第4話 東京
何とか無事に飛行機には乗る事ができ東京へ辿り着いた。まずホテルにチェックインした後、翌日の即売会に備えて持ってきた本などの準備を行う。そして眠りにつき翌日。誠司は一時間も早く現場に向かったのだった。
「ここで待ち合わせか……」
ネットで出会った人と初めて会うのだ。ソワソワしながら待っている。その間にダイレクトメッセージでのやり取りを確認しているとタルコフさんとのやり取りが目に止まる。
『今日絶対買いに行きますね!』
タルコフさんまで来るのだ、様々なネットの知り合いがやって来るという事で緊張が高まる。すると……
「誠司魔Ⅱさん?」
目を上げるとそこには誠司より少し背が低い小太りの青年が立っていた。
「どうも、山中スバルです」
その見た目はイメージと大幅に違った。もっとスラっとした文学青年のようなイメージがあったのだが。
実際の彼は少し厨二病で格好つけたようなオタクといった雰囲気だ。
「どうも誠司魔Ⅱです」
軽く挨拶を済ませると設営を教えてくれる事になった。
「じゃあ中入りましょうか」
外で待ち合わせをしていたため会場内に入るとそこはとても広い場所だった。
「ここですね」
その中のひとエリアで立ち止まるスバル。どうやらここが自分らの販売場所らしい。思ったより狭いが。
「じゃあみんな来るまで設営しちゃいますか」
一番乗りだった誠司はスバルと共に設営を開始。その際に自身の本を並べて様子を見てみる。
「こんな感じか……!」
本当に店みたいだった。プロの仕事をしているような気分になり気持ちが高まる。すると……
「あ、他のメンバー来たみたいですね」
そこにゾロゾロと後からやってきたサークルメンバーが集まって来た。
「うぇ〜い」
どうやらスバルと他のメンバーは長い付き合いのようでフランクな雰囲気である。誠司も軽く挨拶を済ませるが初対面な分、対応の差は否めなかった。
(まだ他人みたいだな……)
確かにこの間まで他人で今は初対面なのだから他人行儀になるのは仕方ないだろう。ならば少しずつ距離を縮めていけば良いのだ。
☆
こうして即売会がスタート。波のように客が押し寄せてきた。
「凄い数ですね、これならたくさん売れるかも?」
驚きの気持ちをそのままスバルに伝えると少し塩顔でこんな事を言われた。
「まぁ新作は基本みんな手に取ってはくれますね」
キザで上から目線な言い方が少し腹立つがそこは先輩なので経験の差として目を瞑った。
そして次々と客が来る。もちろんこのサークルの所にもスバルや他のメンバー目当てで買いに来る人がいた。
「スバルさんお疲れさんです」
「おー来てくれたんだ」
長い付き合いのような反応を見せる彼ら。客はスバルの本を手に取ってパラパラと中身を見る。
「これ新刊ですね、やっぱりスバルさんの文章には独特な繊細さがあると言うか……」
そして一通り見た後に言う。
「これ買います」
「あざっす、500円になります!」
スバルの新刊が売れたのだ。1000円を受け取って500円を返すその素振りはもう手慣れたもの。
「その方は新入りの方?」
するとその客が誠司の顔を見た。
「ん?そうそう、これが彼の本」
スバルもそう言って誠司の書いた本を渡した。客はその本をパラパラと見ていく。
「ドキドキ……」
誠司の心臓ははち切れそうだった。今まで賞賛のコメントは貰ってきたが実際に自分の小説を目の前で読まれるというのは初めてだから。
「なるほど、じゃあこれで」
しかしその客はすぐに誠司の本を元の場所に戻し買わずに去っていった。
「ありがとうございましたー!」
スバルは満足気にしているが誠司は少し唖然としている。
(あれ?買われなかった……)
呆気に取られているが今回たまたまかも知れない。他の客はきっと買ってくれるだろう。そう考え気を取り直した。
☆
しかしその後も一向に誠司の小説は売れる気配がなかった。スバルや他のメンバーの小説は着々と売れていっているのに対しスバルのものは新作だからといって手に取ってはもらえるもののそこから一歩踏み出し購入してくれる者は一人も現れないのだ。
「はぁ……」
落ち込む誠司にスバルが少し気を遣って言う。
「まぁ最初はそんなもんですから……」
しかしスバルも疑問に思っているようだ。流石にここまで売れないとは何か理由があるのではないかと疑う。
「よいしょっと」
少し客が引いた間に誠司の本を一冊手に取り読んでみた。当の誠司はスバルが読んでくれている事に気付かず落ち込んでいる。
「あー、なるほどね……」
そしてスバルは何か納得したように言った。
「文章に粗があり過ぎるな、これじゃあ誰も読んでみたいと思わないよ」
突然タメ口になり本を元の場所に戻す。タメ口になった事は誠司はこの時少し疑問に思ったが触れなかった。
「え……?」
「文法が変な所あったしそもそも小説を書く上でのルールがほとんど守れてない」
「で、でも俺は文より中身のストーリーを……」
「読んでみたいって文じゃないとそこまで見てもらえないんだよ」
正直文に関しては自信がなかった、というか考えていなかった。誠司はただストーリーを意識して書いただけだと言うのに。映画ばかり見て学んだ分そこが仇となったのだ。
