『勝負に勝たなければ。生き残れない』

小田舵木

『勝負に勝たなければ。生き残れない』

 生存とは限りある資源を奪い合うゲームである。

 強者が取り。弱者は奪われる。

 シンプルなルール。不正が入り込む余地などありはしない。

 生き残った者は更に奪う。奪ったもので腹を満たしながら。

 そして弱者は淘汰されゆく。それが進化を駆動させていく。

 

 俺は人間という種のプールに放り込まれたが。突然変異を起こし。

 心臓を奪い取る生き物に生まれ変わった。

 ハート・スナッチャー。それが突然変異した俺に与えられた名前。

 

 俺は今日も奪った。名も無き弱者から。

 そこに良心の呵責かしゃくなどありはしない。

 ウサギを喰らうライオンがウサギに言い訳をするだろうか?

 当然答えはノーだ。ただ。黙ってウサギを喰らうだろう。

 

 俺は心臓を抜いた死骸を見下ろす。

 汚れたホームレス。生きていてもしょうがない生き物。

 俺が天に代わり、息の根を止めてやっただけだ。

 心臓が俺の手の中で鼓動している。それに貪りつく。

 口に広がる鉄分のえぐ味。それは勝利の味であり。進化の味である。

 俺は心臓を抜いた死骸を蹴飛ばして。

 その場を立ち去る。

 今日も俺は食事にありつき。命を長らえた。そして生存というゲームの勝者になった。

 このゲームのいいところは。俺が死ぬまで続くってところだ。

 飽きがこない。俺が生き続ける限り。このゲームは続いていく。

 

                   ◆

 

 適者生存。この論理は社会をも満たしている。

 持てるものは富み。持たない者は淘汰されゆく。

 俺はこの人間社会でも勝者だ。

 会社ではうまくやっている。ハート・スナッチャーという生き方だけに現を抜かしていない。

 二足の草鞋わらじ。ハート・スナッチャーと会社員。

 お陰で俺は息をつく暇もない。

 

 迫りくる雑事を適当に片付け。俺は外へと回る。

 俺は営業の仕事をこなしてる。人を騙くらかして、商品を買わせる事が仕事であり。

 今日もカモをエサにする。

 どいつもこいつも俺の口八丁に誤魔化ごまかされる。

「弊社の製品のここが―」なんて。嘘に塗れたセールストーク。一ミリの真実を大きな嘘でまぶして。しょうもない製品を押し付ける。

「なるほど」なんて商談相手のおっさんは騙されているが。お前は俺のカモなのだ。俺の言う事を聞いていれば良い。そして養分になってくれりゃ良い。

 

 俺は仕事をこなすと。さっさと退社する。

 残業なんて無能がすることであり。俺のような優秀な人間には無駄な時間だ。

 街へ繰り出す。そして適当な店で時間つぶし。

 酒を呑んで。気分を高揚させる。

 酒をストレス解消のつもりで呑むバカがいるが。アレは愚の骨頂である。

 こんなもん。呑んだって何の救いもありはしない。タダのドラックなのだ。

 俺は気分を高揚させると。街に繰り出し。彷徨さまよう。

 さあ。今日の餌食は何処だ?俺のエサは何処だ?

 

