第3話 投影
その日バイトで返却されたDVDを棚に戻しているとある変化を見つけた。
「なんすかこのコーナー?」
見知らぬ特集コーナーが設置されていたのだ。看板には"ネット小説原作"と書いてあるが何の事だろうか。
「書いてあるじゃん、ネット小説が原作って」
「ネットでやってる小説って事っすか?」
「俺もよく知らんけど素人でも誰でも書いて投稿できるやつらしい。YouTubeもそうだけど誰でも才能を活かせる時代が来たねぇ」
その話を聞いて少し興味が湧いた。素人でも何かを投稿し有名になれるこの時代。少しやってみても良いかもしれない。
「どうしよう、俺もやってみようかな?暇なので」
「いいんじゃね?誰でもどうぞってのが強みだろうし」
「ですよね……」
そしてしばらく考えながら店の状況を見て決意した。
「あの、今お客さま少ないし俺がこれ借りていいですか?」
「え?いいけど……」
突然の事だったので先輩も困惑するがレジに案内し誠司にネット小説から映画化したDVDをジャンルごとに5本借りさせた。
☆
その日家に帰ると誠司は借りて来た映画をジャンルごとに5本夜通しで見続けた。参考になるところは忘れないようにメモをしながらしっかりとストーリーも把握していく。
「はぁ眠い……」
そして朝になり聖良が起きて来た頃には映画を全て見終えていた。今度はメモをしたノートにそれぞれの映画の構成を場面ごとに分けて書いていく。こうする事でそのジャンルに合った構成など自分にも出来そうな事を見つけて行くのだった。
メモにはそれぞれの映画の面白かった部分、つまらなかった部分など細かいところまで書かれている。最終的に総合評価を下したのだが1番点数が高かったのは……
「ヒューマンドラマか」
個人的にそれが好きなジャンルなのだと分かった。確かにテレビなどで映画が放送されたり時折りDVDを借りて見ている中で好みなのはヒューマンドラマのものが多い。
「じゃあやってみるか」
メモをまとめて何となく物語の流れが浮かんだ誠司はパソコンを操作しネット小説のサイトを開く。そこから投稿画面に移りジャンル設定を"ヒューマンドラマ"にした。
☆
いつも通り母親が帰ってくるときなこが嬉しそうにしている。しかし母親はリビングの違和感に気付いた。誠司がいないのだ。不思議に思いながら誠司の部屋へ行くと煙草の臭いが充満している。
「うわ何これ」
そして扉を開けると誠司が煙草を片手に何か考えるような素振りでパソコンの画面を見ていた。
「んー、何か足りない……」
煙草を勢いよく吸いながら何かを悩んでいる様子だ。
「え、何してんの?」
「あぁいや、何でもないよ」
小説を書いているなんて恥ずかしくて言えない。そのため誤魔化した。
「もしかして仕事探してんの⁈」
嬉しそうな顔を浮かべる母親。しかし誠司はそれも否定し期待を裏切った。
「別にそれでもない……」
「なぁんだ」
そう言って残念そうに母親は部屋を出て行く。いつも仕事しろ仕事しろばかりうるさい母親にまたイライラしてきた。
「あ」
そこである事を思い出す。今自分は小説の物語に何か一つ要素が足りないという事に悩んでいた。そこで読者の共感を得られるように嫌なキャラクターのせいで悩んでしまうという要素を追加した。
「これだ……!」
すると無限にアイディアが降りてくる。ストレス発散に頼っていた煙草の火を慌てて消して誠司はキーボードを叩きまくった。すると自分でも驚くほど初めてとは思えないクオリティの物語が出来上がった。
「まだ始まりだけど……」
冒頭の掴みに過ぎないがメモにそこが大切だと書いたのでその場面にこそ力を入れた。
他の小説を見るに1つの物語でも長くならないように何話かに区切って投稿している様子が多い。そのため誠司も一旦冒頭だけ試しに投稿してみる事にした。
「よし、投稿完了」
さてどれほどのものだろうか。読まれやすい時間帯も調べて投稿したため後は自分に実力があるかどうかだ。
