第12話
ずっとそばに
階段を上りきった先にはおびただしい数の卵。
まさに足の踏み場もない、とは正にこのことだ。
「これから、どうすんだよ」
「さぁ、とりあえずあの建物の中に入ってみるか」
「社か、わかったけど、どこ歩くんだ」
「そりゃ、卵の上だろ」
「そうか、この数、気色悪いな」
「あぁ、トライポフォビアになるレベルだな」
と言いながらディーが卵の上を歩き出した。
意外と石の上を歩いている感覚ぽい
「確かに集合体恐怖症になりそうだ、ディー気になったんだけど」
「なんだ?」
「この星の言葉どうやって覚えたんだ」
「今それ聞く?敵の本拠地だぞ、緊張感ねぇな」
「ディーなら何が出てきても大丈夫だろ」
「まぁな。
アロに会う前、2、30人くらいに俺の毒に適正あるか噛み付いた時に色んな記憶を抜き取ったんだ」
「俺の記憶は」
「あのまま溶けてたら記憶を取ってただろうな」
「俺、溶けたのかよ」
背筋が寒い。
「あぁ、今さっきの中型みたいに」
込み上がってきて、嘔吐く。
「吐くなよ、吐いたら、掃除代で5000円頂きます」
「タクシーかよ」
「アロにとってオレは乗りもの、だあからな大して変わらねぇだろ」
「じゃあ、ディーは俺の記憶見てねぇんだな」
「ん?」
ディーの声が上ずった。
ディーはやってんな、俺の記憶、みぃたぁなぁ。
「じゃあ硯田1等陸尉の話しなくても良かったんじゃねぇかよ」
「あぁ、それは、無理だ、アロの思い出したくない話は見れない」
俺の記憶見たの確定なっ。
「そんなもんか」
「そんなもんだ」
社に近づくと、賽銭箱の後ろから、にゅうっと一匹の成蟲が現れた。
体はおんな型だが、いつもの顔じゃない。
幼さが残る14、5歳の青年、中性的な顔立ちにクリっとした目に通った鼻筋ぽってりとした唇、可愛い人の顔、俺とは真反対なタイプだ
ちなみに俺は、、、普通だからな普通。
ディーが特殊スーツを解いた。
俺はその反動で外に飛び出し、卵の上に転がった。
久々の外だ、なのに淀んだ空気に吐き気がする。
ディーの持っていた2つの塊がドスっと音を立てて落ち、卵の上に転がる。
ディーは力なく、ポカンとその蟲人を見て、涙をながしている。
「ロプ」
ディーが呟いた。
この言葉に反射的に蟲人を見た。
この子がロプ
負けた。
敗北感が俺を襲う。
人目がなかったらひとりで蹲って泣いていた。
ロプの顔を持った蟲人はディーに向けて抱きしめてとでも言うように手を伸ばす。
ディーがよろっと一歩、一歩踏み出した。
その様子を見ている俺の頭にコツンっと石がぶつかる。
痛ってぇな、石の飛んできた方を見ると、森の木々の間から蟲人が顔を出す。
蟲人は境内には入ってこられないみたいで、入れるギリギリの所で手招いている。
蟲人は、石や枝、水を飛ばしたり強い風が襲ってくる。
風の勢いにとばされる、石や枝が次々と俺に傷をつける。たまらずかがみ込む。
俺の足を何かが掴んだ。
掴まれて足からゾワゾワと悪寒が走る。
もう俺は食われて死ぬな。
蔦だ、蔦は俺を高く持ち上げた。
逆さまで、宙吊りだ。
女の子ならスカートがめくれてパンチラのチャンス!
