第1話

 入学式を終えて、教室内では彼女が注目の的になった。


 先ほどまでは顔なじみグループでまとまっていたが、今では彼女を中心とするグループが出来つつあった。


「白木さん、めっちゃ可愛いね!」

「本当? 嬉しい、ありがとう~!」


 見た目に反して、彼女は落ち着いた言葉遣いと雰囲気でやり取りしていた。


(そういうところも似てるな。本当に見た目だけが全く違うってだけか……)


 雅樹の席は教室の後ろの方で、見えるのは彼女の後姿のみ。


「よぉ、一人でいるなんて高校デビュー失敗か?」

「?」


 色々と物思いにふけっていると、突如として雅樹の肩に腕を回し、ややチャラそうな男が絡んできた。

 正直言って、雅樹が最も苦手とするタイプだ。


「あ、面倒なやつに絡まれたって顔したな?」

「い、いやそういうわけでは……」

「いやいや、別に大丈夫よ。俺は瀬尾雄大って言うんだ。何か周りに同じ中学のやつとか一切いなくてさ、孤立してっから嫌な顔せずに仲良くしてくれや」

「俺は、成沢雅樹。同じく俺も同じ中学のやついなくて孤立してるって感じだから、同じ仲間だな」

「お、いいじゃん。同じアウェー感を共有できるダチじゃん」

「そ、そうだな……」


 絡み方はややしんどいが、そんなに悪いやつではなさそうだ。

 何故か雅樹は、真面目な性格であるにも関わらずよくチャラい人に絡まれることが多い。


 それも悪意を持ってきているというより、普通に親近感を持って接してくることが多いので、雅樹自身も不思議な性質だと常々感じている部分ではある。


「このクラスの高嶺の華はあの子で決まりってとこなのかね?」

「そうじゃね? 来た時から注目されてたしな。……興味あんの?」

「いや? 俺には可愛い彼女がいるから全く興味なし!」

「うわ、彼女もちかよ……」

「お、その感じだと雅樹は一人身か? 彼女もち羨ましかろう?」


 正直なところ、苦い経験をしたばかりなのでちっとも羨ましくないが、とりあえず頷いておいた。


(ノリには慣れないといけないけど、初日にしていいやつに声をかけてもらったな)


 今後の高校生活を、何とかボッチにならずに済みそうなのでホッと息をついて高校生活初日を終えることになった。



 入学初日は、基本的に午前中には解放される。


 教室から出て校舎ロビーに差し掛かったあたりで、上級生による部活の勧誘合戦が始まる。


「サッカー部、特にマネージャー募集してます!」

「野球部です! 一緒に甲子園目指しませんか?」


 中には自分たちの欲望を出してしまっているような声掛けもあるが、意欲のある一年生は早速自分たちの興味があるところの話を聞き入っている。


「君、凄く良い体してるね! バスケ部に興味ない!?」

「す、すみません。球技はやめておきます……」

「君の身長の高さは、バレーに活かされるべきだよ!」

「すみません、スパイク止めたりとか痛いの苦手なんです……」


 この時点で身長が170前半ある雅樹は、周りよりも頭一個以上身長が高いため、特に身長の高さが武器になる部活から声を掛けられてしまう。


 しかし、雅樹としては球技は経験の差がもろに出るため、そこに入部する選択肢は最初から無い。


 あくまでも球技は休み時間や体育の時間に楽しむもの、くらいの枠組みで捉えている。


 高校に入って部活をどうするのか未定だが、周りの話から情報を取り入れつつ最終決定をするつもりのため、今日はスルーして真っすぐ帰宅することにした。


 電車通学のため、校門を出てそのまま最寄り駅まで歩きで向かう。


 既に解放されているため、同じように帰路に着く生徒が居ても良さそうなものだが、同じように歩いて帰る生徒はまばら。


 駅に着くと、端ギリギリにあるベンチに座って自分が乗り込む路線の電車が来るまでぼーっと時間を潰していく。


「平和だ……」


 一ヵ月前までは、自分の今後の生活を左右する大勝負があったからなのか、今の状況をよりしんみりと感じる。


 だからこそ、またこうして一人で考え込むとあの後悔が湧き上がってくるのだが。


「何で一言、今の自分のことを伝えてみるってことすら出来なかったのかな……」


 あれだけ二人で一緒に居て、色んなことに対して一緒に考えたり解決してきたのに、その時に限って一人で決めつけて行動してしまった。


「って、今更後悔したってどうしようもないんだけど……」


『後悔先に立たず』という言葉はよく出来ていて、これほど今の自分に突き刺さる言葉もない。


 ふうっとため息をついて、項垂れた時だった。


「……雅くん?」


 その声にハッとした雅樹は、顔を上げた。


 そこには、先ほどまで同じ教室内で注目の的になっていた茶髪で見慣れたリュックを背負っている彼女の姿があった。


 ようやくここで初めて面と向かって彼女の顔を見ることになった。


「やっぱり真衣、なのか……」

「うん。久しぶり、だね……」

「そ、そうだな」


 こうして正面から見れば、どんなに髪型が変わろうがやはり真衣であることが一目見ただけで分かってしまった。


 真衣も声をかけたのは良いものの、その後どうしていいか分からないのかやや気まずそうな顔をした。


「そ、それにしても凄い変わりようだな」

「う、うん。ちょっとイメージ変えてみようかなって」

「な、なるほどな」

「……」

「……」


 触れやすい内容から何とか会話を絞り出そうとしたが、すぐに会話が途切れ途切れにてしまう。


「に、似合ってないかな……?」

「い、いやそんなことないぞ! 凄く可愛い……と思う。現に周りからあれだけ注目されるんだからな」


 こんなやつがはっきりと「可愛い」なんて言っても良いとは思えなかったので、思わず周りの反応を利用しながらの感想になってしまった。


「そ、そう? ならよかった……」

「で、でもその……。何かそうして見た目を変えるようなきっかけでもあったのか……?」


 口にしながら、自分にうんざりした。


 もしかすると、他に男が出来て垢ぬけたのかもしれない。

 そんなことを思うと、思わず間接的に確かめたくなってしまった。


 もしそうだと言われれば、立ち直れないくらいに傷つくと分かっているはずなのに。


「えっとね、まぁ高校デビューってやつかな? こういうの可愛くて似合うよって勧められたのもあるかな?」

「だ、誰に!?」

「え、美容師さんにだけど……」

「そ、そうか……」


 新しく出来た彼氏に、何ていう脳破壊のパターンは避けられたらしい。


「ふふっ」

「な、何だよ」

「いや? 雅くん、元気そうだから安心しちゃった」


 あの時から変わらない無邪気な笑顔で、そんなことを言ってきた。


 その言葉に、雅樹はまたグッと心を締め付けられる気がした。


 こんな一方的に振った相手に、ここまで気遣いの言葉も今もなおかけてくれる。


「迷惑かけて、ごめん」


 視線を反らして、小さな声で詫びることが精一杯だった。


「本当だよ。まぁ、本当に悪いと思ってるなら……」

「うん」

「今後も、仲良くしてよ。あのクラスで同じ中学なのは雅くんだけ。信用できる人、他に居ないんだから」


 思わず「俺で信用できるのかよ」と言いだしそうになった。

 でもここはぐっと抑えて、彼女の言葉に頷いた。


「ありがと。また一緒に頑張ろうね」


 雅樹の反応に、真衣はまた嬉しそうな顔をした。

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