第3話

 入学して次の日から、すぐに本格的に高校生活が始まる。


 HRで委員会や係の役割分担や、学生証作成に必要な証明写真撮影、健康診断や入学テスト等々。

 授業そのものが始まるのはまだ先だが、入学してすぐにこなすスケジュールとしてはなかなかにハードだと言ってもいいだろう。


「試験だっる。雅樹は出来たわけ~?」

「出来たも何も、入学説明会の時に課された課題からそのまんま出てたぞ」

「マジで? 課題めんどすぎて、彼女に全部見せてもらったからなぁ」

「やっぱりクズだったりする?」

「お~、言うねぇ。慣れると結構毒吐くタイプだな?」

「イエス」

「なら、慣れてきたとプラスに受け止めるとしよう」

「反省しろ、反省を。ってか、彼女さんもこの高校に居るのか」

「違うクラスだけどな。可愛くて頭良いんだぜ? 間違っても好きになったりするんじゃねぇぞ?」

「そんな美人なのか。それはそれでお目にかかるの楽しみ」

「まぁ仲良くしてやってくれや」


 昨日知り合ったばかりだが、雄大との絡みが板につきつつある。


 細かく休み時間にやり取りしていくうちに、ノリにも付いて行けるようになってきた。

 緩いし適当なのだが、それでも美人で優秀な彼女がいるらしいので、やはりチャラいイケメンは強いということが証明されている。


 二人がそんな緩い絡みをしている一方で、真衣の方はひっきりなしにいろんな人が話しかけに来る。


 それは女子だけでなく、男子も含まれている。


「真衣ちゃんって、部活決めたの?」

「いや、まだ何も決めてないよ~」

「うちのマネージャーとかして欲しいけどなぁ」

「ごめんね、マネージャーって選択肢は無いんだよね」


 高校に入ってから驚いたことの一つとして、意外と女子の名前呼びをためらいなくする男子が一定数いるということだ。


 中学までなら、そんなことをしているやつが居れば普通に引かれて終わりだったのだが、環境が変わるとこうも違うのかと思わされてしまう。


 雅樹の目から見れば、真衣もやや引いているようには見えるが、特にそこに指摘することもなく当たり障りなく会話をこなしているようだ。


 ただ、そんな何でもあらかた答えることを良いことに、現時点で聞くのはどうかという質問も平気でぶつけていくデリカシーの無いやつも存在する。


「ちなみになんだけど、真衣ちゃんって彼氏いるの?」

「ちょっと、いきなりそんなこと聞くのどうなのよ!」

「ご、ごめん。つい気になってさ」

「大丈夫。今はいないよ~」


 流石に周りに居た女子が苦言を呈したが、一方で真衣は笑顔でその質問にも簡単に答えている。


「そ、そうなんだ! ち、ちなみに好きなタイプとかは!?」

「タイプかぁ。ってか、好きな人はいるんだよね」


 さらっと打ち明けられた事実に、大きく周りはどよめいた。


「だから、その人以外とは付き合う気が全くないんだよね。ダメなら、ずっとフリーでいいかなぁ」

「そ、そうなんだね……」

「えー、めっちゃ愛されてんじゃん~! その人幸せ過ぎじゃない!?」


(あいつ、好きな人が居るのか……)


