第2話「時として例外的な気配の喪失」下



    1



 気配。それは、呼吸の音。五体が擦れる音。心臓が鳴動する音。音、音、音。存在が響かせるシグナルの全てが、気配と総称出来るだろう。

 館林推句は、物心ついた頃からその違和感に悩まされた。他人に比べて、その存在を異常なまでに気づかれなさすぎたのだ。決して周囲がわざと気づかないふりをしているわけではない。いや、最初のうちは自分に対して意地悪をしているのは周りの方ではないのかと疑ったことは何度もあった。

 けれど。

 それにしたって、異様だ。寧ろ、周囲は自分が突然声をかけたりすると時に青ざめたような顔さえすることがあった。

 まるで——いきなり彼がそこに現れたかのような。

 年齢を経るにつれ、それが館林自身を迫害するための口実になっていた……ということは、なかった。というよりも、推句自身がその特性を支配下に置き始めていたから。本気で気配を断てば、目の前にいたとて気づける者はいなかった。けれど、必要もないのに普段わざわざ気配を消している理由もない。普段は必要なだけ気配を表していればいいだけのことだった。

 そのおかげで、彼は常人の中で生きていくことができた。普通に学び、普通に鍛え、普通に食べ、普通に恋もした。

 だが、その違和感だけは決して彼を離さなかった。片時も、そのずれが彼の心を安らがせることはなかった。

 上京し、大学に通い始めてからもそれは変わらなかった。変わらないということは、ゆるやかな停滞に他ならない。進歩するためには、変化が必要だった。しかし。当人にも本当の感情については分からなかった。不確かな立ち位置を、ただはっきりさせたいだとかそれだけの理由だったのかもしれない。



     2



 「例外という特性を抱えた人間が、犯罪を犯す確率がどれくらいか知ってるか小野町ちゃん」

 「確率、ですか」

 目ぼしい釣果も上がらず、這う這うの体で例外対峙課の事務所に戻った絶華は数日ぶりに腰かけた課長デスクの椅子をギシギシと揺らしなが小野町に水を向けた。突然の質問だったが、民間からやってきて日の浅い小野町からしてみればまだ知ることのない情報である。

 「おおよそ70%くらい、だそうだ。十人いれば、そのうち七人は犯罪者になるって計算だな。そう考えると、アタシも、少年も、小野町ちゃんも犯罪者予備軍ってわけだ」

 それを言ったら普通の人もそうなのでは……と、敢えて白利は言わなかった。確率論ではあるが、まともでない自分たちの方がやはり常人より犯罪者に傾く可能性は高い。白利とて、明日には絶華と敵対している可能性がないわけではない。盲目ではあるが、人間でありながら蝙蝠やイルカ並みの聴力を持つ小野町の例外も、使いようによっては犯罪に用いることは簡単だろう。

 「んで、部長は?」

 「えと、田中部長は捜査一課に用があるといって不在です」

 「ちっ、肝心な時にいねーな。あのおっちゃん」

 事務所にいるのは現在絶華と、小野町。そして白利の三人だけだった。例の事件で、現在例外対峙課は必要最低限の人員しかいない。正式には所属していない白利でさえ、今は貴重な戦力だと言えた。後方支援担当の重久太陽も、今は不在だった。部長の右腕である重久は、今回も供に捜査一課へと出向いているようだった。どっちにしても、監視カメラの映像が充てにならない以上太陽がいたとしても状況の進展は望めないところだろう。

 「気配、か」

 「何か気づいたんですか?」

 「いや、単純にそう考えるのが自然だと思ってね。何せ、人間がいきなり出血するなんてことはただ事じゃない。何の兆候もなく出血するとなると、別の誰かから加害されたと考えるのが普通だ。なのに、いきなり出血するとなると狙撃でもされたのかと考えてしまうが、やはりそれも少々突飛な考えだろう?」