「あ、そうだ」
SNSでも投稿したと宣伝しておこう。そこから見てくれる人も増えるだろうから。
その宣伝も完了させ後は通知を待つだけとなった。
「あ、バイトだ」
その時は仕方なくバイトに向かう事にした。終わった後にどれだけ伸びているか見ものだ。
☆
「ふぃ〜」
そしてソワソワしながら帰ってきた。早速パソコンの通知を見る。その数にどんな反応を見せるのか。
「お、お……?」
なんといいねが20件。このサイトの映画化されるようなベテラン作品と比べれば陳腐な数字だが初にしてこれは良い出だしではないだろうか。新作急上昇ランキングにも60位として載っているらしい。
「これは凄いのか……?」
しかし正直なところ本当に凄いのかどうか良く分からない。なので数件来ていたコメントを読んでみる事にした。そこに書かれていた内容は。
『読みやすかったです』
『なかなか良い出だしではないでしょうか?』
そのようなシンプルに褒めてくれる感想がいくつかあった。流石に照れ臭くて少しニヤけてしまう。そしてそんな中であるコメントを見つける。
『とても素晴らしかったです!この物語は作者さまの人生がかなり投影されているのではと感じるほど生々しくリアルでした!続きが楽しみです!』
こんな長文でお褒めの言葉をくれるなんて。ついつい嬉しくなってしまいその人にコメントを返した。
『ありがとうございます、よければSNSの方もフォローよろしくお願いします!』
するとすぐにこう返事が。
『もうしてますよ!』
確かにフォロー欄を見るとその名前がある。彼のSNSでの名前は"タルコフ"。彼と相互フォローとなりこれから関わって行く事となる。
☆
『オレ完全に誠司魔Ⅱさんのファンですわ!』
このようなやり取りはもう何度目だろう。ちなみに誠司魔Ⅱというのは誠司のアカウント名だ。
先日まで何もなく鬱に耐えながら死んでいないだけの自分にファンだと言ってくれる人が現れるなんて。噂以上だネット小説……!!
『すぐに続き書くのでまた感想ください!』
一度承認欲求が満たされてしまえばまた次が欲しくなる。褒められた経験の少ない誠司はすぐにまた続きを書き始めるのだった。
そこへ扉が開き母親が顔を出す。
「もうご飯だけど、ずっとパソコンやってるの?」
そこで思い付いた。最初は上手く行くか分からなかったため言えなかったがファンが付いてくれれば怖いものはない。母親にネット小説の事を話すことにした。
「見てよコレ、全部俺宛のメッセージだよ」
そこには賞賛のコメントが。タルコフさんのものを1番強調して見せる。
「え、小説とか書いてんの……?」
少し引くような目で見てくる母親が忠告をしてくる。
「あんま期待し過ぎないようにね。プロになれるとかは考えない方が良いよ、また鬱ひどくなるから」
いきなり読みもしないで嫌な忠告だ。せっかく元気になりかけていたのにまたネガティブな気持ちにさせる。
「分かってるって……」
しかし反論は出来ずに我慢しその場を逃れた。
☆
その後部活から帰って来た妹の聖良に相談をしてみた。彼女は母親に対する不満を語れる唯一の理解者だから。
「読んでない人の批判より読んでくれてる人の賞賛を信じなよ」
こんなアドバイスをくれる。
「やっぱそうだよな」
「一日でそんな読まれたんでしょ?才能あるって事じゃん」
「そう思う事にする」
そう言って頷く兄の顔を見て聖良は少し微笑んだ。
「顔色よくなったね」
「え、そう?」
「うん。前はゾンビみたいだったけど」
「それは言い過ぎだろ……」
しかし毎日顔を合わせていた聖良が言うのだから間違いないだろう。
「やっぱ小説書いてるお陰?」
そう言われて自分の本心をまた語る。
「今まで母さんに褒められようとしてダメだったけどさ、そのぶん今小説を読んでくれてる人達に褒められて嬉しいんだよ」
そう、母親が褒めてくれなかった代わりを今の読者たちが担ってくれているのだ。
