第39話 公主様の将来設計

 ハーレムについて色々と思うところはある。

 が、実際に群れを旗揚げするのは学園卒業時であるため、麒翔はこの問題をひとまず保留した。なぜなら、早急に対策を取るべき関連事案があったから。


「なぁ、黒陽。知っているとは思うが、あえてもう一度言わせてもらう。俺の成績は下院の末席。誇張抜きで底辺だ。上院の生徒が、俺なんかを相手にするはずないだろとも思うが、そもそもそれ以前に、黒陽おまえを娶る資格自体ないんだぞ」


 麒翔きしょうも一応は男である。公主様の名節を犠牲にしてまで婚約した以上、責任を取るつもりではいる。だが、厳然たる身分差が存在する以上、正攻法で彼女を娶れるとは思っていない。当然頭を過るのが、一度は公主様に提案し、そして叶うことのなかった駆け落ちプランである。


 だが、同時に思う。

 龍王樹りゅうおうじゅの下で出会った時、彼女は絶望に打ちひしがれる麒翔きしょうに問うた。


 運命と戦うべきか、逃げ出すべきか。どちらを選ぶべきなのかと。

 麒翔きしょうが「戦うべきだ」と答えると、公主様は満足げに同意していた。


 おそらく彼女にとって、駆け落ちは運命から逃げ出す行為に当たるのではないだろうか。だから選ぶことができない。戦うと決めているから。


「戦うと決めた黒陽おまえに俺のプランを無理強いすることはできない。だが」


 では一体、彼女はどのようなプランを立てているのだろうか。


「まさかとは思うが、俺が本気で上院の首席になれるとは思っちゃいないよな」

「当然だ。あなたならできる」


 一ミリも疑っていません。あなたのことを信じています。というような目を向けられて、麒翔きしょうは夢見る乙女へ全力でツッコんだ。


「いや、できねえよ!? おまえの目は節穴か!?」


 公主様がむっとした、という顔をした。頬を膨らませたその顔も美しい。


「以前にも話したが、公主を娶るための条件は二つある。一つは、龍公以上の妃として嫁ぐこと。だが、この選択肢を考慮する必要はない。あなたは龍公クラスの剣術の使い手ではあるが、総合力ではまだ龍公には遠く及ばないだろう」


 と、そこまで言ってから公主様は補足するように言い添えた。


「大丈夫だ。龍人は十五歳から成長期に入り、百歳まで成長し続ける。ゆえに今はまだ勝てなくとも、いずれ勝てるようになる」

「いや、そこまで高望みしてねえよ」

「高望みなどではない。あなたの実力ならいずれ龍公りゅうこうはおろか、龍王りゅうおうにだってその手は届くだろう」


 公主様、やっぱり目はキラキラと輝いていて。天元てんげん突破したその期待に水を差すのも悪いと思い、麒翔きしょうは閉口した。彼女は説明を続ける。


「では仮に、現時点で龍公と互角の力を持っていたとしよう。しかし、それでもやはり龍公になることはできない。なぜなら、龍公に昇格するための条件に群れの規模が五千人以上と規定されているからだ」


 爵位とは群れの主人である龍人男子に与えられる称号のことである。そしてそれは同時に、龍人男子の強さを表す指標にもなる。


 公主様の話によると、上から五番目の龍天りゅうてんまでは純粋な実力のみで昇格が可能なのだが、貴族に相当する龍聖りゅうせい、及び、上級貴族に相当する龍公となるためには、群れの総合力も査定に含まれるらしい。


