第3話

「へぇ、面白いことを言うねぇ。僕を殺そうとした人間を見逃せっていうの?」

「ただでとは言わない。勝負をしよう。とはいえ、私は無手だがね」

 手をひらひらさせた秋山は、庇うように女たちを背にした。

「このような身に落ちたとはいえ、新選組一番組組長【沖田総司の三段突き】は耳にしている。韋駄天いだてんのごとき神速であり、誰も避けることがないと。私はその三段突きを、かすることなくすべて避けきろう。ダメだったら、女たちを好きにすればいい」

 一瞬、裏路地に静寂が広がった。女たちも沖田も虚を突かれて、秋山がなにを言い出したのか分からないようだった。

 いま、秋山はなんと言った。

 沖田総司の三段突きをすべて避けるって……。

 沖田も最初は理解が及ばなかった。なにせ、己の集大成である剣技を、すべて避けると言ってきたのだ。

 これは、その剣を極めた剣客にとって最大の侮辱であり、宣戦布告だった。

「わぁっ! すっごい、自信だね。だけど、嫌いじゃないよっ!」

 沖田は吠えた。剣を構え、大きく足を踏み出した。


――ザンッ!


 白銀の一閃が秋山に迫る。

 濃密な殺気に女たちの全身が総毛立ち、小雪を乗せた風がその場にいた全員の肌を容赦なく撫でた。

「……ひい

 秋山は動じない。まるで確定事項のように、唸りあげる獰猛な剣戟を、木っ端の如くひらりとかわしてみせる。


――ザンッ!


ふう

 刀の軌道がちゅうく。

 刃と標的の間隔に十分余裕があり、観戦している女たちは、この瞬間、此処が路地裏であることを忘れる。


――ザンッ!


みい

「……っ!」

「あ、秋山さま。避けてっ!」

 打掛の女は叫んだ。なんと、沖田総司は勝負がついたにも関わらず、斬撃を繰り出してきたからだ。


――ザンッ!


「……よんだ」

 しかし、杞憂だった。

 まるで飛び立つからすように、軽々と剣戟をかわして秋山は言う。

 冷たく見据える細い目と、殺意にぎらつく平目眼の視線が交差した。

 対峙する男二人。

 互いに間合いを取り、次の一手を探り合い、無言で相手の隙をうかがい、目視できない数多あまたの応酬を女たちは見た気がした。

「…………くそっ」

 沖田は悔し気に刀を鞘に戻した。

 勝負がついた。路地裏の決闘は秋山直二に軍配が上がった。

 そして、剣客としての集大成を壊された沖田は、生きながらに殺されたのだった。



「今日のことは見逃すけど、二度はないからね」

「感謝する。沖田殿」

 言い捨てる沖田に秋山は頭を下げた。沖田は秋山の態度にぎょっとしつつ、逃げるように裏路地を後にする。

「ありがとうございます。秋山様、どうかお礼をさせてください」

 悲願成就と同時に助かったことを安堵し、打掛の女は秋山に頭を下げた。秋山はまた覇気のない顔つきになり、眠たげに目を細める。

「それなら、春に、なるまで、世話、になりたい。京、の冬、は寒い……」

「はいっ。存分にもて成させてくださいっ!」

「あぁ、そう、だ」

 今、思い出したかのように、秋山は小雪が降り始めた空を見上げた。

李緒りお、は、たっしゃに暮、らし、ている、か、知、っているか?」

 まるで、独り言のような呟きだった。

 女は胸が締め付けられる心地でこたえる。李緒とは秋山の許嫁の名だ。祝言を挙げる前に、秋山は出奔してしまった。

「彼女でしたら、良縁に恵まれて、薩摩に嫁がれていきました」

「そ、うか、よかった」

 本当に、よかったと、優しくかみしめるように呟く秋山は、目から一筋、涙をこぼした。

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