                  ◆


 俺のエサは公園にいた。

 街の真ん中の川沿いにある公園に住み着いたホームレス。

 俺はコンビニで買っておいたカップ酒片手に近寄って。

「よ。親父さん。元気にやってるか?」と声をかける。

「おう…アンタかい」ホームレスは応える。俺はコイツに前から目をつけていて。酒を与える事で餌付けしているのだ。

「景気はどうだ?」俺は問う。

「良かないぜ」

「…ま。コイツでも呑め」俺は酒を押し付けて。

「いつも済まん」ホームレスは受け取り。カップ酒をあおる。

「良いって事」なんて。甘い言葉を投げかけておく。

「アンタは…俺に優しくして。何がしたいんだ?」疑り深いホームレスは問う。

「別に。なんとなく知り合いに似てるからな。放っておけない訳さ」なんて思ってもない事を言い。

「放っといてくれた方が幸せなんだけどな」なんて素直になってくれないホームレス。

「アンタを放っておいたら死にそうだからな」

「死んだっていいさ。人生上がっちまってる」

「つまんない事言うな」

「事実だから仕方ないやね」彼はもうカップ酒を開けてしまい。俺はお代わりのカップ酒を勧める。

「まあまあ。死ぬのなんていつでも出来るぞ」

「…そうだなあ。俺は死ななきゃならんのだが」

「死ねないのか?」

「人間ってな。どれだけ失おうが自分の命だけは惜しいもんなんだ」

「…」俺は考え込む。こんなホームレスにも生きる意欲はあるのか、と。だが。そんな人生なんか意味はない。弱者の癖に世界に居座ろうなんざ、虫が良すぎる。

「俺だってかつては。兄ちゃんみたいに働いてたさ」

「どんな仕事をしてたんだよ?」俺は問いながら酒を更に勧める。

「…兄ちゃんみたいにスーツを着ていたが。不正やらかしちまってな」

「欲かいちまったのか?」

「そうだな。許されてない方法で利益を稼いだ。それが露見しちまい、責任を取る形で辞めた。その後は不正を働いた俺を雇う場所なんてなくてな。結局はホームレスよ」

「…そうかい」コイツは。人生というゲームに負けたプレイヤーだ。だが。惨めにも世界にへばり着いている。

「兄ちゃんは俺みたいになるなよ?」

「うまくやってるさ」

「ならいいが」

 

 俺はホームレスに酒を延々と勧め続け。

 ついには酔い潰した。コイツは阿呆だ。話を少し聞いてやっただけでベラベラ自分の境遇を話し、その上、隙まで見せて。

 

 俺はホームレスを茂みに運び込む。そして。何食わぬ顔で。彼の胸元に手を突っ込み。心臓を抜き取る。

 アルコールのせいでドクドクと脈うつ心臓を手に収めて。

 俺はそれに喰らいつく。心筋の硬さと鉄分のえぐ味。

 ああ。今日も。俺は生存競争というゲームで勝者になった。

 弱者を襲い続ければ。俺は永久とわの命を永らえる事が出来る。

 俺は躊躇しない。だからこのゲームで勝ち続けられるのだ。

 

                 ◆

 

「またかよ」私はいつもの焼き鳥屋で嘆息たんそくをし。

「またかい?」隣にいた成田なりたくんは応える。

「どんだけ心臓喰いが潜んでいるんだ?この街は」私の手にはスマホ。開いているのは通信社のサイト。そこには『ホームレス連続殺傷事件。死体から消えた心臓』とある。

「…魔都福岡」なんて成田くんは評する。それを聞いて焼き場に居る蔵本くんは笑ってる。

「言えてるな」なんて呑気に笑ってる場合じゃないよ。蔵本くんよ。

「ったく。休む暇もありゃしねえ」私は。最近。ハート・スナッチャーを捕まえたばかりだぞ?

新藤しんどうの結婚が遠のく」成田くんはニヤニヤしながら鶏ハツ串を食べていて。

「どうせ。また警察に呼び出されるぞ」

「今度はホームレスか」

「ホシはどんなアホなのか」

「…ガキじゃねえの?ホームレスを率先していじめるのはアイツらだ」

「だと楽なんだが」ガキのお守りは慣れたもんである。

 

 案の定。

 私は呼び出される。警察に。最近は呼び出され過ぎて会社の方で嫌な顔をされるようになっちまった。いい加減、潮時なのかも知れない。これだけハート・スナッチャーが湧くのなら。祓い屋一本で飯を食っていく覚悟を決めた方がいいのかも知れない。

 

「で?今回は?」私は警察署の廊下を歩きながら問う。

「ホームレスだわな」甘木あまき刑事は言う。

「んな事は報道で知ってるさ。ホシの見立てはついてんのかって話」

「…公園の防犯カメラに映ってた」

「ガキ?」

「いいや。サラリーマンらしき男だ」

「らしき。ねえ。この街にサラリーマンがいくら居ると思ってるんだよ」

「今。各地の防犯カメラの映像を分析してる最中だ」

「さっさと捕まえてくれ。毎度私が見つけるじゃねえかよ、ハート・スナッチャー」

「お前は専門家だろうが。仕方のない話だ」

「…仮にも殺人事件だ。やる事やってくれよな。福岡県警」

「やったとて。結局はお前の協力が要るけどな」

「…いい加減。雇ってくれないかな。福岡県警さんよお」私は愚痴る。

「オカルティックな部署はないからな」

「オカルトじゃねえっつの。実在してるんだよ。怪異ってのは」

「…ハート・スナッチャーに関しては認めるが。それ以外はナシだ」

「世知辛い…会社での立場を無くす私の身にもなれよなあ」

「御愁傷さん」

 