スカートを押さえてイヤンって声をあげるところだ。
ディーは少しづつロプの顔の蟲人に近づいている。
ズリと蔦が動いて俺は、森に少しづつ近づいていく。
とそこに何かがすごい勢いで飛んできて、蔦を切った。
ドサッと落ちる俺、頭から落ちないように訓練しておいて良かった。昔の俺グッジョブ。
何かが飛んできた方向を見ると、枯れ始めた巨木、少し枝に緑が残っている程度、辛うじて生きているような状態だ。
俺はその巨木に頭を下げる。
巨木が喜んだ気がした。
ここに蟲人が入れないようにしてるのは、この巨木なんだなぁと、なんとなく思った。
俺はイラっとして、俺のイラの原因に向かって駆け出した。
俺を守るって言ってた奴は何やってんだ、コラ。
守ってくれたのは巨木だ。
ディーは後3歩程で、蟲人に届きそうだ。
ディーはロプ、ロプ、と涙を流しながら呟いている。
俺はロプ顔の蟲人と、ディーの間に割って立ち、思いっきりディーを殴る。
俺のイメージだと、殴り飛ばされるディー、「何すんだよ」っとなって、正気に戻るはずだ。
と思った。そんなことを夢見た数秒前の俺を殴りたい。いや、殴れないな。
だって、
実際は俺の手が砕けた。
勢い余ってちぎれましたけど。
どんだけ硬いんだよ。
うずくまる俺、それに躓くディー
降ってくるディーの声
イラがイライラになった。
「なにやってんだ、ろぷ」
「ろぷ、じゃねぇよ、アロだろ、お前が勝手に俺につけた名だろ、間違えんじゃねーよ」
「ワリィ」
ディーが笑いやがった。
「許すかボケ、一週間食事抜きだからな」
「ごめんて、アロあとで、いっぱいイかせてあげるから〜」
「いいや、許さねッ」
おとこ型の持つ尖った手が俺の口から出てきた。
おんな型のはずじゃ。
ディーの驚いた顔がゆっくり見える。
走馬灯ってこんな感じなのかな。
ディーは俺を抱いて、おとこ型の手を引き抜き、俺に噛み付いて毒を流し込む、と同時にディーがスーツを着て俺をカプセルに仕舞う。
霞む視界、じわじわと回復する、長くて短い時間。
金魄は眉間の奥にあるって、ディーが言ってたな、ロプ顔の蟲人は俺の口じゃなくて、もう少し上を狙っていたなら、俺は死んでたな。
ロプ顔の蟲人はそんなに俺の口を塞ぎたかったんだろうか。
少し目を瞑る。
つかれたろう。俺もつかれたんだ。なんだかとても眠いんだ、、、、パトラッ
って俺生きてるし。
目を開けると、安全なカプセルの中だ。
ディーは殺したロプ顔の蟲人の顔を優しく撫でていた。
「ディー?」
「あぁ、起きたか、ごめんアロ」
「いいんじゃねぇか、俺生きてんだし、まぁ許さねぇけどな」
「アロごめん、この件が済んだら、アロが行きたかったネズミの王国に一緒に行ってあげるから」
「いや、俺そんなこと思ってねぇからな、シラっと自分の願望言ってんじゃねぇよ」
「だって、最後に溶かした女がネズミの王国に行きたいって思って死んだんだもん、記憶楽しそうだったし」
「えっ男二人でネズミの王国はちょっと」
「じゃあ、平潟さん誘おうよ、どうせこの先ずっと俺たちの監視任務に就くはずだし」
「じゃあもう一人女子誘おうよ、ニイニイでカップルできるし」
「じゃあ、俺の相手はアロな」
「結局、男二人で行ってるのと変わらねぇよ」
ディーがロプ顔の蟲人を社の柱に座らせて手を組んだ。
「埋葬する時こうするんだろ」
「そうだな」
社の階段を上る。
「ディー、アレ」
「あぁ」
卵の上に落ちていた塊を俺が指差す。
ディーは拾って社の階段を登り扉を開けて中に入る。
中は埃で汚れ、建物の屋根や壁が抜けている。
社の中はボロボロで何も無く、
ガランとしていた。
塊がブルッと震えた気がした。
外に出ようと後ろを振り返った。
そこに広がった景色は、清々しい空気に掃き清められた境内、巨木の御神体、暖かい日差しが差し込む、鳥や動物立ちが境内を走る。
行き交う人々。
格好は様々で着物を着ている人、
ちょんまげを結っている人、
女性は、着物に後ろに一本で縛っている人、布を巻いている人、
時代劇で見るような髪型の人もいる。
次第に服に代わり、軍服の人、モンペを着た人、次々と景色が流れていく。
現代に近づいて、学生や七五三初詣で訪れ、賑わう境内。
プツリと景色が終わった。
今までと変わらない足のふみばもない位に卵が並ぶ、淀んだ空気に戻っていた。
「ディーとりあえず、戻ろうか」
「おう、そうだな、この塊、平潟さんに調べてもらわないとな」
社を出て、歩き出した。
「ディー、待って。
帰る前にあの御神木に行ってくれ」
「あの枯れかけた木か」
「そうだ、俺がおんな型に捕まりそうになった時に、ディーの代わりに、ディーの代わりにあの御神木に助けて貰ったんだ、だから、よーく、御礼言うんだぞ」
「なぜ2回言う」
「大事だからな」
