剣一本で覇を握る! 無能と呼ばれた少年は公主様の献身によって成り上がる ~ところで、公主様? 勝手にハーレム作ろうとするのやめてもらっていいですか?~
第38話 公主様が勝手にハーレムを作ろうとするので困っている
第38話 公主様が勝手にハーレムを作ろうとするので困っている
獣王の森での死闘から一ヵ月。
暴風タートルの被害に遭った生徒たちの傷もすっかり癒えた頃。
夏も終わりに差し掛かろうとしていた。
公主様重傷の件を巡って、下院は大騒ぎとなった。
下院を統括する六人の女教師たちは緊急招集され、二年生三年生の夏季特別実習についても途中で取りやめとなったらしい。噂によれば、公主様の母である
その混乱を象徴するように、最初は自習形式で行われていた授業も、途中から、タイムテーブルを管理するのが面倒になったのか、授業自体がなくなった。そんなわけで連日休校が続き、
もはやそこに居ることが当たり前となった溜まり場。
ボロ小屋の長机に
「暇そうだな」
「ああ。獣王の森でのことを考えてた。なぁ黒陽。森の奥地へ行こうと提案したのが俺だって、本当に隠して良かったのか」
公主様は風に乱れた前髪を整えると、コクリと可愛らしく頷いた。
「問題が事のほか大きくなってしまったからな。公主である私が重傷、そして本陣は暴風タートルに荒され、対応に当たった教師二名も深手を負って一時行方不明となっていた。最終的に死者こそ出なかったものの、これは六妃会談が開かれるほどの大事だ。ならば、問題を丸く収めるためにも私が矢面に立つべきだろう」
「だけど、報告すべきことは他にもあるだろ」
「すべて
話を切り上げるように公主様が、バインダーに
「なんだこれ」
長机に肘を付いたまま、
「見てみてくれ」
椅子を引っ張ってきて、
婚約したのだから別にいいかとも思うが、それでもやはり美しすぎる顔が間近にあるというのは、必要以上に緊張を強いられてしまうものだ。
早くバインダーを開けとばかりに公主様が更に顔を近づけてくる。その距離感はもはや恋人のそれである。胸がドキドキと悲鳴をあげる。
「わ、わかった。わかったから近すぎるって」
近すぎる薄桃色の唇を避けるように目をそらす。
勢いで
そのせいか婚約したという認識はあるのだが、不思議と恋人になったという感覚が
(桜華には散々からかわれたけどな)
下院の一年生。百五十名を前に
しかし今、ボロ小屋にムードメーカーを務める桜華の姿はない。
ここ数日、体の調子が悪いという理由で女子寮に引っ込んでいるのである。
公主様と二人きりというシチュエーションを素直に喜べないのは、その辺りに原因があるのかもしれない。
「それでこれはなんなんだ」
袖口が邪魔だったので払うようにして腕まくりすると、
もう一度、
「履歴書?」
公主様は満足げに頷いた。至近距離の彼女が身じろぎするたびに女の
「学園の名簿だ。とにかく目を通してくれ」
公主様の意図がわからないまま、
「もしかして上院の生徒名簿か」
「そうだ」
一体、いかなる理由で上院の生徒名簿を見させられているのか。なにせ上院の生徒と
が、公主様の手前、その願いを無下にすることはできず、義務的に資料に目を通していく。読んでいるというよりかは見ているだけに過ぎず、内容は頭に入ってこない。しばらく無為な時間が過ぎたが、その中に見覚えのある顔を発見した。
資料には
気の強そうな鋭い目つきに筋の通った真っ直ぐな鼻。髪の毛は後ろで一つに束ねられていて――
「これは」
公主様が下院を初めて訪れた日。その姿を一目見ようと桜華に連れられて向かった先で、まるで騎士のように公主様へ付き従っていた人物。
「
なぜだか公主様は嬉しそうに、どこか誇らしげに笑んでいる。それはまるで大切な友人を褒められた時のような。と、そこで
「確か、お姉様って呼ばれてたよな。妹なのか?」
「ああ。
もう一度、写真の少女へ視線を落とす。
「てことは、この人も公主ってことになるのか」
「それは違う」
公主様は悲しそうに否定した。
「正確には義理の妹なのだ。父親が違う。少し訳アリでな」
両雄並び立たずという言葉がある。若い頃には一つの群れに複数の男が所属することもあるが、群れが大きくなる過程において、必ず、派閥争いが発生してどちらかは
「だから安心してくれ。正妃として娶る必要はない」
「? 娶る? なんの話をして」
「
公主様の漆黒の瞳が子供のような光を宿し、ギラリと黒光りする。だから何だ? というのが正直な