 なんて。甘木刑事と無駄話をしている内に遺体安置室に辿り着き。

 私は仏さんを拝む。毎度の事ながら綺麗な死骸である。

 ハート・スナッチャーは。外傷なしに心臓をくり抜く。そこにどんな力が働いているのかは説明出来ない。現代科学の範疇はんちゅうを超えているのだ。

 

「今回も。ヤツは居る」

「んじゃあ。頼んだ」甘木刑事は言う。

「他力本願な」

 

                   ◆

 

 俺は最近立て続けにホームレスを襲い続けている。

 悪目立ちし過ぎだが。溢れる欲は俺を愚かにする。

 だが。俺は愚かだが。この世のゴミを掃除してやってるだけだ。

 何の問題があると言うのか。だから堂々とホームレスを狩り続けるだろう。

 

 俺はホームレスを狩った次の日も何食わぬ顔で仕事をこなす。

 ここで動揺などしない。したら強者につけ込まれるだけだ。

 

 世はべて。善人の皮を被ったサイコパスが回している。

 それは資本主義という経済システムの行く末でもある。

 富める者が総取りする社会。本物の善人が躊躇している間にサイコパスは甘い汁をすする。そして。本物の善人は食い物にされていく。

 

 俺の親共は愚かな善人だった。だから強者たるサイコパスの食い物にされた。

 俺は惨めな子ども時代を送り。そこで辛酸を舐めさせられた。

 辛酸を舐める俺は。死ぬほどの努力をした。周りに居る誰よりも学び。

 段々と学校社会を勝ち抜いていった。その末が現状であり。

 今は立派なサイコパスである。会社という社会に属しているが。俺は徹頭徹尾自分の利益になる行動しかしない。出世の為に何人蹴落としてきたか。

 

 俺は強者だ。間違いなく。

 会社人としても。ハート・スナッチャーとしても。人としても。

 

 俺は食物連鎖の上位におり。

 この世界というジャングルの王者だ。

 

                 ◆

 

「…」私は仕事を休む口実を探していた。

 いくら二足の草鞋を履いていようが。私の片足は会社という社会にどっぷりだ。

 この繁忙期に突然仕事を抜けてみろ。後ろ指指されるのは間違いない。

 私は眼の前のPCを操作するフリをしながら。考え込む。

 親戚の法事…もう使い果たしている。私の一族郎党は死に尽くしている。

 ああ。適当な言い訳が思いつかない。正直に副業の話をしちまうか?

 だが。課長はもうその言い訳は聞き飽きたと言っていたっけな。

「そろそろこっちの仕事に身をいれたらどうだ?」そんな台詞を言われたっけな。

 

 私は。社会人になりたての頃は想定もしてなかった。これだけハート・スナッチャーが湧く事を。だから保険として今の会社に潜り込んだのだ。副業規定がユルユルだったから。

 だがしかし。最近の忙しさは尋常じゃない。福岡の街にはハート・スナッチャーが湧き続ける。

 …いっそ。祓い屋で独立でもしてみるか?でもなあ。顧客が警察しか居ないのは拙い。

 自分の食い扶持なら何とか出来る。警察の捜査協力費はバカにならない。

 だが。独立すれば。何かと出費は増える。捜査協力費だけでやっていけないのは明白だ。

 まったく。福岡県警が雇ってくれれいいのだが。そうもうまくはいかない。

 

 言い訳を考えている内に昼になっていて。

 私はオフィスを後にする。オフィスで昼休みを過ごす気にはなれない。

 私が勤める会社は大きなビルに入居しており。

 昼間はエレベーターフロアが混み合う。

 そう言えば。今回の被疑者はサラリーマン…

 この辺に居てくれりゃあな、と思う。仕事をサボる口実を考えずに済む。

 

                 ◆

 

「独立するしかないのかねえ」私はいつもの焼き鳥屋に居る。

「…食っていける訳?」こころさんは突っ込む。焼き鳥屋の女将さん。元ハート・スナッチャー。

「…自分の食い扶持は何とかできそう」

「貯金は?」

「なくはないが乏しいもんだ」

「止めとけば?」

「ってもなあ。いい加減。二足の草鞋も限界だ。どっちかに専念せにゃならん」

「アンタは。ハート・スナッチャー放っておける程図太くもないわよね?」

「そりゃね。私だけがなんとか出来るんだ」

「決まってるじゃない。アンタは独立する運命にある」

「…踏ん切りがつかんのだよなあ」

「祓い屋一本で食おうとするから苦労する」

「…副業を持てと?」

「何でも屋でも始めたら?」

「ようやらん」なんて。私は言いながらも想像する。何でも屋をやる私を。あんまり違和感はない。

「さっさと決めちゃいなさい。そうやって機を逃し続けていたら。新藤、貴女あなた、一生そのままよ?」

「人生は選択を迫るってかい?」

「そ。人生というゲームは選択肢が与えられた時に行動しなければ、あっという間にゲームオーバー」

「敗残者のいっちょ上がりってね」

「私はアンタに負けて欲しくはないわね」

「応援どうも…」私はそう言いながらビールを呷り。

 

