のことがあったから、亡くなった主人の実家とは疎遠だし、自分の実家とも繋がりがそんなになくて、紅葉の事だけが心残りなの。余計なお世話かも知れないけど、真と匠くんは似てるわ。私と紅葉も似てるのよ。少し出掛けてみたりして、真が私といてどんな気持ちだったか知ってみない?でもこれは言っただけ。彼女がいたら悪いから辞めておくわね。会えて嬉しかった。人生の最後に素敵なことがあって良かった。ありがとう。萩生楓]


俺は心の中で、なんと言う事を言うんだとんでもないと手紙に向かって悪態を吐くと、萩生紅葉が「そっちも読ませて貰えって言われました」と言って手を伸ばしてきた。


「大丈夫?ちょっと想像よりすごい事が書かれてるよ?」

俺の心配をよそに、手紙を読んだ萩生紅葉は「ご無理なさらずに。私は大丈夫です」と言う。


俺はこれで帰るのも良くないので、萩生紅葉に質問をしたら21歳の大学三年生だった。


「母から、母の代わりに坂上真さんのお墓参りをするように言われました」

「え?行ってくれるの?」


「はい。もし良ければ母のお墓も埼玉県にありますので、来てもらえと言われました」

「マジで?」


「ご迷惑ですか?」

「いや、そんな事ないけどいいの?」


「構いません」と言った萩生紅葉と墓参りの約束をして、解散した俺は日常に戻ったが、生活が落ち着いた萩生紅葉からの墓参りの話で、ウチの墓と萩生紅葉の墓参りに行く事になった。


流石に二軒を1日で行く距離ではないので、1日ずつに分けて2度ほど会うと、前よりやつれて見える萩生紅葉に、「変に思わないでくれますか?」と聞いてから食事に誘い、「俺は社会人だしお金はあるから食べて」と言って昼食と夕食をご馳走する。


「助かります。少しですが遺産はあるものの、使う勇気が無くて…就活もあるので、どうしても最低限にしてました」


そう漏らす萩生紅葉に、「…墓参りは年4回。うちが2回、萩生楓さんが2回にしよう。その日は食事を奢るよ」と漏らすと、「優しいんですね。母の手紙にあった坂上真さんみたいです」と言われた。


父の本気の相手の娘なんて見殺したらなんか怖い。

俺は諸々諦めたが、萩生紅葉は余程食べるものに飢えているのか、キチンと年4回程俺と墓参りに行っていた。



俺の生活は変わらない。

仕事は変わらず、母は生活費の為にパートには出たが、それでも父の遺したお金を使って無理をせず、今日もソファの上でゴロゴロとしている。

きっと座右の銘すら面倒くさがるが、あれば「なんとかなる」だろう。


萩生紅葉は大学4年になり就職活動をしているが、踏み込んで聞く気にもならないので、「やれてる?困ったら聞いてきて」とだけ送って放置した。

これが父なら「平気かな?ご飯も疲れちゃうね。汚くて平気ならウチで食べなさい。少し遠くてもご飯代くらいで来られて、お腹いっぱいで帰れるし、就職活動の相談にも乗るよ。なに、君は楓の娘さんだよ。遠慮なんていらないさ。もし逆の立場なら楓に匠の事を頼んでしまっていたからね」と言ってご馳走を作るだろう。


そういえば、それについて聞きたくなった俺は、春の墓参りの時に萩生紅葉に「一個聞いていいかい?」と声をかけた。


「なんですか?」

「楓さんの好きな食べ物って何だったの?」


「はい?母さんの好物ですか?」

「うん。父さんは作っていたのか気になってさ」



聞くと萩生楓の好物はピーマンの肉詰めと椎茸の肉詰めだった。

父さんはその二つをよく作っていた。


「匠、椎茸が安かったんだ。作るから食べてくれるよね?」と言って作る父を思い出して、「思い出の料理を妻と息子に出してたのかよ」と笑ってしまった。


笑う俺に萩生紅葉が「どうしました?」と聞くので、今はいない父なら萩生紅葉をどうフォローしたのか考えていた話をすると、嬉しそうに照れながら「母さんが好きだった肉詰めの始まりは真さんかも知れないんだ」と呟いていた。

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