追放された偽聖女は、辺境の地で力を開花します!〜私を捨てるならもう知りません。王国の守護は切らせていただきます。さようなら〜

酒本アズサ@自由賢者2巻発売中

第1話

「ナディア! お前はこれまでこの国が平和だったのをいい事に、己を聖女だと偽っていただろう! こうして本物の聖女が現れた以上、このままにはしておけない! 偽聖女ナディア、お前を国外追放とする!!」



 そう私に告げたのは、この国の王太子であり、私の婚約者のレオナール様。

 十八歳の生誕祭のお祝いに来たというのに、耳を疑うような事をパーティーの参加者の前で言われた。

 ちなみにその隣にいるお色気たっぷりの女性は誰ですか。



「レオナール様、私は何も偽ってなどおりません。これまで聖女としてこの国のために尽くしてまいりました。そして婚約者の私よりも親し気なそちらの方はどなたですか?」



 これまで私に甘い言葉を吐いてきたレオナール様にときめく事はあった、しかしそんな風にべったりくっついた事など一度もないのですが?

 正直ジリジリと胸が焦げるような感覚がしている、しかし聖女という立場上、声を荒げたりできない。



「知らないとは言わせないぞ! 私の婚約者という立場や、侯爵令嬢という地位を笠に着て男爵令嬢であるマリアンヌをしいたげてきたことがバレていないと思ったか!」



 レオナール様の言葉にニヤリと笑い、わざとらしく悲し気な声を上げて寄り添うマリアンヌとかいう男爵令嬢。

 確か私達は初対面ですよね?

 親の爵位が違うせいか、社交界で話した事もないはず。



「神に誓ってそのような事はしていないと言えますわ」



「偽聖女の分際で神の名を口にするな! 誰か! ナディアを連れて行け!!」



「「ハッ!」」



 顔見知りの騎士二人が、私を左右から捕まえて城の外に連れ出した。

 昨日までは普通に挨拶もしていたというのに。

 仕方なく神殿所有の馬車に向かうと、御者がこう告げた。



「神殿長よりもう聖女様を……我々をだました偽聖女を神殿に入れるな、と……。二度と足を踏み入れるなとのことです。私は新しい聖女様をお迎えに来ているので……」



 長い付き合いの御者だったのに、申し訳なさそうにしているものの、面倒事に巻き込むなと顔にはっきり出ていた。

 今日のパーティーには両親も出席していたはず、馬車置き場の管理者に聞いて我が家の馬車を探す。



 私が聖女として迎えられたのは八歳の時、それ以来滅多に顔を合せなかった両親だけれど、きっと迎え入れてくれるはず、だって血のつながった家族なんですもの。

 ちょうど侯爵家実家の馬車を見つけた時、なぜか両親が早々に戻ってきていた。

 もしかして私を心配して来てくれたのだろうか。



「お父様! お母様!」



 思わず呼んで駆け寄ると、両親が振り返ってくれた。

 しかしそこに見えるのはさげすみみの色。



「なんて事をしてくれたんだ! 神殿と王家を騙すなんて! 我が家まで目をつけられたらどうしてくれる!! 弟の未来を閉ざす気か!」



「お父様、私は騙してなどいません! ちゃんとお勤めを果たしていたからこの国は平和なのです!」




「まだそんな事を言うのですか! あなたは今日から娘でもなんでもありません、ただのナディアとして生きて行きなさい。すでに除籍処分の書類は提出してあります」



「そんな! お母様……信じてください……」




 はしたなくも走って両親の乗った馬車を追いかけようとしたら、急に腕を掴まれた。

 もしやレオナール様が間違いに気付いて迎えに……そんな考えが一瞬頭をよぎったけれど、振り返った私の視界に入ってきたのは恐い顔の騎士と、罪人を入れる木でできた簡素な牢馬車。



