第7話 10年前

 それから暫く高速を進め続けた俺たちは、目的となるビルの近くにある水族館に辿り着いた。


「この水族館を超えて少し進めばあのビルに辿り着くよ」


「高速で結構時短できたな」


 俺たちは水族館の入館ゲートを潜り、無賃で館内へと入った。


 電気も通っていて、現実の水族館と何ら変わらない。


(男女二人で水族館……)


 薄暗い照明の下、藍、紺、青、黒が織りなす四重奏の世界を二人で進む。


「水槽の中にいる魚も雨獣なんだよ。見たことない魚ばっかりだけど」

 顔だけを横に向けて、淡々と歩く水早が言う。


「こいつらも、みんなに”忘れられちゃった”魚なのかな?」


「そうかもね。さっきのフラミンゴとか、意識してないだけで忘れてはいないから”忘れる”の判定はかなり広いのかもしれないけど」


 そういうと水早は一際大きな水槽の中の生き物を指さした。

「あれ見て」


 その指の先には魚というより虫に近いような様相の生き物が流されるように泳いでいた。


その生き物を、俺はどこかで見たことがあった。


「アノマロカリス?」

俺はクイズ番組の回答者の様にそう言い放った。


「正解」



「私も詳しく知らないけど、恐竜よりもっと前の時代の生き物。現実じゃあもうとっくに絶滅してるはずだけど、この世界には居るみたいだね。もしかしたら、本当は絶滅なんかしてなくて、人類が見つけれてないだけかもしれない」

 俺と水早はアノマロカリスがいる水槽を目の前にして立ち止まった。



「それなら、パドルインだっけか?あの子みたいなドラゴンも人類が見つけれてないだけで現実にいるかもしれないことになるけど」



「何かが存在することの証明は、一個でも発見すれば成立する。だけど、存在しないことの証明はすべてを探した上でしか成立しないと思う。それにさ、昔はドラゴンとか魔法とか本当にあったけど、みんな忘れちゃっただけなんじゃない?」



「あと……。魔法の一個や二個くらい、ドラゴンの一体や二体くらい居た方が楽しいよ。きっと」



「俺もそっちに賛成かな。実際この意味わかんない世界に今居るんだし。しかもそれで楽しいんだし」



「まあ。あっても無くても変わらないのが現実何だろうけど」

 そう言い放って水早は次の順路の方へと歩き始めた。



「あ、あのさ」

 俺はその水早を呼び止める。


「今度さ、現実で本当の水族館行こうぜ。俺らの高校からは遠いかもしれないけど、鳥羽水生族館とか、伊勢シーシーパラダイスとか、名古屋港水界水族館とか、色んなのあるしさ」



