前編
「辛かったでしょう。また何かありましたらご連絡ください。いつでもあなたの味方ですよ」
つかさは、悲しみに暮れる依頼人の女性に優しく接する。
「ぐすん……ありがとうございます。これで心が晴れました」
女性は顔が腫れるほど泣きながら、つかさにお礼を伝えて事務所を後にする。
(今回の依頼人も辛そうだったな。かわいそうに。私の母のような悪魔にいとも簡単に裏切られるなんて……! 絶対に許せない。……いけない、業務中だ。気持ちを切り替えなくては)
──気がつけば日付が変わろうとしている。次の依頼人に頼まれた身辺調査を終えたつかさは、疲れた表情で帰路に向かう。
事務所がある雑居ビルの入り口の前に、悲しげに泣いている赤いロリータシューズに白いニーハイソックス、ピンク色のフリル付きブラウスに赤いハイウエストスカートを履いた黒髪に上を二つ結び、後ろ髪を下ろした少女がスーツケースを片手に
「君、どうしたの? 何かあったらお話し聞くよ?」
つかさが優しい口調で語りかけると、その少女はつかさを見た瞬間、恐怖の表情を浮かべて、
「いやー! 助けてー!」
と叫び声をあげながらトランクケースを放り出し路地裏へと走り去ってしまう。
「え!? ちょっと待って!」
つかさは少女の後を追う。
その時、たまたま男女2人組の警官が通りかかる。
「ちょっと君! 何してんの!?」
つかさは中年の男性警官に呼び止められる。
「ああ、可哀想な女の子に優しく声をかけただけで……」
「最近女の子を狙った事件が頻繁に起きているから、この辺りを巡回しています。今から事情聴取しますね」
「あれ? これもしかして疑われちゃったかな?」
目の前には先程の少女と若い女性警官の姿が見える。数多くの職務質問を受けるつかさ。女性警官に慰められつつも、事情を説明する少女。しばらくの沈黙の後に、少女は重い口を開く。
「男性に声をかけられて怖くて……ぐすん」
「え?」
つかさは驚きの表情を見せる。
「前に付き合ってた彼氏に酷いことをされて、それから大人の男性が怖くて……」
誤解を解くために、つかさは少女に優しく
「ごめん。私、女なんだよね……。ほら、こんなに大きい胸あるし……」
胸を突き出して、それを少女に見せつける。
「そうは言いましてもねぇ。いくらでも
男性警官は
「……困ったね。はははっ、こうなったら全部脱ぐしかないかな」
声を震わせてそう言いながら、スーツの上着のボタンに手を伸ばす。
突然のつかさの行動に警官達と少女は戸惑いを隠せない。
ネクタイをよけて胸元のブラウスのボタンを外そうとしたところで、女性の警官がそれを阻止する。
「おまわりさんって優秀ですね。恐れ入ります」
懸命な事情説明が功を奏し、身の潔白が証明されたので、ようやく解放された。
少女は申し訳なさそうに声をかける。
「あの、さっきはごめんなさい」
「ああ、平気平気。怖い思いさせちゃってごめん。怖かった?」
低音で包み込むような落ち着いた口調で少女に接する。
「はい、でも今は大丈夫です」
「君、名前は何て言うの?」
「──
「るみちゃん、でいいかな?」
「はい、あなたの名前は?」
「私は
「よろしくお願いします」
るみは少し微笑んでいる。
「もうすっかり暗くなっちゃったから、気をつけて帰ってね」
すると、るみはすぐに落ち込んだ表情を見せる。
「実は、帰る家がないんです。親は小さい頃に亡くなっているし、同棲していた元カレに追い出されちゃって……」
「そうなんだ……」
そう言うと、つかさは手をそっとるみの前に差し出す。
「一緒に私のおうちにいこう」
「え、いいんですか? でも……」
「──大丈夫、安心して」
耳元でそう囁くと、るみの手を軽く包み込むように握る。2人は事務所のすぐ向かい側にある自宅の扉へと向かう。
「好きなとこに座ってていいよ! ゆっくりしてね」
るみはソファーの端に座り、リビングを見渡している。
「素敵なおうち……」
すると、るみのお腹の虫が辺りを響かせる。
「今日は色々あったから、おなかすいちゃうよね。ご飯食べようか。今日は何も買ってないから、レトルトカレーなんだけどいいかな……?」
「でも……」
「大丈夫! 遠慮しないで食べて」
「ありがとうございます」
──数分後。
「いただきます」
るみはレトルトカレーをおいしそうに食べている。
「すごいおいしいです! あの、神図さんは食べないんですか……?」
「私は冷ましてから食べるとするよ。熱いものが苦手だから」
しばらく沈黙が続いた後、それを破るようにつかさは尋ねる。
「ねえ、るみちゃん。1つ聞いてもいいかな?」
「何ですか?」
「正直、今も私が怖かったりする? 私はパンツスタイルのスーツにネクタイみたいなかっこいい服大好きでよく着るから、るみちゃんはどうかなって」
「──少しだけ」
「そっか……。ごめんね、変なこと聞いて」
「いえいえ。神図さんって、優しいんですね」
「私と話す時はタメ口で大丈夫だよ。あと、名前はさん付けじゃなくていいよ。その方が気軽に話しやすいと思うからね」
「呼び方は……つーちゃん、でいいですか?」
「いいよ!」
「はい! それじゃあ、──これからもよろしくね、つーちゃん」
その後、交代で風呂に入り、るみを寝室に案内した。寝室はベッドが2つある。
「ふかふかなベッドで気持ちいい」
るみは掛け布団をめくり、倒れ込むように横になる。
「元々は父さんと母さんの寝室だったんだ。個室がなくてごめんね……って寝ちゃったか」
相当疲れ果てたのか、るみは深く眠りにつく。
「おやすみ……るみちゃん」
つかさは、掛け布団をそっとるみにかけた。
ふと、全身鏡に視線を移す。
(──もうそろそろ新しい服買おうかな? スーツがきつくなってきたし)
赤い膝下丈のハイウエストスカートにフリルのついたピンクのブラウス、白いニーハイソックスといった可愛らしいロリータ服のるみとは対照的に、つかさは幼い頃から女の子らしい服よりもボーイッシュな服が好みだ。
父親は彼女の価値観を尊重していたが、母親は彼女の男性らしい服や考え方が好きな事を良く思っていなかった。そのため、つかさに女性らしさを嫌と言う程強く押し付ける事が多かった。中学までは母親が学校行事に関わることが多かったため、母親がいる時は常に女の子らしい服や仕草を強いられていた。
自分らしさを大切にするつかさには、とても辛い事だった。その反発からか、原宿近辺の公立高校に進学してからは、少年のような服やパンクファッションを好んでよく着ていた。母親は強く反発していたが、つかさは決して曲げなかった。
『自分らしさを大切にしなさい』
という父親の言葉を信じていたから。
『もし大切な人がいるならば、その人を大事にすること』
『相手を傷つけてもいいという価値観は決して認めてはならない』
──大切な『人』。
その『人』を守るために、自分らしさを守りつつ、少しだけ変わる必要があるのかもしれない。
(かっこよさを残しながらも少し雰囲気を柔らかくさせる服がいいな)
そう考えながら大きめな男性用の白いTシャツに黒のルームパンツに着替えて眠りにつく。
中編へつづく
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