 どうやって手を回したのか、私は王都民から寄付金を無駄遣いさせた偽聖女として牢馬車に閉じ込められ、王都民に石を投げられながら王都を出た。

 神殿にいる間に使っていた物で私物なんてひとつもない、今着ている聖女の服も支給品だが古くなれば交換されるだけ。



 そりゃ見た目を整えるための香油なんかは使わせてもらったけど、貴族令嬢としては普通以下の扱いだった。

 それなのにどこで寄付金を無駄遣いしたというのだ、食事も皆と同じ質素な物だったのに。



 国境付近の森まで来ると、神殿の神像から放たれている神聖力が届かないせいか魔物が出る。

 そんな場所で乱暴に降ろされ、国から出ていけと追い払われた。



 牢馬車が見えなくなり、完全に森で一人きりになってしまった。

 しかもなんの荷物もなく着の身着のままの状態、死んでほしいというのが伝わってきて涙があふれ出す。



「うわぁぁぁぁぁん!」



 街道に私以外の人の気配はないし、涙が出なくなるまでわんわんと泣き続けた。

 王都を出てから半日以上、段々と空が暗くなってくる。



 そして気付く、お腹が空いたと。

 これまではお腹が空けば、お茶を飲み少しのお菓子を食べて食事の時間を待てばよかった。

 しかし今の私は何もない。



「お腹が空くとうるさいのね……」



 ぐぅぅ、ぎゅぅぅ、と悲痛な叫びを上げる私のお腹。

 しかし暗くなってきた森で食料など探せない、仕方が無いので魔法で出した水を飲んで無理やり眠った。



 翌朝、空腹を訴えるお腹の音で目が覚めた。

 どこかに食べられる木の実はないかしら……、ふらつく足取りで歩き回ったけれど何も見つからず。



「だめ……お腹が空きすぎてもう歩けない……。私を信じず見捨てたこんな国なんてもう知らない!!」



 これまで毎日神殿で祈りを捧げ、私が持つ神聖力を守る力に変換してきた。

 私をおとしいれ、信じず、裏切り、石を投げる人達なんて見捨てても許されるはず。



 神聖力増幅装置である神像に送り続けていた私の神聖力を、聖女になって以来初めて・・・・・・・・・・・神像から切り離した。



 パリィィン。



 頭の中にガラスが割れたような、鈴の音のような音が響きわたる。

 その瞬間、これまでどれほど神聖力を捧げてきたのかがわかるくらい、これまでになく神聖力が身体中にみなぎった。

  


