第5話

 桑峯藩は佐幕派であり、京に藩邸を構えて不逞浪士を他藩と共同で取り締まっていた。

 藩邸の者は、藩へ送る誠一郎の訃報の内容に気を付けたはずだった。が、やはり、人の口に戸は立てられない。新選組の凶悪な噂と共に、沖田の態度も誠一郎の無残な死も伝わってしまったのだ。

 藩邸に詰める彼らにも責任があった、次期藩主として婿として絹姫に釣り合おうと、手柄をあげようとした誠一郎の焦燥を理解していなかった。世間的には、誠一郎は捕り物に巻き込まれて死んだことになっているが、現実はその逆、誠一郎がわざわざ修羅場に首を突っ込んできたのだ。

 誠一郎の死に桑峯の者たちは顔を青くした。

 次期藩主となる人物が死んだのだ。下手をしたら自分たちの首が飛ぶかもしれなかった。

 藩主の輝虎に文をしたためて指示を仰げば、すべて誠一郎の手落ちだという返事とともに、家臣たちを労う言葉が添えられてきた。

 彼らはそれで、赦された気になってしまったのだ。

 浪士を取り締まる関係上、新選組と新選組の背後にいる会津藩に悪印象を持たれたくない。ことを穏便にすまし、誠一郎という存在を最初から存在しない者として葬り去った。

 誰が一番、誠一郎の死に傷ついているのか――誰も考えが及ばなかった。



 絹姫は説明する。どうやって誠一郎の無念を晴らそうか考え、まず、沖田総司ほどの剣客を打ち倒す豪の者を探すことにした。

 そこで耳にしたのは、出奔した剣術指南役、無敵の強さを誇った秋山直二が京で落ちぶれた生活をしているという噂だった。その話を聞いて、矢も楯もたまらず上京を果たし今回の顛末となったのだ。

「秋山様はすばらしい剣客です。なにせ無手であの沖田総司に勝ったのですから」

 どこか無邪気な絹姫の言葉に、藩邸にいる者は身がすくむ心地だった。

 内面に青さを抱える姫君は、直接の仇ではないにしろ、誠一郎は沖田総司に殺されたのだと認識し、激情の命ずるままに新選組に敵対行為を働こうとした。桑峯藩がその結果どうなるのか、鑑みることができないほどに。

 これ以上の藩の、父親の、そして自分たちに対する復讐はない。

「だ、大、丈夫だ。沖田、殿は剣客。非公式な、勝負、なのだ、から、こちらが、よけ、いなこ、ことをしなければ、ことは大事に、なりますまい」

 こちらの不安が伝わったのか秋山が見解を述べた。つっかえながらの話し方であるが、ことの芯には、聞く者の心を慰撫いぶする温かさに満ちていた。

「あぁ、秋山殿。我が藩をおもっての心遣い、誠にかたじけない」

 藩邸の代表者は秋山に感謝する。

 おおやけにならない勝負であるのなら、いくらでも言い訳もできる上に、絹姫も溜飲が下がったようだ。

 今回の一件は緘口令が敷かれた。成り行きとはいえ、落ちぶれてもなお無手で沖田総司との勝負に勝った秋山に、みな好意的であり、無気力な生活態度も許容された。

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