中編

──翌日の朝。


「るみちゃん、おはよう」


 大きめな男性用の白い長袖のシャツに黒のルームパンツの部屋着姿のつかさが、2階の寝室から姿を現した。


「おはよう、つーちゃん。あたし、いつの間に寝ていたみたい……」


「気持ち良さそうだったよね」


互いに挨拶を交わし、しばし黙り込む。


「段々涼しくなってきたなぁ……。季節の変わり目を感じるよ」


 9月が終わりを迎えようとしている事を肌で実感しながら、つかさは独り言のようにつぶやいた。


「うん……」


「今年の誕生日は、珍しく仕事が忙しくてなかなか祝えなかったなぁ。あ、時間があっても祝うのはいつも自分1人なんだけどね」


「誕生日……。去年は楽しくなかったの」


るみは悲しそうな顔をして語る。


「あたし、寮でいじめられてたの。誕生日会では女子達にケーキをぶつけられたり、大好きなぬいぐるみをバラバラに壊されたり……色々された」


るみは、知り合ったクラス人気の高い男子がるみに好意を寄せているのが気に食わなかった女子グループに睨まれ、いじめられていた過去をつかさに打ち明けた。


「酷い話だね……」


「ぐすっ……。ひっく……」


辛い過去を打ち明けた後、溢れんばかりの涙がるみの頬をつたった。


そんなるみをつかさは、ローテーブルの前に座っている、るみの背後から優しく抱きしめる。


「──っ! つーちゃん?」


「辛かったんだね……よしよし。るみちゃんはいい子だから、何があっても私は、るみちゃんの味方だよ」


つかさはるみの頭を撫でながら、優しい言葉をかける。


「……ありがとう」


しばらく抱きしめた後、るみの涙はピタリと止んだ。


「ねえ、るみちゃん」


「何……?」


「2人で『もういちど誕生日会』を開かない?」


「……え?」


「お互い楽しく祝えていなかったから、誕生日をまた楽しい思い出に作り替えるんだよ」


「やった! つーちゃんとの誕生日会楽しそう!」


「そうとなれば早速準備に取りかかろう! ……と言いたいところだけど、飾りとかプレゼントがないね……」


「街歩きたい。行こうよ、つーちゃん!」


「私もそう思ってたところだよ。そうと決まれば支度したくして出発しよう」


2人はそれぞれ外出の準備を進めている。


「つーちゃん、休みの日なのにスーツ着るの?」


るみは休日に着用するつかさの服を見て、疑問を投げかける。


「うん、おしゃれ着としてもよく着ているよ」


つかさにとって、スーツは普段着と同じ感覚なのだろう。


「つーちゃん、あたしの服かわいい……?」


「うん、すごくかわいい! るみちゃんによく似合ってるよ!」


「嬉しい! てっきり否定されるのかと思ってたから……」


「自分が着たいと思った服を着ればいいよ。私はその服、素晴らしいと思う」


るみは安堵したのか優しく微笑んでいる。


「さあ、出発しよう!」



──ここは竹下通り。


今日は土曜日なので、人の並みが絶えず賑やかだ。


「やっぱり休みの日は結構混んでいるね」


「うん、人がいっぱい……」


るみはつかさが着ている上着の右腕をぎゅっと掴んでいる。


「大丈夫?」


「男の人がたくさん歩いて怖いけど、つーちゃんと一緒なら大丈夫」


「るみちゃんに似合う服あるといいな」


「つーちゃんのもきっと見つかるかも……」


「あと、ぬいぐるみの店行きたい。あたし、ぬいぐるみが大好きなの」


「そうなんだ。可愛い子達いっぱいいるかな」

「みんな連れていきたい」


「あははっ……連れていくとなるとトラック1台は必要だね」


 期待に胸を膨らませながら、原宿の街を散策する。

「ねえ、この子可愛い!」


真ん中に赤いひし形のモチーフをつけた水色のリボンを首につけたベージュのくまのぬいぐるみが商品棚に置いてある。


「欲しかったら私が買ってあげるよ」


「欲しい!」


レジで会計を済ませて、街を散策していく。


「新しいお友達増えた~」


「喜んでもらえて嬉しいよ」

 