「あら? 空気が変わった……?」



 恐らく神像を通して国全体に広がっていた私の神聖力が消えたのだろう。

 まるで鮮やかだった風景がくすんで見えるように、私の目には空気がよどんで見える。



「ふふん、ざまぁみろだわ。だけど私はここで終わりかも、お腹が空くと目が回るなんて初めて知ったわ……」



 街道沿いの木に身体を預けてへたり込んでいたら、騎馬と馬車の音が近付いてきた。

 こんな行き倒れの不審者にほどこしなんてくれなさそうな立派な馬車だ。

 目を瞑り、諦めたその時、馬車が私の近くに停車した。



「やはり聖女様! ナディア様ですよね!?」



 聞こえた声に目を開けると、かすかに見覚えのある人物。

 魔物が増えた事により討伐中に父親を亡くし、聖女の力を貸して欲しいと頼まれたが、聖女を国から出す事はできないと王様に断られていた隣国の若き辺境伯。



「あ……」



 グッググゥ~、キュー、グゴゴゴゴ。



 返事をしようと思った瞬間、言葉より先に私のお腹が大きな音を立てて主張した。

 恥ずかしさで死ねるとしたら、今だと思うの。



「お可哀想に、報告を聞いてお迎えに上がりました。どうか私のところに来ていただきたい。馬車の中で軽食も用意させましょう」



 『軽食』の言葉に、私の首は自然と縦に動いていた。

 パーティーの準備があったせいで、丸一日以上何も食べていなかった私には、果物やパンが天上の食べ物のように感じた。



 食事を摂った後、私は聞かれるままにこれまでの出来事を話した。

 すると辺境伯はまるで自分の事のように怒ってくれ、冷え切っていた私の胸が温かくなる。

 そして気付くと隣国に入ったのか、恐ろしいうなり声が聞こえてきた。



「魔物と遭遇したようですね、しかしご安心ください。我々にはよくある事なのですぐに対処します」



 優しく微笑む辺境伯になぜか既視感を覚えた。

 だけど今はそれどころではない、神像がなくともある程度の範囲ならば私の神聖力で魔物を無力化できるはず。



「私もお手伝いします」



 手を組み、祈りを捧げると、日課である祈祷と同じ感覚に包まれる。

 馬車の外では歓声が上がり、どうやら魔物は退治できたようだ。



「ご報告したします! 討伐完了いたしました、聖女様のお力が馬車からあふれた途端に魔物が弱体化したおかげです!」



 馬車の外から騎士の一人が報告してくれた。



「お役に立ててよかったです」



 そういえば昔、私が聖女として見出された時も確か森の中で……。



「あなたと初めて会った時の事を思い出しました」



 辺境伯が先ほど見せた優しい微笑みを浮かべて私を見た。



「えっ? 先代の辺境伯が亡くなられて支援の要請に来られた時ですか?」



 今の状況で思い出す事なんかあるだろうか、そう思って首を傾げていると、辺境伯は静かに首を振った。



「いいえ、私達はもっと幼い時にお会いしているんですよ。この辺境伯領にあなた方家族が遊びに来た事があるのを覚えていませんか? 仲良くなって一緒に遊んでいた時に魔物に遭遇し、窮地に陥りあなたの聖女の力が目覚めた瞬間を。あの時あなたが聖女の力に目覚めなければ、私達二人はここにいなかったでしょう。あの時からあなたをずっとお慕いしていると言ったら……迷惑ですか?」



 ドッキュン。



 そう言ってはにかんだ辺境伯を見た瞬間、胸が不思議な現象を起こした。

 レオナール様にはドキドキするだけだったけど、こんな風に心臓が止まりそうな感覚は一度もない。

 言葉が出ずに、私は小さく首を振るしかできなかった。



 でも確かに子供の頃、どこに行ったかは覚えてないけど、聖女の力を始めて使ったのは森の中で誰かと一緒だったはず。

 旅先で仲良くなったのに、聖女の力の発現騒ぎで連絡先もわからないまま別れてしまったお友達。

 それが辺境伯……?