 「でも、例外を保有する人間ならそれもあり得るんじゃないですか? 視力系の例外とか」

 白利の反論に、絶華は肩を竦める。左肩を吊っているのを忘れていたのか、その仕草で眉間に皺を寄せていた。痛かったらしい。

 「いつつ……まあ、可能性としてはあるだろう。だが、わざわざ狙撃するなんて動機から考えればまずない」

 「動機……」

 「そうとも、この犯人はリスクを冒すことに重きを置いているように思える。被害者の傷から見ても、刃物による傷痕らしいしな。小野町ちゃん」

 「は、はい」

 「小野町ちゃんは、自分の例外を自覚したのはいつ頃だった?」

 「私のですか? 私は、八歳くらいの頃でしょうか……周りが、目が見えないのに何不自由なく生活してる私を見て驚いていたことが多分最初です」

 「ありがちだね。で、それをひけらかしたいと思ったことは?」

 「む、むむむ無理ですよ! 絶対、無理です!」

 「じゃあ」

 じゃあと、絶華さんは意地悪く口の端を吊り上げる。

 「自分が、どれだけできるか試したいと思ったことは?」

 「そ、れは……」

 「アタシはある。氷室と殺し合ったりするのも、その欲求を解消する為だったからね。ま、そういうもんだ。アタシたちは比較する相手がいないから、自分で自分を試す他ないわけだ。つまるところ、この犯人は自分を試してるわけだな」

 「え、そんな単純な動機なんですか?」

 「おいおい、少年。動機が複雑だったら事件が必ずしも複雑になるわけないだろう。寧ろ、動機が単純だからこそ事件が複雑になることだってある。動機と事件はイコールじゃ結べない」

 訥々と語る絶華に、白利も小野町も閉口するしかなかった。捜査一課が関与しても、進展しなかった事件を彼女は事も無げに解体していく。

 「でも、それが事実かどうか」

 「ククク、疑問は最もだ小野町ちゃん。だったら、答え合わせをすればいい」

 「え」

 ポカンと口を開ける二人を他所に、絶華は既にウキウキと席を立つと楽しそうに事務所の外へと歩き始めていた。

 


    3


 

 絶華の身長は大体180前後くらいある。女性としては比較的スラっとした体形だが、その肢体を晒すことを絶華自身は蛇蝎の如く忌避している。曰く、女性だから舐められてしまうというところに起因しているわけだが、白利からしてみれば刃の様な気配を纏う絶華に唾でもつけておこうと考える男の方がよほど命知らずだろう。

 腕がすっ飛んでも構わないなら別だけど……。

 まあ、そんな勇気がある男は手を出さないと判断する方が賢明だと判断できるだろうから、およそそんな事態には陥ることはないだろうけれど。

 そんなこんなで、現在三人は再び現場になった通りへと降り立っていた。白利は大学生風の格好に身を包み、絶華と小野町は——

 「な、何で私までこんな……!」

 「大丈夫だって、めっちゃエロい格好になってるぞ小野町ちゃん!」

 絶華と小野町は、事件の被害者たちと同じような煌びやかなドレスに身を包んでいた。いや、別にエロいとかいうわけではないのだが、しかし煽情的な格好であることは間違いなかった。絶華はともかく、こうして来てみると小野町の肉付きのいい身体付きは行き交うサラリーマンたちも振り返って二度見するくらいのプロポーションである。きっと、どこの店の嬢なのかと後から検索でもするのだろう。

 「ふふ、こういう時は視えなくて良かったと思います……ふふふ……」

 「小野町さん……」

 闇堕ちしそうな発言だったが、小野町も仕事だと渋々割り切ったらしい。見えていないとはいえ、生地がどこを覆っていないだとか開いているだとかは袖を通せば嫌でも分かるため、結構空元気に見える。白利とて、立場が逆なら泣いていたかもしれない。

 「ったく、これくらいで狼狽えてると犯人に逃げられちまうぞ」

 「ぜ、絶華さん! そんな足開いたら、み、見えちゃいますって!」

 「あ? そんなにアタシのパンツが見たいのか少年? んふふ、仕方ない……今日は結構派手目な黒いやつだぞ」

 「いや、ちがっ、そうじゃなくて!」

 絶華さんのドレスはスリットがむちゃくちゃ際どいドレスで、太ももが惜しげもなく晒されている。下手に足を開けば、見えるところが見えてしまいそうだった。加えて、背中も大体な開いたデザインは、公衆の面前で着用することを前提に考えられているのか怪しいぐらいですらあった。

