8話
「あともうすぐ!このまま真っすぐ行けばあのビルだ!」
俺はスケボーに乗り、地面を蹴る脚に全力で力を集中させる。
(やばいな。津波のスピードが速すぎて追いつかれる……)
「ツユ、あれ見て!」
俺に抱えられている水早が、枝分けれしている道の片方を指さした。
「右に行けばインターチェンジなんだけど、その先の道が崩壊してる。そこにスケボーの勢いで突っ込んで、着地点に
※ショトカ……ショートカットの略称。水早の感性による造語。
「りょ。ちな、この世界で死んでも元の世界では生きてます的な展開ある?」
「ん~~~」
「おっけ無さそうだな!」
俺は後方確認を一応行って津波の様子を見て、車線を変更してインターチェンジに入った。
急なカーブの下り坂を、水早を抱えて全力で駆け抜ける。
正直、怖い。津波もこのスピード感も。怖くないわけない。
でも、止まんない。
ピンチと鬼ごっこしたって俺と水早ならしょうがない。
道の先が見えない。崩壊してる地点まで来た。その少し先にはビルが見える。
「任せた」
「ん」
簡潔な言葉で良い。高い所から飛び降りたら、水早が足元に
最期にもう一度、地面を強く蹴って加速する。水早の両手が、俺の身体をぎゅっと掴みなおす。
スキージャンプの滑走路みたいに崖が上向きになっているのを利用して、スケボーは壮大に飛翔した。
映画やアニメのキービジュアルの一枚絵みたいに、空へ飛ぶ俺たちの傍らを大量のフラミンゴが飛び去っていく。
スロー再生してるみたいに時間がゆっくりと流れて、段々と地面が近くなっていく。
地面に衝突する寸前、足元に発生した
窓ガラスが割れ、俺は水早を抱え込んだままビルの床に転げ込んだ。
「大丈夫!?」
「うん!ツユは?」
「俺も大丈夫だよ」
「今作った
「分かった。でももう上にあがるだけだ」
「あと少し、行こう」
ビルの中はオフィスの様な内装で、大量に積まれた会議資料やノートパソコンが机上に置いてある。
俺と水早はエレベーターを見つけ、電気が通っていることを確認してそれに乗った。
21階のボタンを押して、扉が閉まる。
「……」
「なあ」
「ん?」
「元の世界戻ったら、ライン交換しよ」
「うん。いいよ」
「ありがと」
「ん」
扉が開いた。焦りを感じる足取りで非常階段へ向かう。
扉を開けると、冷たい風が室内に入ってくる。
21階の高さから、形骸水面世界を一望する。
下の階は津波に飲み込まれている。
俺は水早の手を握って、錆びついた非常階段を駆け上る。
内部の老朽化がかなり進んでいたようで、津波の勢いに飲まれたビルがぐらぐらと揺れる。
二人は姿勢を崩し、手すりにしがみ付く。
揺れが収まるともう一度足を進める。
もう少し、あともう少しで……!
次の瞬間、もう一度津波による揺れが足元を襲い、錆びれた非常階段の支点が崩れた。
「水早!!」
「ツユ!!」
完全にビルと離れた非常階段……その残骸とともに自由落下する。
俺は空中で水早を身体を抱き寄せた。
頭から隕石のように落下する体制になる。
もう
『!?!?』
刹那。本当に一瞬の間を挟んで、俺と水早の身体は水の中に浮かんでいた。
(何があった?津波に飲まれた?いや違う。流れを感じない)
水早の手を握って、必死に浮かび上がる。
頭上にある薄い膜の様なものを無理やり手と頭で破って、ようやく呼吸が出来た。
『ぷはっ!』
顔をぶるぶると振るい、目を開ける。
視界に映るのは、先ほど見上げていたはずの水色の巨躯。
堂々たるその風格は圧倒的な存在感を放ち続け、凛とした鋭い目つきで俺たちを見つめている。
「パドルイン?」
「助けてくれたのか!?」
その風圧に伴って、俺と水早の視界もどんどん上昇していく。
「これ、パドルインが作った
見渡してみると、俺と水早が浮かぶ水は半透明な膜に覆われている。
その表面には反射した世界が映り、光の加減によってうっすらと虹色に輝く。
「まさか、このままもとの世界に戻してくれるのか?」
地上を見渡すと、緑に囚われた荒廃した世界が、津波によって流されていく様子が映る。
「なんか、悲しいよな。津波のせいで、全部流れてしまうの」
「積み上げて積み上げて、ぼろぼろになっても耐えてたものが、一瞬でなくなっちゃう」
どこか寂しそうな眼をしている水早の横顔を見て、俺も悲しい気持ちが湧いてくる。
「思い出って、シャボン玉みたいだよな。思い出そうとすれば浮かんできて、不意にぱっと弾けちゃう。息を込めればまた新しいシャボン玉が出来るみたいに、もう一度思い出せる」
「その感性があれば現文で赤点取ることもないだろうに」
「感性と国語力は違うのです」
目を閉じる。水早の手を握ったまま。
―――――――――――――――――――――――――
風の音、セミの声が遠くから聞こえる。