 群れの総合力とは何かというと、早い話が経済力であり軍事力である。そして大きな群れを運営し、独立性を保つことができれば、総合力が高いと判断される。


 龍聖階級を得るには最低千人以上。龍公階級を得るには最低五千人以上。


 これが条件。


 群れとは一朝一夕で大きくなるものではないため、絶対に達成することは不可能だと公主様は断言した。そして、


「そうすると必然的に、もう一つの条件を満たす必要が出てくるわけだが。覚えているか?」


「当然だろ」と麒翔きしょうは胸を張り、


「上院の首席の正妃として嫁ぐ必要があるんだろ」


 自信満々に答えると「違う」と公主様に否定されてしまった。彼女は訂正するように一言一句を丁寧に、


「上院の首席の正妃として嫁ぐ必要がある」


 一瞬、違いがわからなかった。異なるのは細部の微妙なニュアンスだけ。


 ただでさえ近い公主様の顔がぐっと寄ってくる。思わず背が仰け反る。


「いいか。私たちの今後を左右する大事なことだから、よく聞いてきちんと理解してほしい」


 真剣な目で見つめられ、美少女にそんなことを言われたら男としてドキッとせずにはいられない。まるで夫婦のようではないか。いや、婚約者ではあるのだが。


「わ、わかった」


 生唾を飲み込み、麒翔きしょう首肯しゅこうする。バグった距離感。首筋に甘い吐息が吹きかけられる。理性のタガが一瞬で持って行かれそうになるが、ぐっと我慢する。さすがに今抱き寄せたら、怒られるだろう。黙って耳を傾ける。


「学園卒業と同時に、すべての龍人男子には爵位が与えられる。下院の生徒には龍士りゅうし、下院の首席には龍猛りゅうもう、上院の生徒には龍騎りゅうき――そして、上院の首席には龍閃りゅうせんが与えられる」


 頭の中に、九爵位を思い浮かべる。


 龍皇りゅうこう龍王りゅうおう龍公りゅうこう龍聖りゅうせい龍天りゅうてん龍閃りゅうせん龍騎りゅうき龍猛りゅうもう龍士りゅうし


 すると上院の首席は、上から六番目の爵位ということになる。

 思った感想を口にする。


「思ったより、高くないんだな」

「そうだ」


 公主様の顔が興奮からか少し赤味を帯び始めている。彼女はぐっと胸元に添えた拳を握り締める。


「公主を娶るための正確な条件は、龍閃以上の正妃として嫁ぐこと。そして龍閃自体は高い階級ではない。ただし」


 公主様の説明によるとこうだ。


 龍人は十八で学園を卒業し、同時に群れを作って独立する。


 群れを作るということは、妻を迎え入れる必要があるということ。そして最初の妻が正妃となる。つまり、公主を正妃として娶るためには、学園を卒業した時点で龍閃へ到達していなければならない。


「つまり、首席で卒業する必要があるということだ」


 そこで公主様がニヤリと笑った。

 その含むような笑みを見て、システムに穴があると麒翔きしょうは気付いた。


「なるほど。それで首席相当が必要と言ったのか」


 今のロジックは、卒業と同時に群れを作ることが前提である。

 その前提が崩れれば、難易度は格段に下がるのだ。


 例えば、群れを作らずに龍閃階級まで登り詰めたのち、公主を正妃として娶るのならば、首席である必要はないということになる。あくまで必要なのは龍閃という爵位の方であって、首席という肩書きではないからだ。


 だが、このシステムの穴を一般的な龍人男子が突くことはできない。なぜなら龍人にとって、卒業後に群れを作らないというのは、大変不名誉な行為にあたるからだ。人間で例えるなら、無職の借金持ちが遊び歩いているようなもの。


 しかし、群れに対してこだわりのない麒翔きしょうは違う。そもそも不名誉だという感覚そのものがない。


「だったら話は簡単だな。龍閃まで出世してから迎えに行けばいいんだ」


 爵位を上げるために一番手っ取り早いのは傭兵として戦争に参加し、武勲ぶくんを上げること。実力が認められれば、爵位は勝手に上がっていく。学園でこそ落ちこぼれの麒翔きしょうではあるが、闘争に関しては少し自信がある。そして龍閃は決して手の届かない爵位ではない。


 しかし、公主様は悲しそうに首を横に振った。


「ああ、たしかに条件を満たすことはできるだろう。だが、それでは年下の公主を娶ることはできても、私を娶ることはできない。学園卒業と同時に私は嫁がなければならないからだ」


 群れに入らず、独立しないのは不名誉なことである。

 それは龍人女子である公主様にしても同じこと。不甲斐ない男を待つことなど高貴な身分である彼女には許されないのだ。


 考えてみれば、龍人が同年代の男女で群れを作ろうとするのも、不名誉たるこの空白期間を避けた結果なのではないか。と、今更ながらに思い至る。


 龍人としての感覚が致命的に欠落していることに麒翔きしょう唖然あぜんとしていると、公主様からフォローが入った。


「だが、着眼点は悪くない。龍閃階級さえあれば良いというのは正鵠せいこくを射ている」


 今度こそ麒翔きしょうは大きく眉をひそめた。


 卒業後に龍閃へ出世するプランは否定された。である以上、学園卒業時に龍閃へ到達している必要があり、それは首席で卒業しなければ叶わないはずである。もしも別の道があるとしたら、卒業を待たずに学生の内に龍閃へ到達するプランになるはずだが。


