第3話(終)

「お客さま、お客さま。着きましたよ」

「お、おう。そうか」

「〈オーヤ・サーン〉の記録によれば、太陽系という星系のようですね」

 彼方には小惑星帯アステロイドベルトがみえる。

「いいところでしょ」

「スープーさん、あの白いものはなんでしょう?」

 小惑星の表面に粉雪のようなものがついている。

「小惑星に自生する菌類ですね。マ・サーという菌類ですよ」

「問題ないのか?」

「ちょっと待ってください」

「小惑星帯はこのへんの宇宙生命たちにとってのホテル街でして。大小さまざまな小惑星に〈コンドミニアム〉と呼ばれる宿泊惑星が点在しています。マ・サーは宇宙生命にとっては麻薬成分をふくむ菌類で、マ・サーはこのへんではいくらでも自生しているためいくらでも取れます。価値はほとんどないですが。マ・サーは疲れた宇宙生命の癒しとなっていますよ」

「麻薬だって?」

「そうです、ウェーイ」

「ダメだ、ダメだ。〈モノ・クゥ〉をクビになってしまう」

「ではマ・サーをすべて刈り取ってもらうことになります」

「料金は?」

「お客さま持ちです」

 アムルゼッスンは首を縦に振らなかった。

「では太陽系をすこし移動しましょうか」

 宇宙船は小惑星帯をくぐりぬけていく。

 むこうに輝く星があった。

「うつくしい、燃えるような星だ」

「太陽ですね」

 宇宙船からレンズで拡大すれば色とりどりの星が太陽のまわりをぐるぐる回っている。

 どうでしょうか、とスープーはアムルゼッスンに語りかける。

 四つの物件が候補に挙がった。水星、金星、地球、火星の四つである。

「まずは水星を見てみましょう、お客さま?」

 アムルゼッスンはひとつの星に目を奪われた。

「あの星がいいな」

 スープーが構わずに続ける。

「まずはですね、水星を見に行きます!」

 アムルゼッスンはじっと遠くを見ている。

「では、赤い惑星はどうでしょうか?」

「赤はきらいだ」

「悪くない星ですよ、テラフォーミング料も安く済みますし……」

 スープーの顔は引きつっている。

「では金星なんていかがですか? 権力者にぴったりな名前かと」

「わたしたちはそこそこ金を持っているが、平社員だ」

「そうですか。でもいかがでしょう? もっとほかの良い惑星がありますよ」

 スープーはデータベースを確認しながら太陽系全体の物件を探す。

「青いのがいい。自由を感じる色だ。あそこに決めよう」

「アムルゼッスンさん、まことに申し上げにくいのですが……」

「何だ?」

「あそこには原住民がいまして……」

「誰だ?」

「人類と言います」

 そうだな、と言ってアムルゼッスンはニヤリと銃を構えた。

「お客さま?」

「原住民は、根絶やしにする」

 スープーは目をしばたたかせた。

「ええ? 困りますよ。それはちょっと……」

「われわれには時間がない。いまも同胞たちが飢えに苦しんでいる。さっそく物件を占領して、惑星を改造する」

「お客さま、これは契約違反になります」

「うるさい!」

「銀河連邦警察を呼びますよ。これであなたたちは印ありになる。あなたたち種族は、銀河のお尋ね者だ」

「構わない」

 スープーは突き飛ばされた。

「ちょっとぉ!」

「スープーさん、あなたはわたしの恩人だ。傷つけたくない」

 アムルゼッスンは腕時計に声をかけた。

「全同胞に告ぐ。いまから送る座標に艦隊を集結させるんだ」


 庭球のラケット座、アンダースピンにいたわれわれはアムルゼッスンの命令で地球という惑星を包囲した。イキュッセン将軍がアムルゼッスンと握手する。

「此度は艦隊を引き連れた長旅ちょうりょ、ご苦労様です」

「われわれの新たな母なる星だ。なるべく傷つけたくない」

「人類という原住民の、抹殺ですね?」

「ああ、そのために中性子爆弾を用意している」

「きれいさっぱりですね」

 アムルゼッスンは目を閉じてそのときを待った。

 かれの脳波に同調した〈オーヤ・サーン〉が語りかけてくる。

「アムルゼッスン、きこえるか? 人類を滅ぼすのを止めるんだ。銀河の法をやぶるな。宇宙は広かっただろう? そこでさまざまな生命が暮らし、自分の人生を生きている。それを破壊してはならない。おまえはもう知っているはずだ」

「〈オーヤ・サーン〉、あなただって獣を殺したではないですか? それとこれの何が違うのですか?」

〈オーヤ・サーン〉はアムルゼッスンに優しく語りかけた。

「あれは知性階梯に上るにふさわしくない生き物だった」

「知性階梯?」

「邪悪な知性と力で世界を蹂躙じゅうりんしようとする、最も宇宙の調和を乱すものだ」

「だったとしても、人類は知性階梯に上るにふさわしいとでも言うのですか?」

「いや、ちがう。アムルゼッスン、おまえたちが人類を導くのだ。人類はまだ愚かで弱い種族だ。わたしがスープーをつかっておまえたちをこの太陽系の物件に案内したのは、人類を新たなステップに上らせるためだった……」

 アムルゼッスンはごくりと息を呑んだ。

「わたしたちのような、醜い姿の種族が、ですか?」

「そうだ。見た目は関係ない。おまえたちは高度な科学技術と、忍耐を兼ね備えた種族だ。人類を導いてやってほしい……」

「導くって、どうやって?」

「過ちを犯そうとしたときいさめてやり、前に進もうとしたとき、背中を押してやるのだ」

 アムルゼッスンは目を開いた。

 イキュッセン将軍が爆弾発射の命令を出そうとしたとき、アムルゼッスンはブラスターを構えて立っていた。

「なにをする気だ? アムルゼッスン」

「われわれは結論を急ぎすぎました」

「人類を滅ぼせば、われわれは母なる星を手に入れるはずだ」

「わたしたちは成熟したのです。母を探すのはもうやめましょう、わたしたちは気づくのが遅すぎた。わたしたちは父になるのです」

「アムルゼッスン、息子よ。成長したな……」

 イキュッセンが目を閉じて降伏の意を示した。


 スープーが待っていた。

「らっしゃいませ~」

 われわれは不動産星に言われるがまま、地球を分譲し、人類と共存する道を選んだ。さいわい人類はさいきん言葉を覚えたようである。ちいさなわが子だ。

 宇宙は広い。われわれは新たな宇宙航法を開発しながら、〈モノ・クゥ〉に通勤している。ずっと長い間、われわれは故郷という幻想を持っていた。だが、いまはちがう。ともに歩むものがいてこそ、宇宙の未来はあかるい。〈終〉

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