 私は焼き鳥屋で一人呑んで。いい感じに仕上がると。

 街を彷徨う。素直に帰ってもいいが。一応捜査の協力をしてるんだ。

 中洲なかすの辺りを当たってみよう。あの辺りの川原で事件は起きた。

 

                  ◆

 

 俺は街を彷徨う。次なる獲物を探して。

 最近はペースを上げすぎているから。休憩してもいいのだが。

 次なる獲物にツバをつける事くらいは出来る。

 俺は私鉄の駅の裏の公園。警固けご公園に居る。

 そこには若者が溢れている。愚かな若者たち。

 若者達は時間を無駄にしている。俺はそれを見て愚かだなと思う。

 人生というゲームは持ち時間が少ないゲームなのに。こうやって公園で時間を無駄にしているなんて。阿呆もいいとこである。

 

 俺はホームレスを探してみるが。まったく見当たらない。

 流石に警戒されているのだろう。連続ホームレス殺傷事件は報道されているのだから。

 俺は私鉄の駅に入る。俺はこの私鉄の沿線に住んでいるのだ。

 蛍光グリーンのオールドな電車に乗る。

 

                 ◆

 

 私は中洲の近くの川原の公園にいる。

 この辺は繁華街で。よくもまあ。こんなところで犯行を犯したなあと思う。

 この辺は人通りが少なくない。

 犯行を行うには不向きな場所のように思えるんだけどなあ。

 今回のハート・スナッチャーは割と大胆なヤツのような気がする。

 まあ?ハート・スナッチャーなんて大体が大胆なヤツだが。

 

 私は公園をぐるっと散歩してみたが。ホームレスもそれに話しかけるサラリーマンも見かけなかった。

 まあ、そうだよな。ホームレス連続殺傷事件は報道されているのだから。

 

「よお。新藤」聞き慣れた声が背中にぶつかり。

「よお警察」私は甘木に応える。

 

「見回りかい?ご苦労なこって」

「そっちこそ…って酒臭っ」

「酒の呑んだ帰りの散歩」

「仕事するならシラフでやれ」

「…その話だが」私は切り出す。

「あ?どうかしたか?」

「もしだ。私が独立したとしてだ。警察は仕事くれるかい?」

「ハート・スナッチャーが湧き続ける限りはな」

「…不安定だあ」私は嘆息する。

「しょうがねえだろ。お前にはその用事しかないんだ」

「私はよお。最近、限界感じてんだよ」絡む。酔っ払ってるせいもある。

「流石に二足の草鞋はキツいか」甘木は同情を示す。

「そ。いい加減会社休む理由を作るのも面倒でね」

「…副業に緩い会社じゃなかったか?」

「限度があるっちゅうに。毎度の事、私を呼び出しやがって」

「…お前がハート・スナッチャーを絶滅させない限りは。このままだぜ?」

「どんだけ時間が掛かるんだか」

「…下手したら永遠にかかるかもな」

「…独立すっかなあ。でもなあ」私は迷いの森の中にいる。

「何か知らんが。決断するなら早めが良い」甘木までその台詞を吐くか。

「決めかねているんだよ、、と」

「人生なんて。先が見えないゲームなんだ。思い切って飛び込めや。まどろっこしい」

「お前は良いよなあ。警察だもんよ」

「お前も目指せば良かったじゃねえか。頭悪くないんだし」

「…その発想がなかったんだよ。私が大学生の頃はハート・スナッチャーなんてあまり湧きもしなかった」

「最近は。アホみたいに湧いている」

「そうなんだよ。これが困りもん…」私は考え込む。この街には何かがある。ハート・スナッチャーを湧かせる何かがある…

「ま。俺らは一々対処していく他はない。人生の事は適当に決めろ。どのような選択をしようが、俺はお前をアテにするさ」甘木は爽やかな笑顔でそう言う。

「ったく。ままならんねえ」と私はつぶやいた。

 

                 ◆

 

