最期のくらし

釣ール

ハヤメノ終活

 リンゴの唄を聴いている。

 最近、かつて流れていた音楽を和洋中問わず聴く機会も増えたのだ。


 達也…それが俺の名前で平凡かつ二〇二三年今年、二十九。

 御歳何年のでぇベテランとか言いたいが、そんな気力もなくもう若くない。

 ネガティブな意味ではなく、事実を呟いただけだ。

 今のディストピア世界を見据えていたのなら、あのブラック企業や青春時代を棒に振ったカルトな運動部なんて入るんじゃなった。

 大学もスポーツ推薦で入ったものの案の定、そんないい生活じゃかなかったし。



 周囲の人間とも未婚か既婚で生活変わって話すことも無くなったし。

 こっちは一時的に病んで正社員も辞めた。

 こう書くと大抵の連中から「大丈夫ですか?」とか「嫌な人生だったね。」と


「てめえ助けるわけじゃねえのに他人事かよ!

 黙ってろよ。」


 心の中でそう唱える毎日もだんだん悪くないと思い始めた。

 死にたいわけじゃなくて、世の中の大多数はそんなに頭が良くない。

 確かに若手は先人より賢くは見える。


 だが見てみろご老体共!

 ゆとり世代は昭和は羨ましそうに楽しんでいるが決して平成で培った技術を手放さず、その時代の末期以外の老人をゴミみたいに敵視している。

 てめえらの弱い者に対する搾取根性はこの世が生温いとすら思えるほどの報いを与えようといつも悪夢で済ましているからなあ!


 かといって〇〇年と〇一年産まれまでは自分達の生活は新しく、これからを生きようと考えている中、懐古趣味を売りにしている動画配信者やコンテンツによって偏った一部の〇二年産まれ以降は平成初期のヤンキーやらコンテンツを真似したり、それを嫌がったりと熾烈な争いや青春をしていそうな気はした。



 おいおいあんたまでロートルになっちまったのかい?

 と突っ込まれそうだがただの感想だ。

 寧ろ俺はこのまま息絶えたいと思っている。

 自殺じゃないよ!

 正社員時代と高校時代までの負の経験による代償で寿命は短いなあと健康診断で知っただけさ。


 そう!!!!

 時計の針がある日電池切れで動かなくなるだけ。


 だから俺も労働なら運動やら芸術やら数字や貯金よりも好きなことをしつつ残りは「終活」にあてようと思う。

 自分の両親も既に亡くなっているし。


 するとスマートフォンに新婚ホヤホヤで今時結婚が幸せとか思っているくせに、久しぶりに電話を掛けてきた旧友がいた。

 少なくとも宗教勧誘ではなさそうだ。

 ただどうせ幸せそうなトーンでいつも通りに話しかけてくるのだろう。


 うるさい!

 非常にうるさい。

 スマートフォンの呼び出し音ガラケーよりうるさいし、着メロやうたの設定出来ないのもあるって浸透した今なら分かるはずなのに。


 あれれ?

 聞こえて、くるよ?


『不幸自慢してんじゃねえよ。』


 か


『充実してなくて草』



 とか。



 へえ。

 男性の俺が声を大にして言うのは、はばかられるから心の中で整理しながらメモ帳に書いてみた。



「てめえら結局押し付けないかよ!

 それって幸せ委ねてんじゃねえのかよユー!

 目玉と喉が切れない人間がいないように、そうやって他人を巻き込んだ幸せを叫ぶヤツらで幸せだったやついねえんだよ!


 こっちはなあ!

 独身貴族とも無意味な反逆もしたくないし、言いたくないからもう生きる楽しみをコストカットしようとしてんだよ。


 ベジタリアンだろうと肉食系女子でも名前も知らない草と虫と細菌を踏み潰して生きている原罪から目を反らせ、人間も踏みつけておいて何様のつもりだ!


 あっ!でも仮面ライダー〇〇トに出るテオ〇様だったら変身できたとしてもいつでも人類抹殺できるのか。


 そんなやつ脚本に書ける人間がこの世にいるわけだから無意味か…」



 メモ帳に丁寧にここまで書いて涙が出てしまった。


「何やってんだ俺ええええ!」


 そして切り替えた。

 愚痴なら墓場でいい!


 惨めなのは生きている人間全てに共通するもの。

 逆に俺は今まで搾取されてきた側の人間。

 むきだしの欲望をただ自由の国でひけらかしたくなる想いをずっと抑えて生かされてきた奴隷!



 牡丹じゃなくて豚よ!