身体は水早の手を握ったまま生暖かい何かに寝そべっている。
目を開けてみると、灰色のゴツゴツとした何かの先に緑の何かが見える。
ピントが合って、景色が明確なる。
「戻ってきた……」
身体を起こすと、俺が落ちた水溜まりのすぐ隣に二人で寝転がっていたことに気付く。
幸い、車通りが少ない農道だったため人には見られていないようだ。
「ん……ん~」
水早も目を覚ましたようだ。
「お!戻って来た!」
「おかえり」
「ただいま」
その場に立つと、二人が入った水溜まりを一緒に見つめる。
「押すなよ?」
「フリ?」
「フリじゃない」
「な~んだ」
「綺麗な世界だったけど、いったん落ち着きたいかな」
「行こうと思えばいつでも行けるけど、戻れる確証はないからね……」
「こう見てみるとさ、水溜まりぐらいだよな。下を見てるのに空が見えるのは」
「……」
「んだよ?」
「ポエマーかな~?」
「!」
「はい顔赤くなってる~」
「うるせえ約束だからライン交換するぞ」
俺はスマホをリュックのポケットから取り出してQRコードが映る画面を差し出した。
「ちぇ!話そらされた」
水早は俺のQRコードをスキャンした。
[新しい友達]
スマホの時間を確認する。
13時6分。
この世界には何も関係なくていい。
この思い出は、俺たちで二人占にしたいから。
雨上がりのアンダーグラウンド 完。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
数日後。2021年 8月某日
部活終わりの俺は、友達の
「このホワイトボードだれが持ってきたの?」
俺は部室においてあった謎のホワイトボードを手に取った。
「ああ、それ?てらしーが部活の掲示連絡用に使えって」
硬式のテニスボールをコンクリートの壁にバウンドさせながら怜雄が応えた。
ちなみに、てらしーというのは「寺下先生」というテニス部副顧問の数学教員で、俺の担任だ。
「こんなん大喜利に使うしかないっしょ。貸して」
そういう怜雄に俺はホワイトボードを渡した。
「なんかお題頂戴よ」
「ん~じゃあ。寺下先生の愛妻弁当。どんなお弁当?」
「お~ツユセンスいいじゃん」
「何その自信は」
「やっぱこういうのはね、配られたカードで勝負するもんなんよ。てらしーが数学の先生だからそこを使うべき」
そう言うと怜雄はホワイトボードにマジックで何かを書き始めた。
「できた」
「はい。寺下先生の愛妻弁当。どんなお弁当?」
「い~や、おにぎりがメネラウスの定理」
「ははははは!!やばい模範解答きたわこれは」
俺は笑いすぎて不意に出て来た涙を片手で拭った。
「え!まって!これ油性だし消えないんだけど!」
「まじ?初陣で死ぬホワイトボードとか、ホワイトボード史上初でしょ」
「これは名を残しますわあ!」
こういうくだらない部活終わりの会話が一番楽しい。
ガタン!!
二人で騒いでいた部櫃のドアを、はあはあと息切れしている女の子が急に開けた。
「奈良坂じゃん。どしたの?」
「はあ……はあ。翔太郎の意識が……戻ったって」
『え?』
俺と怜雄と奈良坂と呼ばれた女の子は部室を飛び出した。
そして学校から少し離れた総合病院へと急いで向かった。
新作 『忘らるる』 順次 連載予定。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『雨上がりのアンダーグラウンド』を最後までお読み下さりありがとうございました。
世界観に関しては良かったと自分でも思いつつ、キャラクターと脚本に問題が課題があったと痛感しております。
新作 『忘らるる』 への繋ぎとして、そして大学の後期と教職課程が始まり、バイトも加わった自分の私生活で小説を書けるのかという実験でもありました。
もっとツユと水早の関係を書きたかったですが、新作で進展が見れると思います。
新作は10万文字程度を予定しています。何かのコンテストに出すかもしれません。
いずれにせよ、本作と 前作『レプリカント ドラゴンナイト』をお読みいただいた方が面白さが増す作品になっていますので宜しければご覧ください。
(もちろん、前作を見ていなくても十分すぎる程に楽しめます)
色々と反省点が残る本作でしたが、メッセージ性としては十分だったと思います。
「マスク」「ショットガン」「津波」
僕たち日本人は、忘れたはいけないものが沢山あります。それはシャボン玉みたいなものかもしれないけど、とても意味があるもののはずです。
次回作もよろしくお願い致します。
雨上がりのアンダーグラウンド こたろー @rotaro-24
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