後編

 誕生日会を終えて、るみが寝室でぬいぐるみを枕元に置いて添い寝をしている。


(るみちゃん……よっぽど楽しかったんだな。どんな夢見ているのだろうな──おやすみ)


 部屋着に着替え、リビングのソファーで横になり、プライベート用のスマートフォンをいじっている。実はスマホ2台持ちであり、業務用とプライベート用に分けている。SNSを開き、タイムラインをチェックする。

流れてきたのは、拡散希望の表示と共にぬいぐるみを落としたという情報である。


(ライブやイベントに行って失くすケースが多いな。運良く見つかるといいが……)


少しでも見つけられる可能性を信じてSNSに投稿して情報提供を求めても、持ち主の元に帰るのはケースバイケースだ。


添付された写真には持ち主と一緒に苦楽を過ごした可愛らしいぬいぐるみが楽しそうに映っている。


(このぬいぐるみは今頃どうしているんだろうな……。大切にしているものが無くなったら誰でも悲しくなる )


 るみのように、突然愛するぬいぐるみを失くして泣きそうな気持ちになっている人がたくさん存在する。


持ち主にとって、ぬいぐるみは家族のようなものなんだ。


警察や施設に届け出を出す人は多いけれど、それでも見つからなくて悲しんでいる人も少なくない。その人達を何とか助けてあげられないだろうか。


──そうだ。失くしたぬいぐるみ探しや推し活関連の大切な物探しに特化した探偵事務所に変更するというのはどうだろう?


 神図探偵事務所が取り扱っている調査項目は、浮気や不倫調査が大半を占めている。この仕事にやりがいをもって日々真剣に身を削ってでも働いている部下が多い。私もその1人だ。突然の探偵事務所の方針変更に反発を抱く者もいるだろう。父が長年築いた信頼関係を壊してしまうかもしれない。


 しかし、私が事業主になってから、事務所を離れる社員が続出した上に、年々業績が伸び悩んでいる。と言うのも、日によって依頼件数の変動が激しい。忙しい日はあるが、それは一時的に過ぎず、終日依頼が全く来ない日もあった。経営の危機に陥っている事を考えると方針変更もやむを得ない。

それに、20歳の頃に母親が不倫したことがきっかけで、調査の度に怒りの感情を抑えるのに精一杯だった。


──もう、これ以上黒い世界は見たくない。


 私が探偵になった理由。

私はかつて、高校の進学と同時に父の元で事務処理のアルバイトをしていた。そして、大学と週1日の探偵学校に通い、聞き込みや尾行の仕方やテクニックを徹底的に叩き込まれた。休日は父親の事務所の仕事を手伝う時もあった。


想像以上に辛くて何度も辞めようかと思った。でも、父親のように立派な探偵になりたい気持ちと、私達と同じ目に遭っている依頼人のお役に立てたい思いがあったから、どんな困難にも、決して折れることはなかった。

このたくさんの思い出が詰まった事務所を何としても守りたい。


そのためにも、今が変化の時だ。



──翌日の朝。


「るみちゃん、仕事行ってくるからお留守番しててね?」


「はーい! いってらっしゃい!」


いつものスーツに身を包み、新たな決意を抱きながら事務所に向かう。


 所属している10人程の調査員を2階の会議室に集めて説明会を開いた。


「おはようございます。 日々の業務お疲れ様です。本日は皆さんに大事なお知らせがあります」


今後の方針に関する説明をした。浮気調査を廃止して、落としたぬいぐるみや推し活関連のグッズ等の物探しに特化した調査に方針転換をする事を調査員に伝える。


しかし、当然反対の意見が飛び交った。もちろん深く謝罪をしたが、私の言葉に耳を傾ける者はいなかった。


 その結果、全員事務所を離れる事態になった。誰もいない事務所。


──やはり私は間違っていたのか……?


すると、


「つーちゃん、大丈夫?」


背後から、可愛らしい女の子の声が聞こえる。


「るみちゃん……」


新しいロリータ服を着たるみが心配そうな顔で見る。


「はははっ、みんないなくなっちゃった。なかなかうまくいかないね」


しばらく沈黙が続いた。すると、るみが突然口を開く。


「あたし、つーちゃんの力になりたい」


「え?」


「お仕事手伝いたい」


「大変だけど、それでもいい?」


「昨日はお世話になったから、今度はあたしがつーちゃんの役に立ちたいの」


「──分かった。それでは、絵縫るみさん、今日からお願い出来ますか? ……と言っても、与える仕事は簡単な雑用なんだけどね」


「はい! ありがとうございます!」

「あ、席を外すから事務所で待ってて」


 すぐに自宅へ戻り、2階の寝室に向かう。スーツを脱いで昨日買った服に着替える。大学と探偵学校の卒業祝いに父からもらった緑色のラインが入った、いつも愛用しているネクタイを締め、るみからもらった黒いリボンゴムで1つに縛り、髪の束を前に垂らす。


「よし、これでバッチリだな」


着替えが終わったので、新品のローファーに履き替え、すぐにるみの待つ事務所へと向かう。


「るみちゃん、お待たせ!」


──こうして、ぬいぐるみ探しに特化した『つかさ探偵事務所』が誕生した。


 これからどのような出来事が待ち構えているのか。2人の物語は、まだ始まったばかりである。


絵縫るみに出会い、『つかさ探偵事務所』として再出発した日。



それが、


──きみに出会った日。



続編『出会いたくなかった日』へつづく

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きみに出会った日(つかさ探偵事務所) つなびぃ @Ori_tsuna273

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