 そう言い放ったかつての昼ドラライバルは俺になんて言うのだろう?



 ソロじゃなくて独りよ!


 あぁ、刺さる。

 そういう場所でそういうプレイをされても嬉しくない。


 辛くなったので弾けもしないギターで歌を歌う。


「僕は悩むぅ~悩むぅ~!」


 うるせええ!

 と隣に言われたので黙る。


 あまり行かない飲みの席で親しくもないのに誘ってくれた先輩に


「自己主張しねえなお前。」


 と痛い所を突かれた。

 心の中では


「大人しい…と、言ってくれ!」


 だなんて棒〇刃みたいに返事したかったがその時は黙ってばかりだった。



 なんか、国で作ってくれないかな。


『良い人生なんて歩めなくて当然!

 もう立ち向かって無意味な現実を突きつけられたんだから逃げてしまおう!』


 いやいやいや、いやいやいやいや、いやいやいやいや!


 恐らくそれって倫理観終わってる。

 じゃあどうするんだ!

 この装飾したところで自然より醜い意地汚く…もうやめよう。


 さっきもいった。

 愚痴なら墓場で言えばでいい。



 サンダルかつスウェット姿で堤防にでも行くか。

 何らかの自然による都合が発生すればいい形で消えられる。

 晴れだけれど。



 -堤防にでも



「赤いリンゴに くちびる寄せて だまって見ている 青い空」


 タバコ吸いながら堤防へ行くのも規制で禁止されているから缶コーヒーで黄昏れる。

 あまり誰にも聞かれない声で歌うのもいいものだ。

 独り身でも楽しいことは楽しい。

 付き合いも減って、バイトやらなんやらで生計を立てているから気負わなくてすむ。

 なんかあったら正社員になる可能性もあるし、動画投稿するかもしれない。

 楽しければ長生き出来るなんて綺麗事を言わず、暮らせればなんとでもなると割り切れる。



 子供の頃、レジャーランドの飲食店でトイレに行った時、ある人が手を洗う俺に言った。



「老いた時に誰も助けてなんてくれない。

 今より更に辛くなるだけだ。

 だからおじさんは短命で良かった。

 すぐにバレる紳士のフリも、良き父も、出来るサラリーマンの姿も。


 全てが等しく搾取される同調圧力によって産み出された、驕り高ぶる人間の欲望によって作られたサイクル。


 悪いな。

 子供目線で語れるほどおじさんは大人じゃねえのさ。

 だがじきに死ぬ。

 短命だから。


 こんな大人になってはいけないと、俺に教養があったら言ってたかもな。

 逆にヤンチャしてたら憧れてみろとか下心丸出しだった。


 ここからは忘れてくれ。

 おじさんという生き方もあったって今を。」



 一言一句忘れたりしていない。

 だがあの人を不幸だとは思ったこともない。



 正しくは無い。

 でも…正しいと争ってしまう。



 馬鹿らしいな。

 部屋で怒鳴られると分かってたのにギター弾く行動力はある。



 どうせ俺も短命だ。

 あまり金はないのに買える範囲で頼んだり、作ったりする料理は美味しい。



 健全な活動だとクラウドファンディングを装う人生を送るくらいなら、これくらいの暮らしを否定される筋合いもない。



 ある分で楽しむ。

 ギターがあるなら、どっかで練習するか。

 短命なんだ。

 短命なんだから。


 決めつけてもしょうがない。

 愚痴を墓場で言うために…ただ俺はやがてそう遠くない幕を閉じるよう、去りゆく。

 そう!

 老女優は去りゆく。


 そんな生き方を第三者に笑わせてたまるか!



「大切だから引っ越す時、持ってきたのか。

 あのギター。」



 ちょうど「リンゴの唄」の楽譜も買っていた。

 いつ頃だったかなあ。

 インターネットが一般化されてから、本当にマイブームが変わっていった。


 そして、戻ってきた。


 この曲だけマスターするか。

 それも何年かかかりそうだ。



「リンゴは何にも、言わないけれど

 リンゴの気持ちは よく分かる

 リンゴ可愛や 可愛やリンゴ」


 傍でファミリーが仲良さげにしているのに今度こそ気にならなくなった。


 どうせ無縁仏でもいい。

 そこで愚痴が許されるのなら俺にとって最適な反抗だ。

 たった一人…もしかしたら誰かと過ごすことになっても構わない。


 ギターを弾こう。

 そしてありがとう。

 あの時のおじさん。


 ネガティブな意味は一つも含んだつもりはない。

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