 それから辺境伯邸までの一時間、色々話を聞いていると、一つの仮説が浮かび上がった。

 私がいた国では神殿の神像に向かって祈り、神聖力を国中に広げて守っていたが、そのしわ寄せが周りの国、つまりは辺境伯の領地にもいっていたのではという事。



 今後はあの男爵令嬢が本当に聖女であれば・・・・・・・・・同じ事が起きるかもしれないけれど、こちらも祈れば押し負けるとは思わない。

 助けてもらった恩義もあるし、今後はこの辺境伯領を守って見せる。



 そうして辺境伯邸に迎え入れられてはやひと月、周りの人達もとても親切でこれまでになく心満たされる生活をしていた。

 その理由のひとつとして辺境伯であるアルベール様と婚約した事。

 領地や屋敷の人達も、主人の命の恩人であり、長年の想い人との恋が実ったと歓迎ムードだった。



 本当に大切にされている事が伝わってきて、貴族の屋敷にある小さな礼拝堂の神像に幸せいっぱいの祈りを捧げる毎日だ。

 不思議な事に、以前より神聖力が強くなった気がする。

 そのおかげか、辺境伯領内の魔物が激減しているらしい。



 更にひと月が過ぎた頃、不穏な噂が流れて来た。

 追放された偽聖女を神殿と王家が探している……と。

 その噂を聞いて震える私に、アルベール様は抱き締めてこう言った。



「相手がたとえ神でも、やっと想いが通じ合ったあなたを渡す気はない。まずは状況を調べて対策を練ろう」



 そうして出入りの商人や家臣を送り、情報を集めると、とんでもない事がわかった。



 曰く、聖女マリアンヌは実はレオナール王太子の情婦で、本物の聖女だったナディアおとしいれて追い出した。

 曰く、廃嫡の危機のレオナール王太子が自ら追い出した聖女ナディアを探し回っている。

 曰く、聖女マリアンヌの神聖力は村ひとつ守るのが精一杯な程度しかなく、レオナール王太子は騙されたと聖女マリアンヌを捨てた。

 曰く、聖女ナディアがいなくなってから魔物被害が続出し、レオナール王太子と聖女マリアンヌのせいだと国民に責められている。

 


 どうやら真実が明るみに出たらしい、どうりであの男爵令嬢がレオナール様にべったりしていたはずだ。

 それにしても私を探しているなんて、死ねと言わんばかりに森に放置した相手に何を考えているのやら。



 そして更に二週間後、どこから話を聞いたのか、内密にレオナール様が辺境伯領を訪れた。

 到着した時には馬車も本人も傷だらけで、最後に見た麗しい王太子の面影はない。

 一日前に先触れが来てはいたが、本来ならば返事を待ってから訪問すべきはずなのに。



 応接室で私とアルベール様は並んでレオナール様に向かい合った。

 イライラした様子を隠そうともせず、レオナール様はソファにふんぞり返っている。



「私がわざわざ迎えに来てやったんだ。帰るぞ」



「…………は?」



「は、ではない。ナディアがいなくなってから数日後には国内で魔物の被害が出始めた。マリアンヌの神聖力は無いも同然の量だったらしい。少なくともお前は嘘をついていなかったのだから結婚してやると言っているのだ。一日待ってやるから準備しろ」



 いったいどんなおめでたい頭をしていたらこんな結論が出せるのだろうか。

 もしかしてまだ私がレオナール様を好きだとでも思っている……なんて、まさかね。

 私は無表情のまま、レオナール様をひたりと見すえた。



「レオナール様、いったいどこへ帰れとおっしゃるのですか? 私はすでに侯爵家から除籍されているはずです。濡れ衣での国外追放により、こちらにいるアルベール様がいらっしゃらなければ死んでいた身ですし。そうなるように仕向けたのはレオナール様ですよね? また殺されるかもしれないのに共に行くわけありません、お帰りください」



「な……! ナディアを連れて帰らねば私の王太子の座が……いや、国民や家族が魔物で苦しんでいいと言うのか!」



「国民? 私に石を投げた者達の事ですか? そして除籍された時点で私に家族はいませ……、いえ、今はこちらにいるアルベール様が家族です」



 家族はいないと言おうとした瞬間、アルベール様がそっと手を握ってくれたのだ。

 こういう優しさに何度も心を救われている。

 アルベール様は私に微笑みかけてから、レオナール様に冷たい表情を向けて口を開く。



「レオナール王太子、以前は婚約者だったかもしれないが、ナディアは今私の婚約者です。気安く名前を呼ばないでいただきたい。もうすぐ辺境伯夫人となるのですから。すでに我が国の国王にも婚姻の許可をいただいているので、式の準備ができ次第盛大に祝うつもりです。ああ、ナディアが嫌がるので招待状は送りませんので。ではお帰りください」



「く……っ、国に帰ったら正式に抗議するからな!」



 そんな捨て台詞を残してレオナール様は帰って行った……が。

 そのレオナール様が王城に帰還する事はなかったらしい。




 


「レオナール王太子は帰還途中に自国で魔物に襲われ、なんとか王都にたどりついたが、城に入る前に捨てた女マリアンヌに刺されたそうだ。すでに葬儀は終わっているが、それで新たな王太子には第二王子がなるからと立太子式への招待状が届いた。だが会いたくない者が多いだろうから行かなくていいさ」



 レオナール様が辺境伯邸に来た日から二週間、母国から届いた手紙の内容は思ったよりも心に響かなかった。

 今日も私は小さな礼拝堂で幸せいっぱいの祈りを捧げる。


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