 「ま、少年の為になら何度でも着てあげるよ。——その為にも、犯人をとっちめてやらねーとな」

 ジロリと周囲に目を遣ると、横目でチラチラとこちらを見ていたサラリーマンたちがサーっと波が引くように距離を取っていった。まあ、気持ちは分からないでもないが、ことに絶華はただの華ではない。全身が棘で、触れる隙もないような鋭利な華である。小野町も周囲の気配から、自分にやましい視線が向けられていたことには気づいたようで少しホッとした様子だった。

 「でも、絶華さん。ほ、本当にやるんですか?」

 「ここまでやって腰が引けてるのか少年。アタシだって、意味もなくドレスを着るほど露出趣味はないよ。それに、的は派手な方が向こうもやりがいがあるってもんだろう?」

 パチンと、ウィンクをしてみせる。その仕草は、妙に色っぽくて白利からしてみれば心臓に悪いことこの上なかった。

 的、つまるところ囮捜査というやつである。仮にも、例外対峙課の課長自らの囮捜査である。ある意味では、立場に頓着しない絶華ならではの大胆な作戦。よもや犯人も公安で、さらに例外対峙課の課長自らが囮捜査に出てくるとは夢にも思わないだろう。

 「んじゃま、始めるとしますかね」

 スルリと、肩を支えていた包帯が外されて、宙を舞った。



    4



 「……やっぱ本当に酒飲んで酔っ払ってた方がそれっぽく見えたかな」

 「ど、どこ心配してるんですか……っていうか、これも仕事ですからね?」

 「わーってるよ小野町ちゃん。少年といい、小野町ちゃんといい、最近の若い子は真面目で感心しちゃうぜ」

 「そんなに変わらないでしょう……」

 他愛もない会話をしながら、二人は通りを歩いていた。その後ろから、見失わない程度の距離で白利が歩く。あまりにも自然に歌舞伎町の夜に溶け込んでいる二人に、白利も度々見失ってしまいそうになる。懸命に後を追い、さらに現れるかもしれないであろう犯人の姿をどうにか目に収めようと躍起になっていた。

 歩くたびに、時折道端で酔い潰れているサーラリーマンを見た。ボーイの接客や、嬢の客引き。店を蹴り出される客。ここは、欲望のるつぼだと思った。人間が持っている、本来の欲望が渦巻いている街。きっと、自分は大人になったとしても、この街には相容れないだろうと思った。

 欲望に忠実な自分を、直視するのは自分には少し堪える。

 そんなことを考えつつ、少しばかり二人を見失いかけたその時。それは、突然起こった。

 「っつあ、いてえっ!」

 「ぜ、絶華さん⁉」

 突如、真新しい鮮血が絶華の白い腕を流れた。明らかにつけられたばかりの傷を起点に、血液がドバっと溢れ出す。

 絶華の異変に、数秒遅れて小野町が反応。さらに、

 「白ちゃん! 一瞬だけ、今……きゃあっ!」

 「小野町さん!」

 ビリイっと、小野町のドレスが引き裂かれ、太ももがさらに露になる。その瞬間、白利の目は一人の人間の姿を捕らえた。ニット帽をかぶり、薄手のパーカーを着た青年の姿。まだ、少年と青年の境界くらいの年頃の男だろうか。不健康そうな目の周りの隈に、白利はこれまで見てきた例外の人間と同じものを感じた。特に、不安定な——

 「アンタ、何やって……!」

 「ちっ、クソ!」

 「ま、てっ!」

 男が走りだす。突然の流血、服を引き裂かれた女性。現場は一瞬にして周囲を巻き込みパニックへと変化していく。

 男は人混みを縫うように駆けていく。その後ろ姿を追うために、どうにか姿を目に焼き付けようとするが、少しずつ、その輪郭があやふやになっていく不思議な感覚に襲われていた。

 (これが、気配の消失……⁉)