 人生というゲームは決断の連続である。

 人生には大小様々な選択肢が散りばめられており。

 瞬間瞬間で最適な選択をしていかなければならない。

 俺は選択を誤った事はない。

 今だって。

 私鉄から降り帰り道を歩いている途中だが。

 その道すがらにホームレスを見つけ。ゼロコンマで彼にアプローチをかけて。

 俺は彼を公園に誘導し。途中のコンビニで酒を買い込んだ。

 

 俺のかたわらを歩くホームレスは最初はおっかなびっくりの様子だったが。

 酒を買い込むと喜んで俺に着いてくる。

 俺は彼をベンチに座らせ。酒をご馳走し。彼の身の上話を聞いてやる。

 彼もまた社会の敗残者であり。淘汰されるべき存在で。

 俺は彼に酒を呑ませ続ける。あっという間に潰してやった。

 

 ホームレスの親父はベンチに寄りかかって眠ろうとしている。

 俺はすかさず、心臓を抜く。

 この間数秒。素早い判断が勝利を呼び寄せる。

 俺は人目がない内に心臓を喰らいつくし。

 今日もゲームに勝った。俺はまだまだ生存し続ける…

 

                 ◆


 私は家で辞表を書いていた。

 甘木や心さんの言葉に押された形だ。

 だが。コイツを提出する絵を想像すると。何故か身がすくむ。

 私は未だに迷っているのだ。祓い屋一本で食っていけるのかと。

 まったく。私はちゃらんぽらんな癖にこういうクリティカルな選択になると迷ってしまう。

 だが。こうしている内にハート・スナッチャーはうごめいているのかも知れない。

 ああ。選択をすべき時なのだが。愚かな私は迷っている。

 

 人生ってヤツは面倒くせえなあ、と私は思う。

 こうやって絶えず選択肢を私に突きつけ続ける。

 私は利口なプレイヤーじゃないので、毎度迷いっぱなしである。

 

 利口なヤツは。もしくは大胆なヤツは。

 さっさと辞表を提出してしまうだろう。そしてその立場で人生をフィックスし直すだろう。

 だが。私は阿呆であり。未来の想像が出来ない女であり。

 こうやって迷っている…

 

                 ◆



 事件は続いている。

 私が選択肢を迷っている間に一人が死んだ。

 警察の捜査は遅々として進んでない。

 

 私は仕事をこなしつつも。一応は街を彷徨っているが。

 時間は夜にしか取れない。犯行は夜に集中しているから良いが。

 私は寝不足の頭で雑事をこなし。日に日に弱ってきている。

 

「いい加減にしろよな」いつもの居酒屋で成田くんは言う。

「…ああ?」私は聞き返す。何をいい加減にしろと言うのか?

「いつまでも迷ってる場合じゃねえって事。アンタならさっさと決断するかと思ったが。案外迷うんだな」

「これでも凡人でしてね」私は応える。

「俺には人として生きるよう騙した癖に」

「うっ…」そうだ。私は成田くんをなりかけのハート・スナッチャーから引き上げてしまった前科がある。

「アンタは。ハート・スナッチャーとやり合うのがお似合いだ」

「簡単に言ってくれるよなあ。飯食うか食わざるかの問題だぜ?」

「そんなもん。なんとかなるさ。大学中退の俺すら適当に飯食ってる」

「選ばにゃ仕事は溢れてる…っと」

「そういう事だ…なんなら。俺がアンタを手伝おうか?」

「嬉しい提案だが。2人の食い扶持を稼ぐなんて。難しいぞお」

「…俺が稼いできてやるから。アンタは好きにやりゃあ良い。それも面白い」

「すっかりたくましくなったな。成田くんは」昔はもっとナイーブな人間だったが。彼を私が引きずり回した結果。妙に逞しくなってしまった。月日というのは人を変える…

「アンタのせいだ。色んな事件に巻き込みやがって」

「悪いね」なんて謝っちまう私が不思議だ。

「…さて。決めちまえ。そして今回のハート・スナッチャーも狩っちまおう」

 

                  ◆

 

 私は結局。

 フリーランスの道を選ぶことにした。

 会社に辞表を出し。後数ヶ月でこの会社から籍を抜く。

 同時に。アルバイトを探し始める。流石に祓い屋とその副業だけで食っていける気はしないのだ。

 

 さて。問題は事件の方だ。

 私は会社で残ったわずかな有給をぶち込み。街に出ている。

 傍らには今日は休みの成田くん。

 

「さて。どうするよ??」

「いや。って何よ?」

「アンタが。祓い屋事務所の代表だ。これからは所長と呼ばせてもらうぜ?」

「…変な響きだ」私が所長ねえ。これで成田くんの面倒を見るハメになるかと思うと憂鬱だが。選んじまったんだ。やるっきゃないのだ。

 