 その後も、商業施設、カフェ、100円ショップ等のスポットを渡り歩き、つかさの自宅に着く。

服や小物がたくさん入った様々な店舗の紙袋をそれぞれの両手が塞がる程持っている。


「ふぅ、たくさん買ったね」


「重かったよ~」


「さて、早速準備しよう!」



しかし、るみの様子がおかしい。


「あれ……?」


「どうしたの?」


「くまのぬいぐるみがない!」


「え?どこかに紛れてない?」


「ない。どうしよう。大切なお友達なのに……」


どうやらぬいぐるみをどこかに落としてしまったようだ。つかさは冷静に助言する。


「今日歩いた道をよく思い出してみて」


るみは懸命に今日の進路を思い出そうとする。


「ロリータファッションの店に行ったときはあった。……あ、その後トイレに行ったから、多分そこにあるかも」


「一緒に探しに行こう!」


るみは不安な表情をを浮かべる。


「もうないかも……」


「大丈夫、必ず見つけ出してみせるから。──ね?」


「……うん」


るみを優しく励まして、ぬいぐるみの在処を探す。


 二人は他人に配慮しながら、ロリータファッションの店舗がある階のトイレをくまなく探したが、どこにも見つからない。


「トイレの辺り探したけど、なかったね」


「どこにいっちゃったの?」


「お店の人に聞いてみよう」


店員に聞き込みをしたが、期待した結果は得られない。


深くため息をついた後、るみに問いかける。


「最後にぬいぐるみを見たのはいつか分かるかい?」


「分かんない。お買い物に夢中だったから」


「最初は確か商業施設に行って、100均、カフェ、公園の順に行ったよね。他に立ち寄った所は、カフェで席を立った時に置き忘れたか、100円ショップで買い物して袋を詰めた際に落としたのか、それか後は公園か……」


つかさはぬいぐるみのあると思われる場所を冷静に考察していく。


「こうして今日の行動範囲を一つずつ辿っていけば、大抵見つかることが多いんだ。望みはまだあるよ」


「……うん」


その後も必死に探索するが、ぬいぐるみが見つかったという情報は無い。


「カフェも100円ショップも全滅か……。残すは公園のみか……」


「もうやだ!」


突然るみが声を荒立てる。その様子を見てつかさは目を見開く。


「え……?」


「いつになったらぬいぐるみが見つかるの!?  探してもどうせ見つからないんでしょ!? もういいよ」


「でも、あの子は──」


「もういいってば!」


るみは、ぬいぐるみが見つからない状況に焦りと苛立ちの感情をあらわにする。


「るみちゃん……?」


「つーちゃんの役立たず! バカ!  もう知らない!」


そう叫びながら辛辣な言葉を投げ捨てると、つかさから離れるように走り去っていった。


「待って!」


(また警察に鉢合わせたらまずいな……。でも、るみちゃんを放ってはおけないし)


昨日の事が頭をよぎる。


(まだ遠い場所には行っていないはずだ。早く彼女を見つけないと……! )


るみが向かった場所に心当たりがある。


(あそこか……! )



──一方その頃。


(はあ……はあ……やっと着いた……! )

目の前には公園がある。


(あたし、なんでつーちゃんに酷いことを言っちゃったの……?  どうしよう。また、追い出されちゃう)


前の彼氏が自分を捨てたように、つかさも自分を捨てるのではないか。そればかり考えてしまう。


(つーちゃんに会ったら謝らなきゃ……。ここにおともだちがいるかも。自分1人で頑張って探してみる! )


溢れる涙を袖口で拭った後、公園辺りを探索していく。


(確かあのベンチでつーちゃんと座ってお話ししてたっけ。えっと、荷物を横に置いて……)


るみは、自分が通った道を冷静に思い出していく。


(……あ、あった! )


ベンチ横の手すりの足下に、見覚えのあるぬいぐるみの入った手提げ袋が落ちている。


(良かった! )