「学生の間はどうやったって爵位は得られないんだぞ。知ってるだろ」


 爵位を得られるのは学園卒業時のみ。

 そして爵位を持たぬ者は、いくら武勲を立てても昇格することはない。

 つまり、学生の間に爵位を龍閃へ持っていくことは不可能である。


 が、その反論も想定済みなのか、公主様は大仰に頷いてみせた。


「その通りだ。だから学園を卒業し、爵位をたまわったタイミングで、有資格者から別途爵位を昇格して貰えばいい」


 学園卒業と同時に爵位を賜るが、学園を卒業したその日に嫁ぐわけではない。つまり、その時間差を利用して、麒翔きしょうの爵位を一気に上げてしまおうということらしい。


「なんだその裏技は」


 半信半疑。本当にそんなことができるのか。疑問である。

 けれど、自信満々の公主様を見ていると、いけるような気がしてくるのだから不思議なものだ。


「で、有資格者って誰なんだ」


「貴族階級、つまり龍聖以上の爵位を持つ者には、爵位の任命権が与えられている。任命できる爵位は、自身の持つ爵位の二つ下まで。つまり、龍聖の場合は、龍閃まで任命できるということになる」


「要するに貴族なら誰でも龍閃に任命できるってことか」

「どうだ。希望が湧いてきただろう?」


 公主様が「超」のつくほど有能な人材だということは、獣王の森の一件で痛いほど実感している。その論理には一分の隙もなかった。ともすれば、本当に可能なのではないか。麒翔きしょうは淡い期待を抱いた。


「ああ……けど、どうやって。まさか気軽に頼む訳にもいかないだろ」

「私が頼めば良いのだ。父上にな」

「龍皇陛下に!? 流石にそれはまずいんじゃないか」

「なぜだ」

「龍人族は実力至上主義が売りだろ。コネはまずいだろ、コネは」

「コネではない。口利きはするが、実力は正しく見てもらう。その上で龍閃は妥当だと判断していただく」

「なるほど。だが、致命的な問題点があることに気付いているか」

「問題点? そんなものはないはずだ」

「俺を高く買ってくれるのは嬉しい。だが、果たして龍閃相当の実力が、今の俺にあるかは怪しいところだぞ」

「ある」

「いや、少しは疑えよ!?」

「言ったはずだ。剣術の腕だけなら龍公に比肩ひけんしうると。龍公クラスの剣術を扱える者が、龍閃如きにつまずくはずがない」


 やはりというべきか。公主様の持つ麒翔きしょうへの信頼は、神を信仰するレベルで高い。以前は重荷に感じたその高すぎる期待も、婚約者となった以上、受け止めなければならないだろう。公主様の言葉を借りるなら、この程度でつまずいていては公主を娶る資格などないのだ。


 拳を握り締め、宣言する。


「わかった。今まで以上に研鑽けんさんを重ね、剣術を極めてみせる。そして誰もが納得する実力を示して黒陽おまえを娶ってやる。必ずな」


 赤と白の龍衣の袖が空を舞った。公主様の華奢な体が倒れ込んでくる。とっさに両手でその肩を支えると、公主様の美しい顔が胸元にあった。艶やかな黒髪からは良い匂いがする。


「な、なななんだ。どうした!?」


 自分から抱き寄せるのと、抱きつかれるのとでは、覚悟の分だけ反応に差が生まれる。要するにこの男、日和ひよったわけである。


 細腕が腰に回され、ぎゅっと公主様の肢体したいが密着する。柔らかな感触と甘い息遣いが、メスを求める龍人の本能を甘美に刺激する。


「強く、もっと強く抱きしめてくれ。そして絶対に私を離さないでくれ」


 おそるおそる、公主様の細いウエストに腕を回す。

 甘い声が耳元で囁いた。


「それに私は、適性属性の問題さえクリアできれば、正攻法での攻略。上院の首席卒業も可能だと思っているぞ」

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