「わかった、大事だから御礼も二回言うよ」
「そうだな、そうしてくれ」
俺たちは枯れ始めている御神木に近寄り、お礼を二回言った。
木の幹が歪んで引っ張られた。
何も無い広い空間、黄金色の草原の中にいるみたいだ。
ディーの特殊スーツは解けていて、俺もカプセルの中から出て、ディーと二人で並んで立っていた。
*子供たちよ、よくここまで来てくれました。
先程の景色は私が見てきた景色の1部です。
今はこんなですが、いずれは戻ると信じています*
慈愛に満ちた声が降ってくる。
*よく、堕ちたカミ二柱の怒りを諌めてくれましたね*
「いえ、俺たちは何も」
*いいえ、ちゃんと諌めましたよ*
「それで、今カミ様はどこにいるんですか」
*クスッ、あなた達が持っているではありませんか*
ふと目線を手に落とす。
俺とディーの手にひとつづつ、あの塊を持っていた。
*今は小さな子供のように、あなたに抱かれて眠っています*
「獅子と狛犬はカミ様だったんですね」
*元は綺麗な神像でしたのにね*
「御神木様はカミさまを見守るお役目を持っていらしたのですか」
*いいえ、ワタシは、ただ長く生きた木に過ぎませんよ、どの木よりもここの場所が好きだっただけです*
「御神木さま、俺を助けていただきありがとうございました」
*最後にワタシが助ける子があなたで良かった*
「最後?」
*はい、もうじきワタシは枯れます、ワタシは卑怯ですね*
「卑怯?なぜ」
*ワタシはあなたにお願いがあってここに呼びました、ごめんなさいね*
「お願いとは」
上からキラキラとした白い綺麗な細い枝が俺の前に宙で止まった。
「これは? 」
*この枝でその塊を刺してください、そうすれば外にある卵が発生しなくなり、今ある卵も孵りません、どうかお願いします*
優しい声は俺にして欲しいことがあってここに読んだんだな。
俺は御神木に助けられているからな、刺すだけでいいなら、お易い御用だ。
塊を片手で抱えて、白い枝を持って振り上げて、塊を目掛けて振り下ろす。
刺される寸前のところでディーが俺の手首を掴んで止めた。
ディーは険しい顔で俺を見て首を振っている。
「どうしたんだディー」
「ダメだ、やっては行けない」
「どうして」
「アロが今しようとしていることは神殺しだ、アロが咎を背負うぞ」
「何言ってんだ、人間はガミ様を殺せねぇよ」
*そうですね、今回は既に堕ちているのですが、ギリギリカミの分類に入るかと。
まぁ今回は子孫の七代くらいまで不幸が続く位ですかね*
「ダメじゃねぇか」
思わずツッコミを入れてしまった。
*七代なんてあっという間ですよ*
「その七代の間に子孫全滅すると思います」
*しかたないですね、最後の力を使って、全滅しない呪いを掛けておきましょうか*
「御神木さま最後の力で呪ちゃあダメですよ」
*では、真面目に最後にお願いです、カミをどうか救って下さい*
「真面目じゃなかったんですね、分かりました、俺が責任持ってやり遂げます、なので、子孫たちは不幸にしないでやってください」
*考えておきますね、クスっ*
「お願いします考えておいてください」
*それと他の星の子、あなたにも大変な苦労を掛けましたね。
そうだ、コレを、だいぶ欠けてしまいましたが*
ディーの上に小さな紺色のガタガタの玉が落ちてきた。
受け取るとしげしげと見つめて、カプセルに戻した。
(おかえり)
ディーが小さな声で囁いた気がした。
*そうでした、カミにその枝を刺しても死にませんよ、また生まれ変わるだけです*
*もう時間が内容です、あなたと他の星の子の掛け合いとても好きでした最後にありがとう*
「御神木さまありがとうございました」
頭を下げた。
俺は手に持っていた枝を塊に刺した。その塊はボロボロと崩れ落ちた。
ディーが俺の手から白い枝をとって、ディーの持っている塊に刺すとボロボロと崩れ落ちた。
気がつくと、元いた場所に戻っていて、俺はカプセルだった。
カミさまだった塊は何処にもなかった。
俺とディーは大きくため息を吐いて歩き出す。
卵の上を通って帰ろうと足を踏み出すと、卵がクシャっと音を立てて潰れた。
この卵を踏んで片付けるのを後に回して、帰路に着いた。
成蟲はまだうようよしているが、目的をなくしたようで、ただただ立っている。
「疲れた、帰ってビール飲みたい」
「オレも腹が減ったよ、アロ食わせろぉ」
「ビールの後な」
「それだと、ビールの味になるだろ」
「いいじゃん、一緒に酔おうぜ」
「まぁそれでもいいっか」
労働者のように背中に疲労感が漂っていた。
二人は夕焼けに照らされて、家路を急いだ。
〜おわり〜
スプリット 相晶 三実 @yamatomoitimi
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