安堵したるみの背後から、大きな低い声が聞こえる。


「るみちゃん!」


振り返ると、そこには息を切らして心配そうな顔をしているつかさが立っていた。


「……つーちゃん……」


「やっぱりここにいたんだね」


るみは、泣きながらつかさの元に駆け寄って強く抱き締める。


「──っ!」


「酷いこと言ってごめんなさい」


「ううん、私こそ責めるような言い方してごめんね」


つかさはるみの頭をそっと撫でる。


「ぬいぐるみ、見つかった!」


「そっか。良かったね」


こうして無事ぬいぐるみが見つかった事に、2人は安心して帰路に着いた。


 つかさの自宅に帰宅した頃には21時。


「ふう、やっと帰れた」


「もう、へとへと」


「近くのスーパーでケーキと食べ物買ってくる! るみちゃんは疲れているだろうからお留守番しててね」


「はーい」



──1時間後。


「ただいま。スーパーが混んでて遅くなっちゃった! ……って、るみちゃん?」


「ああああ!  もう少しでクリアできたのに! 悔しい!」


リビングで床に寝そべって足をばたつかせながら携帯ゲーム機で遊んでいる、るみの姿があった。


「どうやらお取り込み中みたいだね」


「あ、つーちゃんおかえり!」


「ゲーム好きなの?」


「めっちゃ好き! ぬいぐるみと同じくらい好き!」


るみは、これまでにない目の輝きを見せる。


「しばらく遊んでていいよ。邪魔してごめんね」



──誕生日会の準備が終わったようだ。


「るみちゃん、『もういちど誕生日会』をしよう!」


「やったー!」


「お誕生日おめでとう、るみちゃん!」


「お誕生日おめでとう、つーちゃん!」


「はい、プレゼントだよ!  まあ、一緒に行って買ったからサプライズじゃないかな……ははっ」


幅42センチ、高さ32センチほどの白い大きなショップバッグの中から、くまのぬいぐるみと、灰色の膝下丈のワンピースに、首と袖にフリルがついた立ち襟ブラウス、赤みの濃いピンク色の横線がある黒いリボンタイ、黒いニーハイソックス、白いフリル付きのパニエ、灰色のロリータシューズが差し出される。

そして、赤いひし形の宝石のようなモチーフがついた鍵型の飾りがついた2つのヘアゴムも同時に手渡される。


「わあ、嬉しい! ありがとう! じゃあ、今度はあたしからね!」


「どんなのかな~?」

(自分が選んで買ったけど、サプライズと言うことにしておこう)


るみが2個目の同じ大きさのショップバッグから取り出したのは、白い膝上丈の長袖のロングブラウス、紺色の八分丈のズボン、灰色の膝丈トレンチ風のロングコート、黄色の足首丈の靴下、茶色のローファー、緑色の宝石モチーフがついた鍵型のバックル式ベルトである。


「ありがとう」


「さあ、早速お披露目会をしようか!」


二人は新しい服に着替え始める。


着替えを終えて、互いに向き合う。


「何だか恥ずかしいな……」


「つーちゃん、かっこ良くて素敵ね!」


つかさの今の姿を見たるみの顔には一目惚れしたかのような笑顔が溢れている。


「ファッションポイントは、この斜めにつけたベルトと、何と言ってもこの緑のラインが18本入ったネクタイ! ……なんてね」


気分が高ぶったのか、テレビ番組のナレーターのごとく自慢げに解説を始める。


「るみちゃんも素敵だよ。その首に着けているリボンタイ、るみちゃんの赤い目の色と合うし、私のネクタイの柄に似てるね」


「嬉しい! 何だか夢みたい!」


新しいロリータファッションに歓喜した後、しばらくつかさをじっと見つめている。


「あっ、つーちゃんにどうしても渡したいものがあるの!」


何かを思い出したかのように2階の寝室に向かった。そして、すぐに戻ってきた。後ろに何か隠している。


「つーちゃん、座って後ろ向いて目を閉じて欲しいの」


「うん、いいけど……?」


つかさはローテーブルの前に座り、るみに背中を向けて目をつぶる。すると、首の辺りで束ねている後ろ髪を解く。


(えっ?るみちゃん!?)


そして、後ろに隠していた何かに付け替え、束ね直して、髪の束を前に垂らす。


「つーちゃん、目を開けて!」


「うん……」


つかさは目を開き、るみが用意してくれた卓上の鏡を見た。そこには、大きな黒いリボンが首の後ろで結んである。リボンの足が脇の付け根まで長いのが特徴的である。


「あ──っ!」


(リボンなんて自分から着けたことがなかった……。でも、何なんだろう、この温かい気持ち……)


ヘアゴムがついた黒いリボン──。それは、るみとの強い絆を具現化したもの。


「ねぇ、このリボン……似合ってる?」


つかさは恥ずかしそうな顔をして尋ねる。


「うん、すごく似合ってる!  何か、更に雰囲気が柔らかくなった気がする」


「そ、そう?  照れちゃうな……ははっ」


「るみちゃん」


「なに?」


「──ありがとう」




「あ、そうだ。 写真撮ろう!」


「写真?」


「こうして仲良くなった記念に写真を撮ってずっと思い出に残したいな。写真はその日をその場所でどう過ごしたかが分かる一種の証明書のようなものだからね」


 パシャっ──。


 つかさとるみが肩を寄せ合って楽しそうに笑っている様子が、それぞれのスマホ画面に表示されている。


 18歳と27歳を迎えた頃には味わえなかった楽しい気持ちが『もういちど誕生日会』にはある。


後編へつづく

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