「桜華は戦闘には向かない性格だろう。だから内政を司る
前にも似たような話を聞いたことがある。どこか懐かしくすらも感じるが。
「まてまてまて、群れの話は諦めたんじゃなかったのか!?」
「迷える
「だーかーら! 俺は群れを作るつもりはないって言っただろ!」
「何を言う。私を正妃として迎え入れる時点で、群れの旗揚げは確定している」
「なんでだよ。旗揚げは群れの主人となる俺の意志で行われるものだろ」
無駄な抵抗だと予感しながらも、それでも
全力で抗う
「正妃とは群れ内部におけるローカルな称号だ。つまり言い換えるなら、正妃という称号が付与された時点で、群れは存在していなければならない。群れが存在しなければ、正妃という称号を与えることはできないからな」
ぐうの音も出ないほどの完璧な論理を展開され、流石の
「百歩譲って、群れを作るところまではいい。だけど、ハーレムを作るのだけはやめてくれ」
公主様と一緒に幸せな家庭を築く。例え平凡であったとしても、それが
無論、
だが、公主様も譲る気配はない。むすっとした顔をして上目遣いに睨んでくる。
「ハーレムではない群れだ。低俗な一夫多妻制などと一緒にするな」
長机に突っ伏す形で
「二人だけで幸せに暮らすっていう選択肢は?」
「ない。その未来は、私への命令権をあなたが放棄した時点でなくなった」
決闘で手にした命令権は失効していたらしい。使う気など最初からないが。
「群れのことを言わなくなったから油断してた。諦めてなかったんだな」
「当たり前だ。あなたが私を受け入れてくれるのをずっと待っていた」
――ずっと待っていた。
この言葉だけを聞くと純情で一途な乙女であるように聞こえる。だが、なぜだか
「こんなに美人な狩人にハンティングされるなら大歓迎だ……と言いたいところだが。俺は
「それは私とて同じだ。だから群れをしっかり強化しなければならない」
公主様は群れを大きくすることこそが、二人の幸せに繋がると信じている。
二人の価値観は平行線どころか、真逆の方向を向いていた。
「群れの編成権は、確か群れの主人にあるんじゃなかったか。だとすれば、俺に決定権がある。つまり、俺が許可を出さなければ妃を増やすことはできない。残念だったな」
長机に顔を埋めたまま
「正妃は主人と対等な存在でなければならない。つまり、私にも群れの編入を指揮する権限はあるということだ。私を受け入れたあの瞬間から、あなたは覇道を歩むことが確定している。安心しろ、私がしっかり支えてみせる」
(は、ハメられたぁ!?)
狩人が思い浮かんだ理由。己の直感が告げていたのはこれだったのか。
しかし一度受け入れてしまった以上、なかったことにはできない。婚約破棄などという鬼畜の所業だけは断じてするわけにいかない。
それらの苦悩をぶつけるように額をぐりぐりと机へ擦り付ける。机はひやりとして冷たく、熱の入った頭に気持ちがいい。
そんな様子をチラチラと覗き見ていた公主様が、不満そうに口を尖らせる。
「私とてあなたの意向を無視するつもりはない。だから一緒に選んでほしい」
ピタリ、と
「なるほど。そういうことか」
要するに、この分厚いバインダーに綴じられた生徒名簿は、妃に相応しい相手を探すための経歴書兼見合い写真みたいなものなのだ。だからより優秀な者を選抜するため、下院ではなく上院のものを持ってきた。
しかも、よく見ると特記事項の欄には手書きの細かい文字がびっしりと書き込まれている。性格、能力、容姿、群れへの考え方、そして群れへ編入した場合にどの役職を与えるのが適切か。具体的な数字を元に、公主様の考察が事細かに記されている。
「なぁ。もしかしてずっとこの資料を作ってたのか。大変だったろう」
公主様は、この一ヵ月もの間、群れに関する言及はしてこなかった。婚約したのだから正妃として口を出すという理屈ならば、そもそもこのような資料を用意する必要はない。婚約の翌日から口を出すこともできたはずだ。
しかし、そうはしなかった。
なぜか?
あくまで主体は群れの主人である
(わかってる。わかってるんだ。黒陽の真心を疑ってるわけじゃない)
それは顔がどうとか、能力がどうとかいう話ではなくて、その真っ直ぐな性格にこそ真価がある。だからこそ彼女に惚れたのだと、
だが照れくさくて、それを口には出さない。代わりに、
「そうだな。少しぐらい話を聞いてみてもいいかもな」
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