 気配を消すこと。それは、ずっと辿っていけば古くは外敵から身を隠すため。あるいは、捕食するために獲物にその気配を悟られないため。なるほど、確かにそう考えてみれば気配の消失という例外もまた、進化の一つの果てであることは間違いなかった。

 しかし、そう意味ではこの男もまた——進化の一つの可能性、果てである。

 もう少しでアーケードを抜ける。水を掻くように人の波をかき分け、館林は一瞬気が緩む。だが、その気の緩みが致命的だった。彼は、最後の最後で詰めを誤ってしまった。僅かばかり、彼の気配が輪郭を持ってしまったのだ。

 「な、お前どうしてっ⁉」

 アーケードの真下に、白利が仁王立ちして館林を直視していた。だが、それでも館林は駆けた。今の自分は、誰にも見られていない。誰の目にも映らない透明人間——のはずだった。

 「ガッ⁉ なっ、何っ⁉」

 「うわああああっ!」

 全体重を乗せた、至極単純なチャージ。白利が取りうる選択肢の中でも、最良のものだった。明確に自分を狙ったアクションに、館林は不慣れだった。気配を消すことで、他人からフォーカスされた経験が少ないという弱点を見事に突かれた形である。体格はほとんど変わらない両者だったが、慣れないながらも特攻した白利のアドリブが見事に決まった瞬間だった。

 派手に音を立て、両者がもつれあいながらアスファルトを転がる。

 (おかしい、どうしてこいつは俺が見えてる? 今まで、そんなことはなかったのに)

 「くっ、お前どうして俺の姿が見えて……」

 「ああ、そりゃ簡単な理由だ。何だったら、冥土の土産に今教えてやってもいいぜ。ったく、派手にやりやがって……脱臼の次は刺し傷かぁ?」

 「ひっ……⁉」

 へたり込む館林の首元に、冷えた刃が当てられる。先に追いついたのは、絶華だった。あんな薄手のドレスのどこに隠していたのか、愛用している対例外戦闘用の二振りの短剣を携えていた。ポタポタと、切られたのか刺された腕からは今もなお真新しい鮮血が滴り、血だまりを作っている。

 「例外殺し……って、これアタシたちが勝手に呼んでるだけなんだがね。『時として、対象に自己を模倣させる例外』。ミラーニューロンって知ってるか? 人間の脳には、効率的に文化や能力を伝達するためにそういう物まね神経が存在してるんだと。よくある、道で出くわしたらあいこになっちまうあれだな。こいつは、それを逆手に取ってる。自分を認識した相手に、無理やり自分と同等の能力値を押し付けてるんだよ。んで、残念なことにこの少年はその例外以外は、全くの常人だ。つまり」

 「つまり……俺は、今ただの普通の人間……」

 「ははは、人間なんざ普通が一番に決まってるだろ。見え隠れしねーで、堂々と生きればいいんじゃねーの?」

 「い、嫌だ! 今さら、普通になんて……普通なんて……」

 「みんなそうやって生きてんだよ。アタシたちが、それから外れてるだけだ。公務執行妨害……後まあ、諸々で逮捕させてもらうぜ」

 「くっ……っそおおおおぉぉ!」

 「んあ?」

 身を翻し、いきなり立ち上がり館林が駆けだそうとする。だが、館林はここにきてさらに悪手を重ねてしまう。それは、相手が武装してしまった浮世絶華だったという点——ただ一つに。

 「……同情はしない」

 両手の短剣が、まるでプログラムされたかのように宙を舞う。交差するように、左右が入れ替わり、右の短剣が鮮やかに館林の軸足を払う。体勢を崩し、前のめりになる姿のまま、さらに足を払い空中で回転。目にも止まらぬ速さで、正中線に高速で三発の打撃が入った。ミネで頭部を受け止めるが、その時には既に館林の意識は消失し、気絶していた。

 浮世絶華の保持する例外——『時として、対になるものを大過なく扱う例外』。

 人間の脳は、本来は同時に二つのタスクをこなすことを得意としない構造である。AとBは、同時処理ではなく、厳密にはAもしくはBというように、順序が与えられて、それを順番に処理している。絶華が保有する例外は、全く同時にAとBを処理するという進化の果てだった。