「三つもあるね、じゃあ、全部行こう。忘れないうちに」


 水早は前を向いたまま俺に顔を見せずにそう言った。


 こっちを向いて欲しかったな。今なら薄暗い水族館の証明のお陰で、俺の顔も少しは隠せてただろうに。




 そのまま順路通りに進んだ俺と水早はショーをやるための巨大な水槽とステージ、広い観客席がある空間にやってきた。


『何あれ……』



 シャチやイルカがショーをするために用意された水槽に、巨大な生き物……雨獣が泳ぐ影が見える。



 巨躯の左右にはひれが付いていて、影を見ただけで肉食と分かる堂々とした頭部。


サメとかワニとか、そんなものが可愛く見える程の圧倒的なオーラ。


 怖い。身体の神経という神経を伝って、恐怖の感情が五臓六腑と合計で二十個ある両手両足の指の末端まで伝わる。



「ねえツユ、早く通り抜けようよ。もうすぐ水族館を抜けれるし、そしたらあと少しでゴールだよ」



「うん。俺も早くいきたい。あの雨獣だけはマジでやばい気がする。しかもなんだよあのデカすぎる水泡バブル



ぐるぐると泳ぎ続ける魚影(魚と言ってよいのか分からないけが)の真上に、今まで見た水泡バブルのなかで一番大きな水泡バブルが浮かんでいる。


気泡のようなものがその中を蠢きつつ、節々がぶよぶよと揺れ動いている。正直に言って、気味が悪い。



「刺激しないように静かに速やかに移動しよ」

 二人は内科検診中の保健室の横を通る時くらい静かに、最新の注意を払って歩を進めようとした。



 その瞬間、大きすぎるあの影が動く速度が急に早まり、ループの中を通るシャチのショーみたいに水面から飛び出した。


 その音と水飛沫に俺は思わず水早の手を取り、身体を大の字にして水飛沫から水早を守った。



 一瞬見えた。名前は忘れたけど、小学生の頃恐竜図鑑で目にした。古代最強の海洋生物。


 その恐竜であろう雨獣は水槽内から激しく飛翔すると、空中に浮いていた過去一大きな水泡バブルをその巨躯で突き破った。



 膜が破れた水泡バブルはその中から水が流れ出し、水槽を水で埋め尽くして

観客席まで水で浸水し始める。



 あの水泡バブルは大きかったけど、あの見た目からは想像できない程の体積の水が今も物凄いスピードで溢れ出している。


 10階層に別れていた観客席の7階層目まで、もう水が来ている。



 逃げないと。



 俺は水早の手を握り、出口へ向けて走り出す。


 順路を無視して非常階段へ向かい、屋上を目指して走り続ける。


 ドアが壊れる程の勢いでドアを開け放ち、屋上へと辿り着いた。


 相も変わらない青空がもう一度俺たち二人を照らす。


 異常なほどに溢れて追いかけてくる水は、数秒前まで居たはずの非常階段をあっという間に進水させている。


 この屋上も、数秒後には水で溢れかえるだろう。




「良いもんだな、この世界も」



 俺は水早の手を握りしめ、目を見てそう言い放つと落下防止用のフェンスが壊れた場所に目掛けてもう一度走り出した。


水泡バブル頼む!」


「おっけー!!」


 僅かな段差を乗り越え、俺は水早の手を握ったまま、空へ飛び立った。



 五階ほどの高さから飛び降り、地面と衝突するぎりぎりの瞬間、水早が出した水泡バブルが足元に広がり、二人はバウンドする。


 着地すると、水早と繋いでいなかった手でずっと持っていたスケボーを地面に転がした。




 水早のキックボードは屋上から飛び降りる際に捨ててしまったようだ。


 水族館に来る前に通ったような高速道路がもう一度続いている。


「悪い、ちょっと我慢して」

 俺は水早身体を両手で持ち上げると、いわゆるお姫様抱っこの状態をすると、スケボーに片足を乗せ全力で地面を蹴った。



 水族館の屋上から、窓という窓から水が溢れ続け、この一体を水で浸食し始めている。


 その様子はまるで、10年前、俺が幼稚園の卒園式があった時期にテレビでみたあの光景に酷似していた。


 幼いながらも脳裏に焼き付いた、あの光景……。


 あれは、まるで津波だ。


 少しづつスピードが乗り始めたスケボーで、周囲の木造建築を破壊しながら迫りくる津波から逃げる。


「ビルは見えてる。道も真っすぐだ。一緒に帰って水族館巡りするぞ」



「うん!」



――――――――――――――――――――――――――――

どうもです。作者のこたろーです。今回も読んで頂きありがとうございます。


早いですが、次回で最終回となります。この世界でもっとゆっくりしたい気持ちは僕にもありますが、この作品には役割があるのでその役割を優先します。


かなり荒削りの状態で実験的に連載している本作ですが、継続的に読んで下さる読者の皆様に支えられて、完結できそうです。



前回登場した水泡龍 パドルイン。彼女の名前の由来は 



「水溜まり」を意味する英単語「Puddle」

と  

「廃墟」を意味する英単語の「Ruins」


を組み合わせた造語になります。



今回でようやく書きたかったことが書けました。本編でも登場しましたが、形骸水面世界にあるものは「忘れられてしまったもの」です。


今回の話に、この作品のメッセージ性の大半が詰まっているかもしれません。


次回最終回ですが、最後までよんでいただけると、「おお!」となるであろう展開を準備しておりますのでお楽しみに!!



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