第6話
「秋山様は桑峯藩に帰らないのですか?」
絹姫は秋山の隣に腰を下ろした。秋山は恩人だった。春までの止まり木を提供するだけでは彼女の気が済まない。
「もし、わたしが、春が来る、まえ、に、死んだら。骨を、桑峯の、地に頼む」
「わかりました、手配します」
「あ、あ、たのん、で、ば、ばかりだ、な」
「いいんです。秋山様のおかげで、私は助かりましたし、藩も秋山様のおかげで助かりました」
頭が冷えた絹姫は己の行動を猛省していた。新選組と桑峯藩との関係が自分の我儘が原因で悪化した場合、自分は責任をどうとればいいのかわからない。
「わたしは、そんな、大層なものではない、もう、頭が、まとも、にはたら、かない、からだだだだ……」
「秋山様」
「わた、いし、い、は、卑怯、も、のな、んだ。未来をすこ、し、み、ることが、でで、きたた、し、かかかし、つかえ、ば、つかう、ほど、頭痛に、み、まわれ、て、あ、あたあまが、う、まく、はたら、か、だ、から、みんなから、に、げた。沖田、総、司とののの……、勝負は、運、がよ、かったんん、だ。あの、男、も、よわ、ってもう、先が、ないから」
必死で言葉を紡ぐ秋山は、自分がどんなに矮小な存在か訴えた。
まわらない舌を必死に動かして、感謝の念を捧げる絹姫に、暗に放っておいてくれと嘆願する。
情けなく、ただ自滅していく、哀れな存在。
絹姫の瞳には秋山の姿が、誠一郎に、沖田総司に、父に、藩邸の男たちに、さらには見知った男性の姿に何重にも重なり合って見えた。
保身に走り己の矜持を守ろうと、必死に意地を張る男たちは、取り残される女の悲しみに気づくことなく、いともたやすく死にに行くのだ。
愛していれば心が通じ合う――そんなものはまやかしだ。
本当に心が通じていれば、誠一郎は無謀な行動をとることはなかった。
だから、絹姫は声を届けようと思った。誠一郎に伝えられなかった、己が感じた言葉を。
「未来が見えるから、なんだというのでしょう?」
思いがけない言葉に秋山の細目が見開いた。
「私はしかと、沖田総司の三段突きをこの目で見ました。到底常人では避けられない程速い突きです。そんなもの、未来が見えた程度では避けられません。秋山様の無敵の剣を支えているのは、秋山さんが積み上げてきた研鑽のたまものだと思います」
「……姫様」
絹姫は秋山の手をとった。氷のように冷たい手だ。あまりの冷たさに手に痛みが走った。
だが、彼女は手を握り続ける。自分の熱がこの男の冷えた心を温めることを信じて。
すぐにはムリでも、やがて彼の心に凝り固まった黒い絶望を溶かすことを信じて。
「そうか、はは、は、は……。その、ていどか」
「えぇ、その程度なんです。だから、どうか秋山様、ご自分をそんなに卑下しないでください。残された時間が少ないというのなら、ご自分を打ち捨てるような最後ではなく、秋山様が願う幸せをほんの少しでも望んでください」
本当は、秋山は桑峯藩に帰りたいのではないかと絹姫は考える。
でなければ、わざわざ自藩の者の世話になりたいと願うだろうか。
「あ、ぁ……、そん、な。わ、たし、はか、ほうもの、です、な」
今にも泣きそうに笑う秋山は、白い息を吐き出しながら言う。
――わたしは、その言葉を聞くために、今まで生きてきたのかもしれない。と。
【了】
沖田総司暗殺 【秋山直二 最後の勝負】 たってぃ/増森海晶 @taxtutexi
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