「そっか、アイデンティティになると良いね」
「うん」
こうして誠司は小説を書き続ける事に力を注ぐ事になった。活気が徐々に現れるようになりバイト先や家でも少しずつ元気を見せている。それは間違いなく小説を書き始めたお陰だろう。このアイデンティティを胸に精進していきたい。
「そいえば最近煙草吸ってないね」
「今までは煙草がストレス解消だったからな」
しばらく煙草を買ってすらいない。前に吸っていたものがまだまだ残っているが減る気配もないのだ。
「今は小説にストレスぶつけて解消と更に回復まで出来てるよ」
「だから作品に血や肉が通ってるって言われるんだ? お母さんへの恨みが効いたね」
「あんま言うな」
しかし本当に小説のお陰で回復が出来ている。変に嫌な事が起こらなければいいが。
☆
そんなある日SNSを見ているとこんな書き込みが。
『貴方の小説を本にして販売しませんか?同人サークルメンバー募集中!』
サイトをよく見てみるとネット小説家として活動している者に参加資格のあるサークルだという事、即売会などに参加し直接本を販売できるという事が分かった。
「これだ!」
気がつくと記載に書いてあった通りSNSアカウントのダイレクトメッセージで応募をしていた。ドキドキしながら待っていると通知が。
『メンバー全員で話し合った結果、誠司魔Ⅱさんの加入を許可する形となりました!』
なんとメンバーがしっかりと認証してくれたようだ。やった、これで更に自分は褒めてもらえる。
☆
その後はサークル"未来哲学"のリーダーである山中スバルという男にダイレクトメッセージで教えてもらいながら製本のやり方を学んだ。そして依頼をし自作小説が遂に本となって自宅に届いたのだ。
「すげぇ……!」
背後から聖良も覗いて目を光らせている。それをスバルさんに報告するとこんな返事が。
『次の即売会きます?』
そうだ、来月に東京で即売会があるのだ。
「飛行機とホテル取らなきゃ!」
慌ててパソコンに向かい飛行機とホテルを予約しようとするがここで問題が。
「うわ」
「どーした?」
「本作っちゃったからお金ない……」
一日四時間のバイト代だけでは冊子を作るのだけでお金が飛んでしまった。
「えーどうすんの⁈」
「これは……」
一つだけ考えが頭に浮かぶが果たしてこれは許されるのだろうか。念のため試してみる事に。
「ただいま〜」
母親が帰ってきた。いつものようにきなこが喜んでいる中に便乗して顔を出す。
「あれ、どうした……?」
いかにもな低姿勢の息子に少し嫌な予感を覚える。警戒しながら尋ねてみると案の定頼み事をされた。
「あの、来月急に東京に行かなきゃいけなくなって……」
「はぁ?来月ぅ?」
「お金がなくて……必ず返すから!」
「えぇ?!!」
流石に予想以上の頼み事だったため驚愕した。
「お願い、本売りに行くんだよ。稼いだお金で返すからさ……っ!!」
「いやでもさ、いきなり大丈夫なの? それにそんな稼げる?」
必死に頼み込むが母親は心配が勝るようだ。
「一生懸命になれるものあればって言ったじゃん、やっと見つかったんだよ……!」
「だけどなぁ……」
頑張って説得するがまだ母親は悩んでいるようだ。
「……わかったよ」
仕方なくクレジットカードを取り出し番号を入力させる。
「絶対コレで買い物とかしないでね?」
「しないからっ!」
そして東京行きの飛行機とホテルの部屋を予約すると母親はため息を吐きながら再度警告をした。
「あんた今多分ね、躁鬱の躁になってるから後先考えずにやってるんだろうけど本当に気をつけてね……?」
その言葉には非常に重みがあった。
「う、うん……」
その圧に負けたのか他の感情があったのかは分からないが誠司は言い返すことが出来ずそのまま黙り込んでしまった。
しかし何だろうかこの胸の奥に少し残るしこりは?
つづく
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