「映画たくさん見てストーリーの勉強はしたんでそこに関しては自信あるんですけど……」
「あのね、ここは文学のイベントなの。ストーリーは二の次」
そのような言葉に驚愕する。そもそも本と映画では求められるものが違ったのだ。
「マジかよ……」
その後もなかなか買われないまま時間が過ぎ去っていく。即売会の時間もあと少しとなった。
「はぁ……」
ため息を吐いて最悪な結果を持ち帰るしかないのか。そう思った時。
「あ、誠司魔Ⅱさんいますか……?」
そこにやって来たのは背が高くガリガリの、いわゆるヒョロ長というに相応しい男性だった。見覚えのない人だが誠司はすぐにそれが誰か分かった。
「……タルコフさん?」
「そうです、貴方が……!」
自分を見るなり目を輝かせてくれる。少し救われた気がした。
「おぉ、これが誠司魔Ⅱさんの……!」
そう言って本を手に取りすぐに財布を出した。
「これ買います……!!」
こうして誠司の本は一冊だけ売れて即売会は終了した。
☆
その後、誠司とタルコフは2人で打ち上げがてら安い居酒屋に入った。実際に会うのは初めてだが同じ状況だったスバル達と違い彼とはすぐに打ち解ける事ができたのだ。
「いや〜あの物語を紙で読めるなんて……!」
彼は何度も誠司の物語を読んでくれているがこうして本として自分の手で捲り読んでいく事に感激している。
「でも全然売れなかったです、スバルさん曰く文章がちゃんとしてないとストーリーは見てもらえないって……」
しかし誠司はまだ落ち込んだままだった。スバルに言われた事と売れなかった事が胸に痛みとして残っている。するとタルコフは慰めるためだが正直な意見を口にした。
「いや、オレあの人の小説読みましたけど文章が綺麗なだけで中身スカスカですよ。その分誠司魔Ⅱさんのは面白いんだよなぁ」
誠司の物語を褒め称える。
「きっと実体験も含まれてるでしょ?作品の中に血や肉が通ってるから読んでて深いですよねぇ……」
母親への恨みを乗せたのが響いているようだ。
「オレも鬱病なんですよ、だからこういう気持ち本当よく分かって……」
それは初耳だが共感を得られるようなものが書けたという事か。
「なら良かったですけど……」
「どうかしました?」
しかし誠司は不満そうな顔を見せているためタルコフは聞いた。
「俺、映画とか一人じゃ作れないから小説って媒体を選んだんですけどそれじゃあ全然良いと思ってもらえないんだなって、現にあれからいいねもコメントも止まってる……」
その言葉を聞いてタルコフは励ましの言葉を口にした。
「でも読んだら物語は面白いですよ! 自信持ってください!」
そう言ってくれるのは有り難いのだが。
「まぁ、そうですよね……」
完全に自信は取り戻せずにいた。一人の意見と大勢の行動、どちらの方が正解に近いかと言われれば後者の方だろう。それが否めず誠司は不安な気持ちのまま家に帰る事となる。
☆
殆ど売れなかった大荷物を重そうに抱えながら帰宅すると玄関に靴がもう一つあった。見た感じ老人が履いていそうなものだが。
「ただいま……あれ、婆ちゃん?」
リビングに入ると祖母が来ていた。母親が連れてきたらしい。ソファできなこと戯れながら出されたお茶を飲んでいる。
「誠司、東京行ったんだって?」
「うん、今帰った」
しかし何処か浮かない顔をしている誠司を見て祖母は心配そうな声を出す。
「どうしたのそんな顔して、元気になって来たって聞いて来たのに……」
なんと自分に会いに来たと言うのか。するとキッチンの方から料理をしている母親が顔を出した。
「どうしてもって聞かなくて、もう一人分ご飯作らなきゃいけないしこっちが大変なのに……」
ため息を吐きながらいつものようにぶつくさ文句を言いながら料理をしている。するとそんな態度を見た祖母が母親に物申した。
「そんなこと言って、私が若い頃はもっとみんな働いたんだよ? 今みたいに色々便利じゃないからもっと大変だった……!」
すると二人の口喧嘩が勃発する。
「だからってそんな偉そうに図々しくしないでよ、ただでさえアンタの面倒見るの大変なんだからさ」
「それくらい耐えられないでどうすんのさっ」
「はぁ本当ストレス、ただでさえ仕事終わりで疲れてるのに……」
確か母親は今日も仕事だった。そのうえで祖母の面倒を見ながら家事までしている。
「それで? 東京はどうだったの?」
話題を変えるために母親は誠司に東京の話を聞いた。しかし当の誠司は雰囲気が暗い。ただ疲れているだけという訳ではなさそうだ。
「いや、あの……」
その声色で母親は嫌な予感を察知する。
「全然売れなかったよ……」
やはりそうかと言わんばかりに母親は言った。
「ほらやっぱり。そんなに落ち込んで、期待するなって言ったでしょ?」
しかし誠司は言い返したかった。
「でもやっと見つけた一生懸命になれる事だから……」
「はぁ……」
それを聞いた母親はまた更にため息を吐いて料理を再開した。
「本当ストレス……」
そのままの暗い雰囲気のまま祖母も一緒に夕食を食べていく事となるのだが結果は目に見えていた。
つづく
後悔 甲斐てつろう @kaitetsuro
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