第4話

 西国の桑峯藩は養蚕が盛んな地域だ。湧水が豊富で緑があふれ、冬の日も青空が広がる晴天の日が多い。

 青空を探すように曇天を眺めて、縁側に腰を掛ける秋山は、上質な着物の上に黒の丹前たんぜんを羽織っていた。

「秋山様、お体に障ります」

 打掛の女こと、桑峯藩の姫――絹姫きぬひめは、瓜実顔うりざねがおの繊細な面貌に憂いを帯びて秋山に言う。

 打掛を脱ぎ、振袖に大きな帯をつけて吹輪に結わえた髪。本来の姿に戻った彼女は、どこにでもいる元服前の子女。

 彼女は素性を隠すために、既婚女性の恰好をしていたのだ。

「あぁ、だけ、ど、もう少、し、眺め、て、いたい」

 穏やかな表情で頼む秋山は、どこか白く儚げな気配をまとっている。それはまるで雪のようだ。

 あれから、なすがままに全身を洗われ、髭をそられ、髷を結わえ、すっかり小奇麗になった秋山は、春を待つかのように外を眺めて静かに過ごしていた。

「わかりました。お茶を持ってこさせますので」

「あ、り、がたく、頂、戴いた、します」

 ふぅと力が抜けたように笑い、ぺこりと頭を下げる秋山に絹姫は苦笑する。

 あの時は顔が髭だらけでわからなかったが、こうして見ると目鼻立ちがくっきりしており、そこそこ整った顔立ちだった。

「あ、雪が、ふり、そうだ」

「確かに寒いですからね」

 此処、京の桑峯藩邸にて、食客として招かれた秋山に対し、当初の藩邸はお祭り騒ぎだった。

 秋山の同僚だったものは涙を流して再会を喜び、憧れたものは彼に剣術指南をせがみ、あるものは打ち捨てられた野良犬ごとき成りに驚愕した。

 しかも、本来ならば藩にいるはずの絹姫のとりなしだという。

「私は、誠一郎せいいちろう様の無念を晴らそうと上京してきたのです」

 理由をきいたものは気まずげに顔を俯かせた。

 誠一郎は絹姫の許嫁であり、新選組の捕り物に巻き込まれて無残な死を遂げた人物だ。現場を主導した沖田総司は誠一郎に対して、始終、冷笑的な態度を取り、誠一郎の無謀を嘲笑ったという。


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