第37話 最高幹部会・六妃会談

 首都、黒皇城こくていじょう


 黒皇城は、世界一硬い鉱石――黒龍石こくりゅうせきでできた黒い城壁を持つ、難攻不落の城郭都市である。人口は、龍人族が二万人、他種族が八万人の合計十万人。黒皇城では身分制度が敷かれており、四つの階層――六妃、姫位きい、市民、奴隷――に分かれている。


 人口が最も多いのは、他種族に与えられる市民階級の八万人。次に人口が多いのは、龍人女子に与えられる姫位きいと呼ばれる階級で二万人。そしてその頂点に君臨するのが、六妃と呼ばれる六人の妃たちである。


 六妃にはそれぞれ序列が決められており、高い順に、正妃せいひ将妃しょうひ賢妃けんひ仁妃じんひ忠妃ちゅうひ盟妃めいひと並ぶ。各妃は主要施設の長を務め、配下に武姫ぶきと呼ばれる直属の部下を持つ。例えば、盟妃である青蘭せいらんは学園を管理・運営することが仕事であり、その補佐として武姫である女教師たちが控えている。


 六妃は群れの中核を成す、最も高貴な称号である。

 もしも、群れの最高幹部たる六妃が一同に会すとすれば、それは重要案件の会議か緊急事態のどちらかを意味する。


 そして今まさに、その緊急事態が発生していた。




 ◇◇◇◇◇


 大都市・黒帝城こくていじょうにある龍皇りゅうこうの住まう宮――中央宮殿。

 高い壁で仕切られた各宮殿の最奥部にあるのは、龍皇の居所である鳳凰閣ほうおうかくと呼ばれる豪奢な建築物である。そして鳳凰閣と隣り合うように、正妃の居所である楼閣宮ろうかくきゅうが仲良く夫婦めおとのように並んでいる。


 楼閣宮、会合の間。


 室内には意匠いしょうを凝らした豪華絢爛ごうかけんらんな椅子が六脚並んでいる。水晶でできた台座は、上座へいくほど段数を増していき、そうして一番高い位置、六段構えの上座に座るのは軍事施設を統括する将妃・烙陽らくようである。黒陽公主の母である彼女は、黒帝城随一ずいいちと噂されるほどの美貌の持ち主で、その色香に惑わされなかった男は存在しないとまで言われている。紅の引かれた唇が妖艶ようえんに歪み、末席に座する青蘭せいらんとがめた。


「あなたになら黒陽あの子を任せられると思ったのだけれど」


 叱責というよりかは失望を隠せない声色に、青蘭せいらんは申し訳ない気持ちでうな垂れた。本当なら今すぐにでも床に額を擦りつけ、平伏して謝罪をしたいところではあるが、それは自身の盟妃めいひという立場が許してくれそうもない。それにお付きの侍女たちの目もある。だから青蘭せいらんは、拱手こうしゅして深々と礼をすることで最大限の謝意を示した。


「申し訳ありません、将妃しょうひ様。私の監督不行き届きでございます」


 末席に座る青蘭せいらんより二つ上。序列第四位・仁妃じんひがクスリと笑う。


「あらあらぁ♪ 部下の不始末は上に立つ者の責任……などと考えているのかしら。部下を罰せば終わる話ではあるのにぃ」


 仁妃は司法機関を統括している。法の番人とは思えない軽薄なねっとりとした口調で、部下を切り捨てろと安直な誘惑を囁いてくる。


 騙されてはいけない。これは罠である。


(バカにしないでほしいものね。わが身可愛さに直属の部下を罰すれば、信用を失うのは私だってことぐらいわかるわ)


 取り合うことなく、青蘭がギロリと睨みを利かせると「あら、怖い♪」と仁妃じんひは怖がるフリをして、絢爛けんらんな龍衣の袖で顔を覆った。

 その茶番を前に、大きなため息をついたのは序列第五位の忠妃ちゅうひである。


「黒陽公主の足取りは初日から不明だったのだろう?」


 領土内の治安維持部隊を率いる忠妃ちゅうひは、あからさまに疑念の視線を向けてきた。

 だが、いくら不服であっても非は学園の管理者である青蘭にある。今はこうべをたれて嵐が過ぎるのを待つしかない。


「はい。部下からはそのように報告が上がってきています」


 呆れたように忠妃ちゅうひが失笑する。


「ふん。話にならんな。公主は各種権限こそ持たないものの、身分は母親の位を引き継ぐんだぞ。黒陽公主の場合は、将妃相当となる。特別な配慮をして当然だろう」


 ぐっと唇を噛んで、青蘭は辛抱強く答える。


「特別な配慮とは、いかなる対応でしょうか」


 ハッと鼻で笑った忠妃ちゅうひが、拱手こうしゅして教えを乞う青蘭へ見下すような視線を投げる。


「そんなもの決まっている。点呼時点で黒陽公主が不在だとわかったのなら、その日の内に捜索するべきだ。これは怠慢たいまんだぞ」


 それは一見すると筋が通っているようにも思えるが、龍人族の常識に照らし合わせるなら暴論であり、学園を取り仕切る青蘭を軽視する発言にも等しかった。


 なぜなら、学園内部は完全に治外法権ちがいほうけん――学園規則が優先されるからである。学園規則では、いかなる身分であっても一生徒として扱うと定められている。特別扱いを当然とする忠妃の発言は越権えっけん行為に他ならない。