 とりあえずは。聞き込みからだろう。

 ホームレスの方々に話を聞かなくては。 

 あれだけ派手に殺り回ってるんだ。尻尾の一つくらい残しているだろう。

 

                 ◆


 目論見というのは当たらないものなのか。

 近隣のホームレスに事情を聞いて回ったが、誰もサラリーマン風の男とは関わっていないらしい。

「参ったなこりゃ」私は嘆息。本気を出して探せば何かしらにヒットすると思ったんだが。

「…素人には手が余るのかね」成田くんはがっかりしている。

「ま。捜査に関しては素人な私達だ。餅は餅屋。警察に行きますかね」


 私達は県警の本部に顔を出す。

 甘木は忙しそうにしている。

「ういっす。あまきん」私はヘラヘラスタイルを装う。

「ういっす…」甘木はそれなりに萎れている。

「どうかしたかい?」なんて分かりきった事をく。

「どうしたもこうしたも。まったく尻尾が掴めん」

「福岡県警ともあろうものが。殺人事件に手をこまねくたあ」

「ただの殺人事件じゃないだろ…というか。お前なんでこの時間帯にココに来てんだよ」

「ついに。決断した訳さ。これからはよろしく頼むぜ?あまきんや」

「遅すぎる位だな」

「私は凡人なもんでね。ある程度は迷う。んで?本当に尻尾の一つも掴んでないの?」

「…実は。ある程度行動範囲が絞れてきてる」

「天神から…何処くらいのエリア?」

平尾ひらおら辺だな」

「案外近いじゃんね」平尾。天神の近くのベットタウンだ。

「だが。そこらだけでもどれだけの人口があるか」

「あんま想像はしたくないやね」天神から平尾。福岡市の繁華街。

「つう訳で。後手に回りがちだ。事件が起きたポイント周囲は漁っているが」

「未だ釣果なしと」

やっこさん、犯行の手際が良すぎる」

「躊躇なく殺している…」

「相手はタダの連続殺人鬼じゃないからな」

「ハート・スナッチャー…その上シリアル・キラーな気質もある。最悪の組み合わせだな」

「お前の調査には全面的に協力してやる。さっさと見つけてくれや」

「警察が一般人にサジ投げるんじゃないよ」

「しょうがねえだろうが。人知を超えた相手なんだから」

 

                ◆


「なあ。なりたんや」私は県警を出ながら言う。

「なんだ?」 

「前に捕まえた子みたいにさ。鼻が効いたりしない?」前捕まえた、同族殺しの女の子はやたらと鼻が効く。同族を殺し続けた結果らしいが。

「んな訳ないでしょうが。俺はなりかけのハート・スナッチャーでさ。一般人と変わりない。心臓を掴める以外は」

「んだよねえ…ああ。世知辛い」

「しかし。警察すらサジを投げるとはな」

「そうなる心境も分からんでもないけどね。相手は大した痕跡も残さず心臓だけ抜いていく…シリアル・キラーにそんな武器を持たせたら…ま。最悪だわな」

「今回の事件どうするよ?」

「総当りでいくしかあるまいて」

「手当たり次第…」

「そういう事。僅かな当たる確率にかけて。私達は進むしかないのさ」

 

                ◆


 私達はやぶの中にいる。

 比喩としても。現実としても。

 …藪ってのは言い過ぎたかな。公園の茂みに身を隠している。

 私達は歩いても歩いてもアタリが出ない事に業を煮やし、囮作戦を取っている。

 あるホームレスの男性にそこそこの金額を渡し。公園でぼんやりしてもらっている。

 最近はホームレスも警戒してて公園でくつろいだりしないらしい。だが。無理を言って協力してもらった。

 場所は平尾周辺。住宅街。最後ハート・スナッチャーが現れた地域だ。

 

「こんな見え見えの罠に掛かるのかね?」私は傍らにいる成田くんに言う。

「…やらんよりはマシってところじゃねえの?」

「ったく。これだから祓い屋は」嘆息。だが。この嘆息は前より大きい。なにせ飯を食うや食わざるかの問題であり。

「しゃあねえべ」成田くんは言う。

 

                ◆


 最近は。俺のテリトリーから獲物が消えている。

 まあ、そりゃそうだろう。アレだけ派手にやれば普通の人間だって警戒はするだろうさ。

 俺はある程度腹を満たしているから。少しの間は食わずに生きていける。


 さあ。明日も仕事をこなすか…と帰っていたら。

 前、犯行を行った公園にホームレスが寛いでいる。

 明らかな罠。こんなもんに引っかかる俺ではない…

 が。

 何が出てくるか?恐らくは警察だが。俺にかかれば。警察など物の数ではない。

 

