最終話:私が結婚したいのは

「おい、待て。それはずるいぞ!」


 もう一人の男が慌てて肩を掴んで押しのけた。


「なにしやがる!」


「俺にだって権利はあるんだ!」


 男たちは私そっちのけで口論を始めてしまった。


 そのとき、外で何かが破壊される大きな音がした。

 続いて剣がぶつかり合う音がして、たくさんの人が走り回る音が近づいてくる。

 真っ先に駆けつけてきたのは青蘭だった。


「貴様らそれ以上、理央に近づけば斬る。命が惜しくばこの場から去れ」


 素人の私でもわかるほどの鋭い気迫だ。それが自分に向けられたものではないとわかっていても本能的に震えがくる。

 龍の紋が彫りこまれた剣の切っ先を目の前に向けられた男たちは、ひぃっと情けない声をあげて腰を抜かしたまま這いずって部屋の外に逃げていった。


「理央、怪我は無いか⁉」


 青蘭が慌てて私の拘束を解いてくれると、気が緩んだのか自然と涙がでてきた。


「青蘭さま……」


「もう大丈夫だ」


 青蘭は私を強く抱きしめた。

 じんわりと体温が伝わり、彼の上品な香りに包まれると安心して何もかも委ねたくなる。

 そう、きっと私が欲しかったのは貴方の温もりだった。

 これはもう言い逃れできない。


「青蘭さま、あなたを愛しています」


「……!」


「私、他の人と結婚なんてしたくない。青蘭さまじゃないと嫌です」


「――理央、私も其方を愛している」


 澄んだ青い瞳が私を映し、彼は感極まったような声で言葉を紡いだ。


「皇帝としてではなく、ただ一人の男として生涯、理央を愛すると誓おう。どうか我が伴侶になってくれないか」


「青蘭さま……」


 私たちは、どちらからともなく自然と唇を重ねた。


 青蘭と一緒に部屋を出ると、誘拐犯たちが拘束されて兵士に連行されていた。

 飛翔と黒曜が私たちの姿を見て駆け寄ってくる。


「理央! 無事だったか!」


「ぐすっ、理央、ごめんなさぃ……僕が、僕が……外に行こうって言ったから、理央が……うわぁぁぁん!」


 黒曜の目は真っ赤に腫れていた。相当酷く泣いたらしい。


「大丈夫よ。助けに来てくれてありがとう」


 私は黒曜を抱きしめて背中をぽんぽんと軽く叩く。

 ――さぁ帰ろう。優しくて温かい私たちの宮殿いえに。



 私を攫ったのは、若い娘を娼館に売り飛ばして金を得ている悪党たちだった。

 そのような誘拐が横行しているというのは宰相たちの耳にも入っていて、密かに捜査して摘発を計画していたところだったという。


 悪党たちの女主人は、たまたま攫った娘が龍の巫女だったので龍の巫女と結婚したがっていた男たちの誰かに売るつもりだったらしい。

 幸い「緑色の宝石が付いた美しい髪飾りを付けた身なりの良い娘が攫われるのを見た」という証言があったおかげで早く見つけることができたそうだ。


「理央さまの御身が無事で本当にようございました」


「心配かけてごめんなさい」


 宮殿に戻り、私たちは宰相に報告をしていた。


「黒曜さまから理央さまが居なくなったと聞いた時は、寿命が縮んだかと思いましたわい」


「まったくです。しかも青蘭さまが自ら指揮をとると仰るし、私も心労で寿命が縮みそうですよ」


 宰相の隣で翠蓮がぼやく。美しい彼の瞳は疲労で充血している。相当心配をかけたのは間違いない。


「すまない。どうしても、じっとして居られなかったのだ」


 青蘭の言葉に翠蓮は何も返せなくなったのか、目を閉じて眉間にしわを寄せる。

 それを見た飛翔が話題を変えるように口を開いた。


「それにしても、理央の正体を知った上で売り飛ばそうだなんてとんでもねぇ奴らだよな。今度は理央を狙って誘拐する奴も出てくるかもだし、もっと警備を強化した方がいいんじゃねぇかな」


「そのことについてなんだけど……」


 私は恐る恐る、申し出た。


「もし私が結婚しちゃえば、皇帝になりたかった人たちも諦めてくれるかな?」


「そりゃぁ諦めるんじゃねぇか? って、えっ?」


「理央さま、どういうことですか?」


 不思議そうに彼らが訊ね返したので、私は青蘭の方を見た。

 彼の澄んだ瞳が優しく見つめ返す。

 報告するなら今だよね。


「えっと、その……青蘭さまと…………結婚する約束をしたの」


 ――あぁ、恥ずかしい。顔が熱い。


「おお、ついに決意されたのですか!」


「お相手が青蘭さまとは、これは喜ばしい!」


「おいおい、今度は祝いの準備が必要じゃねぇか! 寝る暇がねぇな!」


 皆、想像以上に喜んでくれている。その光景を見て、黒曜が愉快そうに笑った。


「理央がちゃんと自分の意志で選んだことだし、相手が青蘭なら皆も納得できるよね。まぁそれは僕もなんだけど」


「黒曜……ごめんなさい」


「謝らなくていいよ。それに理央と結婚しなくったって僕はずっと理央と一緒に居るつもりだからね!」


「俺だってこれからも変わらず理央を守るからな!」


 飛翔が、にいっと大きく口の端を上げる。


 結婚したら家族のような楽しい時間が終わってしまうんじゃないかって不安で動けずにいたけど、それは私のとりこし苦労だったみたい。

 これからも変わらずこの賑やかで幸せな日々は続く、そんな予感がした。


 温かい皆の笑顔に晴れやかな気持ちになった私は、青蘭と顔を見合わせて微笑んだのだった。

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【完結済】皆から愛される龍の巫女は想い人を決められない 白井銀歌 @ginkasirai

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