第21話:連れ去られた龍の巫女
伴侶を決めないままに宮中でのんびり暮らす毎日。
それが意外な形で終わりを告げたのは、私がこの世界に来てから一年が経ったある日のことだった。
「ねぇ理央、宮殿の外に出てみない? 街でお祭りがあるんだって。皆が話してたよ」
黒曜はたまたま宮殿の外で祭りが開催されているのを知ったらしい。
「じゃあ、翠蓮さまに行っていいか聞いてみる?」
「それだと自由に見て回れないし嫌だなぁ」
黒曜は不満げに呟く。
今までにも宰相や翠蓮たちが宮殿の外に視察に行くのに付いていったことはあるけども、いずれもちゃんと護衛が付いている状態で出かけていた。
確かに、護衛が居る前提なので自由に動き回れる状況ではない。
「二人でこっそり行かない?」
「それは駄目よ。危ないでしょ」
「すぐに戻ってくれば大丈夫だよ。僕ね、この間、麦の散歩中に外に出られる抜け道を見つけたんだ」
渋る私の手を引いて黒曜は宮殿の裏手に連れて行く。
「ほら、この壁。大きな石で塞いであるけどこれを除ければ通れるんだ」
そう言って黒曜は石を両手で持ち上げて退ける。見かけによらず力持ちなのは正体が龍だからなのだろうか。
石を退けると、女性や子どもなら通れそうな穴があった。
「ほら、行くよ!」
「ちょっと黒曜、待ってってば!」
私が止めるのも聞かずに彼は先に行ってしまう。
黒曜一人で行かせるわけにはいかないし、しょうがないので私も付いていくことにした。
祭りは龍の加護と豊作を祝う祭らしかった。
詳しいことはよくわからないけども、賑やかに飾り立てた露店が立ち並び、たくさんの人々が集まっている。
「わー、すごいね!」
黒曜は大喜びでどんどん人が多い方に行ってしまう。
うっかりすると見失ってしまいそうだ。
そして、彼を追いかけていたはずなんだけど。
私は突然、布で口を覆われてそのまま何者かに抱えられた。
助けを呼ぼうと声をあげるが、祭りの喧騒にかき消されてしまったようだ。
何者かはそのまま布を口に噛ませ、私の目を布で覆い、両手を縛り手際よく籠に詰め、私をどこかへと連れて行く。
目が覆われているので詳しくはわからないが、恐らく荷物のように偽装しているのだろう。私は籠ごと馬車に入れられた。
そのまましばらく馬車に揺られて少しすると籠ごと降ろされる。
目隠しを取られて、そこがどこかの倉庫らしき場所であることに気付いた。
私の目隠しを取ったのは化粧の濃い年配の女性だ。
「おや、その顔。見たことあるねぇ……あんた龍の巫女さまだろう? 金持ちの娘を攫ってきたと思ったら、とんだ拾い物じゃないか」
女性は煙草をふかしながら、にやりと笑った。
「これは高く売れそうだねぇ」
――私が倉庫に監禁されてからどれぐらい時間が経ったんだろう。夜になったのか、鉄格子の窓から差し込んでいた光は無くなって、部屋の蝋燭に火が灯される。
叫んだりしないことを条件に、くつわを外して水を飲ませてもらえたが、それ以上のことは何も聞き出せなかった。
今頃、黒曜はどうしているのだろう。私が居なくなったことに驚いて探し回っているだろうか。
それとも、宮中に助けを求めに帰っただろうか。あるいは黒曜も攫われていたりしたら……。
どんどん悪い方に考えてしまう。
どうすればいいだろうかと思っていると、部屋の外で見張りをしている男たちが話しているのが聴こえてきた。
「……なぁおい、龍の巫女って本当なのか?」
「あぁ。姐さんが前に町で、宰相と一緒に来ていたのを見たから間違いないって言ってたぞ」
「なんでも龍の巫女の結婚相手が皇帝になれるんだってな?」
「俺も結婚したらなれるってことか」
「おいおい、商品に手をだしたら姐さんに折檻されるぞ」
「いや、でも俺が皇帝になっちまえば姐さんも手だしできねぇんじゃねぇか?」
少しして扉が開いた。体格のいい男が私を見下ろす。
「へぇ、なかなかに上玉じゃねぇか。皇帝うんぬん抜きでも悪くねぇなぁ」
私が黙って睨みつけると男は下品な笑みを浮かべて私に手を伸ばす。
「巫女さんよ。俺の嫁になったら助けてやるぞ」
嫌だ、こんな人と結婚するなんて。
私が結婚したかったのは――。
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