 俺はホームレスに近寄って。声をかける。

「よ。おじさん。何してんだ?」

「…何もしてないさ」彼は言う。

「良ければ。話をしないか?酒買ってくるからよ」

「…良いが」

 さて。ここまで、相手の罠に乗ってやったが。何が出てくるのだろか。

 

                ◆

 

「いやあ。やってみるもんだね」私は言う。

「まさか一発目でヒットするたあ」成田くんは驚いている。

「よっぽど相手さんは自信があると見えるね」

「だな。明らかな罠に掛かってくるなんて」

「ちったあ、覚悟していいきますか」私は立ち上がる。

「だな」成田くんも立ち上がる。

 

               ◆


 俺が酒を買って公園に帰って来ると。

 ホームレスの傍らに人影。警察の阿呆かと思えば。一般人であり。

 俺はおののく。心臓が3つ。さて。この勝負に俺は勝てるかな。


 人影の一つは背の低い女。

 もう一つは大学生くらいの男…カップルか?

 いや。こんな現場にノコノコ現れる阿呆はいないだろう。


「よお。ご両人?」俺は声をかける。

「うっす。サラリーマン。何してんのさ?」女の方が尋ねる。

「ん?そこのおじさんと酒でも酌み交わそうとね」

「…」

「俺はただの一般人…あんまカリカリしないでもらいたい」明らかに向こうは剣呑けんのんじゃない雰囲気をただよわせている。

 

「あーあ。面倒だから。敢えて聞こう。君。例のシリアル・キラーかい?」

 

「はは。何の冗談だか」俺は女に問い返す。

「冗談も糞も。最近起きてるホームレス連続殺傷事件。お前の仕業なんだろ?」

「だとしたら?どうするつもりかな?」

「んー?捕まってもらうかな。もしくは。祓われてもらうぞ」彼女は言うが。祓う?どういう事だ?

「祓う?俺が悪霊か何かだとでも?」

「実際。被害者は心臓をくり抜かれて死んでる訳で」

「だから?俺が化物だとでも言いたいのか?」

「ああ。ハート・スナッチャーさんよお」

 

                   ◆


 私は相対する。恐らくは事件の犯人であろう男と。

 彼は30代半ばのサラリーマンの格好をした男であり。

「…かかってきやがれ。ハート・スナッチャー」私は煽る。こういう手合は煽るに限る。

 かの男は。無言で私を睨みつけている。

 傍らには成田くん。この状況を固唾を飲んで見守っている。


 彼はしばらく逡巡しゅんじゅんすると。私に向かってくる。

 私はいつも通り両掌りょうてのひらを打ち鳴らし。方陣を描いて、彼の腕を止める。

「単純おバカなの?君は?」私は問う。煽りの一環。これで向こうがムキになれば隙も生じようが。彼は私の煽りなんぞ気にしてもない。ただ。距離を取って私を見る。

「…面白い」彼は言う。

「面白がられるたあ。心外だわなっ」私は方陣を解き、彼の方に突っ込んでいく。

「新藤の阿呆!」成田くんが後ろで言うが。こういう勝負はしかけないと始まらない。

 私は掌底しょうていを彼の腹に打ち込もうとするが。

 彼はサッとかわして。私の胸元に腕を突っ込んでくる。

「おっと。危ね」私は何とか躱し。

 

 睨み合いになる。

 距離をとっての睨み合い。

 私もやっこさんも手を出しかねている。

 

「いやあ。今晩は面白い!」彼は叫びだす。

「…余裕綽々しゃくしゃくだなあ」私は感心を通り越している。肝が妙に座ってやがる。やっぱ怪異は何処か人間とずれているなあ。

「取るか取られるか?命のやり取り!俺が勝てば心臓は3つ!」

「させる訳ないじゃんねっ!」私は突っ込んで行くが、躱されて。

「さあさあ。そこの君も参加し給えよ」今度は男が成田くんに突っ込んでいく。

 成田くんは何とか身を躱して、かの男にパンチを放っているが。躱されて。

 

 こりゃあ。膠着ってヤツだな。

 どっちが先に体力をなくすかの勝負だ。

 

                 ◆


 俺は久々にスリルを味わっている。

 かの女達は俺に立ち向かってき。俺はそれを調理する。

 俺は怪異で。そこらの人と比べてれば。雲泥の体力差がある。

 だが。彼女たちもしぶとい。

 だからこそ。この勝負は面白い。

 ただ。奪うだけの日々には飽き飽きしてたんだ。

 奪うのであれば。全力で相手を叩き潰す。

 これが弱肉強食の世界ではないか!

