第2話
待ち合わせは××市のファミリーレストランだ。
店の前まで来たところで、席の位置と依頼者の服装についてのメールが届いた。
約束の4分前だ。
店に入ると、ぱっと顔を上げてこちらを見る女性がいた。ベージュのワンピース。
彼女だろうか。
少し小走りで向かうと、
「甲野です」
深くお辞儀をすると、顔にかかったワンレンの髪を素早く耳にかけた。
「初めまして。
「こちらこそ、急なご依頼だったのにすみません。ありがとうございます。」
どうぞ、と促されて対面に座る。
席の奥に置いたボストンバッグに目線を感じた。
「多かったですか?人探しとのことでしたので、少なくとも数日はかかるかと」
「いえ。そのつもりで来ていただけたのなら、ありがたいです。あ、とりあえずコーヒーで良いですか?」
彼女は聞き、近くの店員に声をかけた。
「それで、ご依頼の内容と言うのは」
はい、と、彼女はカバンから一枚の写真を取り出した。
5、6歳だろうか。
グレーのスモッグをトレーナーの上に被り、カーキ色の半ズボンからは膝小僧が出ている。
丸刈りの、かわいらしい男の子だ。
画質が少々荒いが、わかりやすいように写真の一部を引き伸ばしてくれたのだろうか。
「カケルと言います。
この子を探して欲しいんです。」
「子ども…?もしかして、息子さんですか?」
「…はい、そうです。」
てっきり、生き別れの兄とか妹とか、ちゃんと別の人生を歩んでいるけど会えなくなった人を探すのかと思っていた。探偵の人探しとは、そういうものだと…。
まさか、自分の子どもだなんて。
「家からいなくなったということですか。警察に相談は?」
親のくせに何をこんな悠長に、と赤の他人の僕が苛立ってしまうくらい、突飛な依頼に思えた。
おまたせしました、と店員がテーブルにコーヒーを置いて行く。
彼女は少し小声で話した。
「警察は…必要ありません。
いる場所の検討はついています。ただ、1人では都合が悪いので、長谷川さんにご依頼しました。」
「都合…?」
「はい。場所は、ここから更に奥地に入るんです。そこでは流石にアクセスが悪いので、駅から近い××市にお呼びしました。
コーヒーを飲んだら、出発しましょうか。詳細は車でお話しします。」
甲野さんは、息子さん失踪事件について、人前で多くは話したくないようだった。
天気とか、ここまでどうやって来たのかとか、そんなことを話しながらコーヒーを飲み干した。
「じゃあ、いきましょうか」
彼女はひらりと伝票を取る。
「僕がお支払いしますよ」
「いいえ、このくらいお気になさらず。」
すいません、と頭を下げる。
コーヒーを奢られると、依頼を断っても交通費は出るのかなどと考えていた自分が恥ずかしくなる。
「これです。狭いけどすみません、助手席にどうぞ」
なんの変哲もない。黒い軽の車だ。
後ろの席に荷物を置かせてもらい、助手席に座る。
「古い車なので、乗り心地が悪かったらごめんなさい。2時間ちょっと乗りますから」
「え、ここから2時間?」
「はい。うんと田舎へ。お話もゆっくりできると思います。」
そりゃ2時間もあったらなあ。
彼女は車を発進させた。
###
「せっかくお店にお呼びしたのに、大して情報をお伝えしないでごめんなさい。カケルは、△△村の、保育園にいます。監禁されているんです。」
「監禁!?」
「はい、おそらく。いや、ほぼ確実に。」
「保育園がなぜ、毎日子どもを帰すはずでは?ちゃんとした組織に管理監査して運営しているはずの場所に監禁って、それこそ警察に言うべきじゃないですか。監禁場所がわかっているなら尚更、すぐ対処できるんじゃ」
「警察はダメなんです。」
彼女は食い気味に言った。
「警察は…おそらくグルです。私も何度も連絡しました。でも、戸籍を調べても、そんな子いないだろうと。市が運営する保育園ですから、△△村自体怪しいです。」
理解が追いつかない。
自分の子どもなのに戸籍がない?
僕は言葉を失った。
そんな、警察も歯が立たないようなところへ、僕なんかが行って何ができるのか。
市営の保育園という、ほんわりした組織の裏の真っ黒な闇。あまりに馴染みがなくてうまく飲み込めない。
「そこに、なぜ僕を…」
「はい。保育園は、そんなことを隠していますから、保護者以外入れないんです。」
「それなら僕も入れないじゃないですか。…え、いや、甲野さんは保護者ですよね。1人で行けば入れてもらえるんじゃ」
「すみません、さっきのは嘘です。自分の子どもじゃないのに探せなんて、逆に私が誘拐犯みたいだなと思ったので。最初に何てお話しすべきか、随分悩みました。
グローブバックスの中に、写真があります。」
彼女は前を向いたまま、淡々と話す。
保育園の、遠足の集合写真だ。
お揃いの帽子を被った子供が20人程。
「前の列の、1番左がカケルです。」
確かに、ファミレスで見せてもらったのと同じ顔立ちの男の子がしゃがんでいる。
「その隣の、三つ編みの女の子が、私です。」
「え?」
しかし、そこに写っているのは、5〜6歳の女の子だ。顔立ちは確かに、面影があるようだが。
僕は甲野さんの顔と見比べた。
僕の視線に気づいたようだった。
「正真正銘、私です。前で先生が持っている看板を見てください。」
片膝を立てて、両サイドで中年女性が支える看板に注目する。
【1996年 5月28日 子宝保育園 すみれぐみ 遠足 △△村公園】
「今年で28歳になります。タケルは、同級生です。」
僕は今日何回絶句すれば良いのだろう。
「その保育園から卒園する時に、彼は卒園式にいませんでした。小学校に上がっても、彼を見ることはなかった。
…多分、その時からずっと、保育園の中に監禁されているんです。」
信号で止まっても、彼女の目はずっと前を見続けた。
子宝園 緑ノ池 @midorino-ike
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