 考えてみれば、あれだけ垢ぬけた姿になっているのだから見て欲しい相手が居たってなんらおかしくない。


 ただ、昨日ああして「付き合っていた頃と変わらない呼び方で居て欲しい」と言われたことを思い出し、複雑な気分になった。


「ちなみに、その人ってこの学校に居るの~?」

「それは、内緒かなぁ?」

「ええ~!? それってもう居るってことじゃない!?」


 その後も、真衣に対して色んな人が更なる情報を聞き出そうとしたが、それ以上の何かを言うことはなかった。


 ※※※


 放課後になると、教室にいる生徒たちは一気に教室から出ていく。


 目的としては、大半の人が部活の体験入部といったところ。


「雅樹〜、この後どうすんの?」

「……俺は居残りになるかな」


 雅樹は、自分の目の前に積み重ねられたノートと教材を見て、苦笑い混じりに雄大へそう呟いた。


 委員会が面倒という理由で、適当に科目係を選んだ結果、入学前の課題を回収・運搬・提出チェックという作業を課せられた。


 それも一クラス40人いるので、山のように積み重ねられており、今にも雪崩事故が発生しそうなレベルになっている。


 そして、その山が三つもあるというのも受け入れがたいところだ。


「まーた面倒な役割を受けたもんだなぁ」

「ここは新しく出来た友人が助けるとかいう、胸熱シチュなのではなくて?」

「すまん。俺はバスケ部にもう加入決めてて、これから普通に先輩と一緒に同じメニューをこなすから無理だな」

「ひ、非情だ……」

「ま、健闘を祈る」

「あい、そっちも部活頑張って」


 部活に向かう雄大を見送った後、見れば見るほど萎える目の前の山をぼーっと見つめる。


「あ、あれ。もう誰も居ないんだが……」


 そこから数分すると、教室内には雅樹を除いて誰もいなくなってしまった。


 教室が静かになりすぎて、外の賑やかな声がより鮮明に聞こえてくる。


「さっさと片付けて帰るとするか……」


 知らない名前が並んだ名簿を手にとって、まず一つ目の山と向き合う。


 法則性無しに適当に積み重ねられているので、順番通りに並べるだけでも苦労する。


「はぁ、どれくらい掛かることやら……」

「大変そうだね、手伝うよ?」

「え?」


 ため息をつき、がっくりと肩を落としていると、真衣が再び教室に入ってきて、そんな事を言い始めた。


「あれ。もう帰ったか、部活の見学にでも行ったのかと思ってたんだが?」

「んー、行こうと思ってはいたんたけどね。何かテストとか色々と、疲れちゃったから」

「なるほどな。疲れてるのに、こんなこと手伝ってもらうのも悪いから、別に構わんぞ」

「人の厚意を無下に断るのは、良くないねー」


 そう言いながら、真衣は名簿を持ってまだ手つかずになっていた二つ目の山に向き合い始めた。


「……」


 これまでの経験上、真衣がこう言い出すと引かせることは無理だと知っている。


 大人しい性格ではあるが、何か一度決めるとなかなか譲らないちょっと頑固なところもある。


 取り敢えずここは、真衣にも手伝ってもらうことにした。


「……相変わらず、すごい人気だな」


 ずっと無言で作業をするのもきまずいので、今日あったことから適当に話題をひねり出す。


「何の話〜?」

「いや、お前のこと。随分と色々と聞かれてるなって」

「だね。まぁ関わってくれる人が多いのはありがたいことだけど、どこまで話していいかとか分からないよね。色々と考えたり、気を遣ったり。そういうところでも、疲れちゃう原因なのかも」

「それにしちゃ、結構あっさりと凄いことも言ってたくないか? ほら、好きな人がいるとか」

「あ、あれは……」


 真衣の表情を見て、雅樹はやってしまったと後悔した。


 普通に考えて、振ってきた元カレに「好きな人出来たのか」などという話、一番かけられたくないに違いない。


 あまりにもあっさりと言っていたので、特に何も気にすること無く、会話のネタとして出してしまった。


「あれはね、ああ言っておけば変なアプローチ来ないかなって!」

「お、おお……。そうか」

「だってさ、変に好きなタイプとか適当に言ったら、その雰囲気で寄って来られても面倒じゃん!? かと言って、『好きな人はいない』とか言ったら、アプローチ来るし、『恋愛興味ない』はちょっと嫌な雰囲気あるかなって……!」


 何故か突如として、堰を切ったように話し始めた。


 その勢いにやや押されつつも、その言い分は尤もだとも感じた。


 確かに、面倒なアプローチを避けるなら今回のような言い分を使えば、諦めるやつも多そうなわけで。


「だ、だから本当はそんな相手居ないんだって! 雅くんなら分かるでしょ……!?」

「そ、そうだな。確かに……」


「いや、この短い期間で出会いがないとも限らんやろ」って言おうしていたが、あまりにも彼女の勢いが凄かったので、思わず頷くことしか出来なかった。

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少し前に別れた元カノと再会したが、清楚ギャルになっていた話。 エパンテリアス @morbol

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