 ああ。面白い。

 

 彼女はいくらか掌底を放ってきており。俺はそれを避け、彼女の心臓を狙う。

 その合間に。男の方の相手をして。

「さあさあ。祓ってみやがれ!」俺は叫ぶ。

「ったく。しつこいじゃん…」彼女は疲れ気味で。

「この程度で根をあげるとは」

「一般人だってのに」

「しかけて来たのは君たちだろう?」

「そらそうだが」

「さあさあ。もうお終いかよ?」

 

 ああ。これで3つの心臓は我がものだ…

 

                 ◆


 私は窮状に陥っている。

 まさかここまで手強いとは。

 成田くんも疲れてきているらしい。

 まったく。勝負ってのはうまくいかないもんだ。何時だって。

 

 何時だって負けてきた女である。勝ったことは掌で数えられるほどしかない。

 だが。この勝負には勝たなくてはならない。

 さあさあ?どうする私…なんて余裕をこいてる場合でもなく。

 私は彼を睨みながら考える―この盤面をひっくり返す一手を。

 

 私にはアドバンテージがある。

 単純に2対1なのだから。成田くんとの連携プレーでどうにかしたいところである。

 しかし。成田くんは私と距離を取ってしまっていて。

 ああ。毎度の事ながらうまくいかん。

 さっさとケリをつけたい。じゃないと心臓を取られちまう。

 彼は私を睨みつけていて。後数瞬したら突っ込んで来るだろう…

 

 ああ。一個思いついた。手垢の付いた手だが。

 この手しか私にはない。リスキーだがやってみるしかあるまいて―

 

                ◆ 


 女は動きを止めて。

 俺を睨んでくる。彼女は頭を必死で回転させているのだろう。それが手に取るように分かる。

 だが。無い知恵は回さない方が楽だぞ―

 俺は突っ込んでいき。彼女の胸に手を伸ばす。

 彼女は避けるかと思いきや―

 避けない。俺の腕は彼女の胸の中に沈みこむ。

 そして彼女は俺の腕を掴む。

「成田くん!今だ!!」彼女は助けを呼んでいて。

 俺はすかさず心臓を抜こうとするが―

 

                  ◆


 そう。

 私は私を囮にして。彼を捕まえた。後は成田くんが心臓を掴めば良い。相手の。

 私の心臓が掴まれているのを感じる。

 そして引き抜かれようとしているのを感じる。

 だが。大丈夫だ。成田くんなら―


 成田くんは私達に真っ直ぐ突っ込んで来。

 男の懐に入り。男の心臓を掴む。

 前に見た歪なトライアングルは完成し。この状況は変わった。

「…抜けるもんなら抜いてみやがれ」私は男に言う。

「…まさか。連れさんがだとは」男は言う。

「これでこの勝負はお終いだぜ?ハート・スナッチャー?」成田くんは言う。

「同族めが。やってくれやがる」

「さ。抜けよ。新藤から腕をな」

「しょうがあるまいて」男は私の胸から腕を抜き。

「…やけにあっさり引き下がるな?」成田くんは問う。

「俺は。この勝負に負けた。これでもう狩られる側だ」

「…」

 

                   ◆


 私達は。警察を呼び寄せ。

 事件は幕を閉じる。ハート・スナッチャーの男は妙に素直に警察に従っていた。

 

「いやあ。死ぬかと」私は零す。

「お前…バカじゃねえの?」成田くんはここぞとばかりに私を罵倒。

「…だって。あの手しか思いつかなかったし」

「自分の命をかけるんじゃない」

「いいや。君がいたからね。勝負には勝つと思ってたさ。私だって勝てない勝負をする程アホじゃない」

「…どうだか」

「…ま。臭い台詞だが。信じてたぜ?なりちんや」

「そいつはどうも」

「しっかし。やたら諦めのいい男だったね?」私は不思議である。あの場から勝負をひっくり返す事も出来なくはない。少なくともゼロの可能性ではなかった。

「…僕はなんとなく分かるぞ?」

「どういう事?」

「アイツはあくまでさ。世界と」

「…男の美学ってやつかな」

「そういう事かな」 

「…阿呆だな。男は」

「そうでもないさ」 

 

                   ◆ 

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『勝負に勝たなければ。生き残れない』 小田舵木 @odakajiki

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