 両手に持った短剣は、まるでそれぞれが独立したかのような動きで館林を制圧したのだ。

 「っと、まあざっとこんなもんかね。遺族からしてみれば殺してーほど憎いだろうが。ま、生憎うちは死刑執行官じゃない。ミネで制圧させてもらったぜ」

 「……」

 「ん、どうした少年?」

 「っぶはっぁぁぁっ、はっ、ぜぇっ……た、助かりました……」

 「おいおい、あれだけタックルかましておいてビビってたのか?」

 「か、勝手に身体が動いてたんですよ……もう、膝が笑ってて自力で立てないです」

 「っぷ、ククク。いや、やっぱり少年は少年だな」

 「何ですか、それ……」

 周囲で歓声が上がる。皆片手にスマホを掲げ、絶華の妙技と一連の事件の様子をカメラに収めているようだった。中には配信者と思しき人物も、一連の流れに鼻息荒く状況をまくしたてている。

 「あー、やだやだ。これ絶対どっかで見られるよなぁ。太陽に言って、あちこちに圧力かけてもらうか」

 「部長、これ知ったらきっと大目玉ですよ……」

 「かー、仕方ねえよなこればっかりは」

 ガシガシと頭を掻き、天を仰ぐ。東京で見上げる空に、星はいつも以上に遠くで瞬いているように見えた。



    5



 「あの、絶華さん」

 「……んだよ」

 デスクに足を投げ出し、ムスっとした顔で絶華は愛刀の刃を磨いていた。肩は再び包帯で吊られており、今度はさらにグルグルと追加で包帯が巻かれている。先日の歌舞伎町の騒動で新たにできた傷だったが、危うくチアノーゼを起こしかけないほどの失血量だったようで、派手に戦闘したことも含め医者からかなりきつく釘を刺されたらしい。小野町の淹れたお茶を、それこそ渋い顔をしながら啜っていた。

 「部長からは、何かありました?」

 「一時間くらいネチネチ詰められた。いいだろ、ちゃんと犯人捕まえたんだからさ」

 「ま、まあまあ……」

 宥めるのはいつも小野町だったが、彼女も今回は結構身を削った方だったので思うところがあるのかもしれない。氷室にはボロボロになった姿を笑われたようで、これもまた絶華が絶賛不機嫌になっていることに拍車をかけていた。

 やれと言われてやったというのに、蓋を開けてみれば方々から文句が飛んでくるのはどこの業界でも同じらしい。白利も若干辟易していたが、テレビの報道やネットでも絶華たちの活躍が報道されることはなかった。太陽が根回しをする間でもなく、例外が関わったという事件なだけあって対応が早かったらしい。

 「何だか、納得できないですね」

 小野町がポツリと呟く。同じく例外対峙課に関わるようになって日が浅い白利は、彼女の言わんとすることが分かるような気がした。

 例外という人々を苛むのは、出口のない孤独感に尽きる。それは、絶華に耳にタコができるほど聞かされた。では、孤独に苛まれ続ければいいのかと問われれば、それはやはり無理な話だろう。

 孤独は、慣れるには毒が強すぎる。現実逃避なり、何なりと防衛本能が働いてしまう。

 「やり方は色々さ。アタシが氷室と殴り合うように、小野町ちゃんが同類を求めてここにやってきたように、少年が導を探しているように方法はいくらでもある」

 館林は事情聴取に対し、すんなりと容疑を認めていた。動機はやはり、行き場のなくなった孤独感から生じた渇望のようなものだったらしい。

 供述からするに、彼は己の保有する例外に振り回されているようだった。人格が主体ではなく、能力が主導権を握っている……そんな感じだろうか。けれど、それは例外対峙課の人間に対しても言えることだ。いつ自分が、能力に主導権を握られるかはそれこそ絶華にだってさえ分からないことだろう。

 「うんざりするね、全く。……ん? あっ!!」

 「な、何ですかいきなり大きな声だして⁉」

 「いや、焼酎……」

 「焼酎?」

 「買うの忘れてた……」

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或いは、時として例外的な僕らは 椎名千紗穂 @chisaho_s

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