「夏季特別実習は本陣の近くで行われる手筈てはずとなっていました。教師たちからも、本陣近くで狩りをするように指導したと報告が入っています」

「ほう、それで? 森の奥地へ自ら踏み入った黒陽公主の自業自得だとでも?」


 恩人である将妃の手前、黒陽公主の自業自得だ、などとは言えない。表情を硬くした青蘭が答える。


「無論、付近の捜索は行いました。ですが獣王の森は広大です。なんの手がかりもなく探すことは不可能でしょう。それとも忠妃ちゅうひ殿は、何か良い手立てがあるとでも」


 生真面目な魅恩みおん教諭は、それでも本陣付近の捜索を行ったそうである。それで見つからなかったのだから、十分義務を果たしたと青蘭は考えている。

 が、忠妃ちゅうひはさも当然といわんばかりの口調で言ってのける。


「居場所がわからぬのなら生徒を使って広範囲を捜索させれば良いだろう」

「そんなことをすれば、夏季特別実習が立ち行かなくなります」

「別に構わんだろう。黒陽公主の安全と比べれば些末なことだ」

「そんな無茶な!!!」


 青蘭は、龍皇の群れに入って高々十年程度の新参者である。

 対して、他の妃たちは群れ旗揚げ時の創設メンバーであり、付き合いは数百年にわたり、絆も深い。新参者の青蘭が、自分たちと同じ六妃に治まっていることが納得いかないのか、顔を合わるたびにきつい言葉を浴びせられる。特に今回は、青蘭に非があるということもあり、理不尽を押し付けられても強くは出られない。


 と、そこで仲裁する形で口を開いたのは、今まで沈黙を守ってきた最後の一人。内政を司る賢妃けんひであった。宰相も兼ねる彼女は、論理的な思考の持ち主だ。


忠妃ちゅうひ、それはさすがにあんまりだわ。学園では生徒として扱うと、学園規則で定められているのよ。その点に関して、盟妃めいひを責めてはいけないと思うの」


「ですが――」


 勢いを削がれ、不服そうに口を尖らせた忠妃ちゅうひを、緩慢な手の動きだけで制して賢妃けんひが言う。


「今回問題だったのは、現地調査不足及び、教師の武装に不備があったことよ。それ以外に問題はなかった。これはあなたも同じ意見でしょう」


 賢妃けんひの問うような視線。その先は、黒帝城に咲き誇る一輪の花――将妃しょうひ烙陽らくように向けられている。場の注目を集め、将妃はその美しすぎる顔を首肯しゅこうした。


「その件についてはもういいわ。学園という群れから離れて行動した以上、一切の責任は黒陽あの子にある。でもね、青蘭。婚約となると話は別よ」


 ギクリ、とうつむいていた青蘭の表情が固まった。

 頭上から、美しい声が降ってくる。


「聞けば婚約したのは下院の生徒。それも適性属性なしの半龍人だという話じゃない。いくら自由恋愛だといっても、物には限度というものがあるわ。ねえ、あなたもそうは思わない?」


 流浪るろうの身であった青蘭と、幼い娘を拾い上げ、盟妃めいひの位を授けるよう龍皇陛下へ進言してくれたのは将妃・烙陽らくようである。今の自分があるのは、すべてこの人のおかげ。その意向を無視することなど、到底青蘭にはできなかった。

 拱手こうしゅし、深々と礼を捧げる。


「わかっております。その件につきましては、私の方でなんとか調整するつもりでございます」


 パッと華やぐように将妃の美貌が輝いた。後光が差したかのような眩しさに、青蘭は頬を赤らめ、上げかけた顔を戻すしかなかった。


「さすが青蘭。私の見込んだ人材ね。話が早くて助かるわ」


 魔性の女。黒陽公主の母親は、娘以上に人心を惑わせる美貌を持っていた。




――――――――――――――――

六妃や姫位六階級についての補足(近況ノート)

興味のある方は覗いてみてくださいね。


【設定解説】身分制度について

https://kakuyomu.jp/users/hinotama/news/16818093076494354860

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