第2話

 電車が到着すると、二人そろって乗り込む。

 お昼前の時間ということもあって、乗っている人は少なくまばら。


 ここで、お互いに離れた場所に座るものだと雅樹は思っていた。


「隣、座ってもいい……?」

「そ、そっちがいいなら……」


 しかし、真衣からは予想もしなかった言葉がかけられ、思わず戸惑いながらOKを出した。

 ゆっくりと電車が発進し、家の最寄り駅に向かって進み始める。


「……」

「……」


 電車に乗り込む際、一度会話が途切れたこととこうして隣り合って座るという近い距離にいることもあって、何をしゃべればいいのか分からず無言になってしまった。


 このままでは気まずさしかないので、何とか話題をひねり出す。


「そ、そういえば部活とかどうするんだ? 他の人は結構話とか聞きに行ってるみたいだけど」

「そうだね。あまり拘束厳しくない文化部とか同好会みたいなものがあれば考えたいけど、とにかくマネージャーの勧誘しつこくて。逃げて来ちゃった」

「確かに全面的にマネージャー募集って強調してる部、あったな」

「『興味ない』って言ったんだけどね」

「まぁ、どこも可愛い子をマネージャーに入れたいんだろ。接点多くなるしな」

「……」

「?」


 雅樹の言葉に、返事が返ってこなかったので真衣の方を見た。

 そして、思わずドキッとしてしまった。


 顔をやや赤くし、なんとも言えない表情をしている。


「……じゃあ、なおさら入る気しないね。面倒なことになっちゃうし、それに……」

「それに?」

「ううん、何でもないっ」


 何を言おうとしていたのかは分からないが、これ以上聞くことは止めておいた。


「雅くんはどうするの?」

「うーん、とりあえず球技は避ける。んで、周りの話とかも聞いて良さそうなところがあれば入ることを考えるってところかな」

「ふふ、それって結局どこにも入らず終いになるんじゃない?」

「うっ……」


 返す言葉もなかった。

 基本的に部活が面倒だと考えているし、こうして「取りあえず周りの話を聞いて~」とか問題を後回しにしている時点で、うまく行った試しがない。


 それは、なんだかんだ一緒に居た時間が一年以上の真衣からすれば、把握済みの事実だったりする。


「まぁ雅くんらしいし、それでいいんじゃない?」

「なんか適当だな」

「言ったら言ったで嫌な顔する癖にー!」

「すぐに顔に出てスンマセン」

「あー、本当にもう面白いなぁ。今日一日、クラス内の何人かと話をしたけど、やっぱり雅くんとがダントツで落ち着くし、楽しいや」


 楽しそうに、でも控えめに口元抑える腕が萌え袖になっていたりと、魅力が一層増した真衣の姿が隣にある。


「それはまだ知らないことが多いのもあって、まだ距離感があるからだろうよ」

「やっぱりそうなのかな?」

「そりゃあ、無意識に気も遣うだろうし」


 と言っても、今の二人の関係性もなかなかに気を遣う状態のはずなのだが。


「まぁあれだけ出だしがうまくいったんだ、たくさん友達出来るだろ」

「雅くんはどうなの?」

「なんかチャラいやつだけど、良いやつそうなやつに声をかけてもらったよ。うまくやっていけそう」

「そ、そうなんだ。雅くんって意外とそういう友達多くない?」

「やっぱり真衣もそう感じるんだ……。俺自身もそう思うからな」

「ま、まぁ見た目に反して良い人が多いから、別にその辺りの心配はしてないけど」

「今回もその類だから、大丈夫だと思う」

「そっか。ちなみに、気になる女子とか居たの~?」

「気になる女子? 居るわけねぇよ」

「そうなの?」

「初っ端から真衣の見た目のインパクトと、実際にお前なのかどうか気になりすぎて他の女子なんか全く意識してなかったわ」

「そ、そうなんだ……」


 ありのままの事実を伝えたつもりだったが、それを聞いた真衣は黙り込んでしまった。


(流石に言っていることがキモ過ぎたか……?)


 冷静に考えたら、「お前なのか気になりすぎて他の女なんか意識しなかった」っていうのは、仮に付き合っている最中でもかなりキツイ。


 加えて、それを身勝手に振った男が言っていると考えたら……。


(な、何か話題を変えて誤魔化さないと……!)


「そ、そういえばさ。今後、教室内でも関わっていくなら、呼び方このままじゃいけないよな?」

「え?」

「ほら、普通に考えて下の名前呼び捨てで呼んでたら、周りから何かと噂されることになるだろ? それってすごく今後の生活に支障が出るんじゃないかなって」

「……」

「だからさ、呼び方を今後『白木さん』にしようと思うんだけ――」

「い、今のままでいいじゃん!」


 咄嗟に思いついた話ではあるが、現実的な話だと雅樹は思っていた。


 今後、教室でやり取りをする機会は必ずあるわけで、呼びかける時などに名前を呼び捨てしているとただならぬ関係性だと思われるに決まっている。


 だからこそ、呼び方を戻す必要性があるという話をしたのだが、思った以上に大きな声で現状維持を訴えられた。


 かなり大きな声であったため、周りで高齢の乗客がやや怪訝そうにこちらに視線を向けてきていた。


「いきなり大きな声を出して、ごめん……」

「だ、大丈夫」

「そうだよね、戻さないとお互いに支障出ちゃうもんね。私も『成沢君』って呼べばいいのかな」


 言葉では理解したように話すが、表情は先ほどまでとは対照的に暗いものとなった。


 それは、別れを切り出したあの時と同じ表情だった。


 どんなに見た目や雰囲気が変わろうが、ずっと一緒に居た雅樹にとってすぐに分かってしまうものだった。


(な、何でそんな顔をするんだよ……)


 いくら話しやすくて気楽とは言っても、身勝手に別れを切り出してきた相手であり、その時の苦い記憶を思いこさせかねない呼び方。


 それに、色恋沙汰に敏感な高校生にとってこういうネタは格好の餌であり、面倒なことが起きて今後の交友関係にとって邪魔となるに違いないはずなのに。


(でも、こういう決めつけで動いた結果、傷つけたんじゃなかったか?)


 自分ではそうだと思っても、相手がどう思っているか分からない。


 少なくとも、真衣は咄嗟に「今のままでいい」と言った。


 ならば、どう考えるべきか――。


「いや、ごめん。やっぱなしで。これまで通りにしようぜ」

「……え?」

「いやほら、これまでこの呼び方定着しててさ。無理して変えてもいつものノリでポロっと出たらそれこそ生々しいというか? 真衣が今のままが良いって言うなら、そのスタンスのままで行こう」

「で、でも雅くんに迷惑になるのなら……」

「いや? 別に支障になるような奴と関わってないからな。全く問題なし」


 これは事実で、今日一日で関わったのは気の良さそうなチャラ男一人だけ。


 そんな都合よく初対面の可愛らしい女子から声を掛けられるなんて、最近の漫画でよく見る状況になることもなかったわけで。


「じゃあ、今のままがいい!」


 彼女の表情が一気に明るくなったので、今回は選択を間違えなかったらしい。


「よしきた。じゃあ、このままな。後からやっぱり変えた方が良かったなんて言うんじゃねぇぞ? 言ったところでどうにもならないがな!」

「言わないよ!」


 口ではこう言いつつも、本当は今後の彼女の反応や意見が変われば、その方針に合わせていくつもりにしていた。


 しかし、あっさりと「変える気が無い」と言い切ったので、拍子抜けしてしまう。


 こうして垢ぬけた元カノと再会し、新たな高校生活が始まった。

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